5話
さて、昔話をしよう、これはユーマがお嬢様方に使え始めた頃の話である。
当時、ユーマは十二歳。
そして、ユウリは九歳で、その頃にはもうすでに、ユウリの遊び相手兼共に学ぶ学友として同い年のマサシがいた。
チサトはまだ七歳、ミナミにいたっては五歳である
何故、かなり年若い十二であるユーマが使える事になったかというと、それはチサトにあった。
チサトは姉のユウリとは違い頭がよく、ユウリの勉強などもう理解していて、姉よりももっと年上の人物が必要であった。
それに、ある程度分別を持った人物でないと到底チサトの面倒なんて見られないだろう、なにせ、七歳にして毒草を見て微笑んでいる少女である。
さて、これはそんな時、のお話…。
*
「お嬢様、お嬢様。」
「……チサト~。」
「……。」
ユーマは右手でユウリの手を引き、左手は口の近くに持っていき、チサトの名を呼んでいる。
「無駄なのにな。」
「マサシ~、もっと真剣に探して。」
「めんどくせえ。」
「ほら、ほら、二人とも喧嘩は止めとけ。」
「だって~、マサシが~。」
「ふんっ。」
鼻を鳴らしてそっぽを向くマサシはどこか機嫌が悪そうだった。
「……友梨お嬢様、マサシと共に探してくださいませんか?」
「何で?」
「他の方々も探してくださっていますが、もう少し人手が欲しいと思うので、よければ、わたくしよりもマサシと探していただきたいんですよ。」
「……うん、いいよ。」
少し悩んだ様子を見せたユウリだったがすぐに満面の笑みを浮かべ、二つ返事をした。
「ほら、マサシ、行こう。」
ユウリはマサシの手を引き、庭の方へと探しに走って行く。ユウリとマサシが角を曲がる時、一瞬だがマサシの顔が見え、その顔はほんの少しだが機嫌をよくしていた。
「いっちょ前に、嫉妬を焼いていたのか。」
ユーマは苦笑を浮かべていると、突然背後に気配を感じ振り返る。
「――っ!チサトお嬢様。」
「……。」
真っ黒な衣装に身を包み、表情を変えないチサトはまるで人形のように思えた。
「何処に行ってたのですか、皆さんが心配していますよ。」
「しんぱい?」
「はい。」
「……。」
チサトは俯き肩を振るわせる。
ユーマはチサトが泣き出してしまったのかと思い、目を見張るが、何かがおかしかった。
「………くすくす。」
そう、チサトは笑っていたのだった。
「ち、チサト…お嬢様?」
何故彼女が笑うのか分からないユーマはただ戸惑っている。
「分からないの?しんまいのしつじ見習いさん。」
「……分かりません。」
「あら、すなおなのね。」
チサトは微笑むがその目は冷め切っている、とてもじゃないが七つしか生きていない少女がするような目じゃなかった。
「おどろくことかしら?」
「どういう事ですか?」
「わたしたちは大人びなければいけないの。」
「わたしたち?」
「ええ、わたしとお姉さま。」
「……。」
ユーマはチサトが言いたい事が分からなかった。
「お姉さまは、地で必要な時と、必要でない時とで、ほかの人のたいおうをかえているけど、わたしは、そうじゃない。」
「……。」
「だって、タカダ家のてきが多すぎるんですもの。」
「敵?」
ユーマが不思議そうに言うとチサトは冷笑を浮かべた。
「ええ、てきよ。」
「……。」
「あなたは新しく入ってきたから知らないと思うけど、わたしもお姉さまもゆうかいの数はもう三けたに入っているの。」
「……。」
「あなたはそんな家にやとわれたのよ。」
ユーマは目の前の少女が実際の年齢以上の事を体験し、そして、それによって性格が少し歪んでしまった事に気付く。
「……可哀想に。」
「あら、同じょうするの?」
チサトは目を細め、凍りつくような瞳をユーマに向ける。
「同じょうなんていらない、あなたはさっさとやめた方が、あなたの身のためだと思うわ。」
「……君やユウリお嬢様は?」
「……さあ、あなたの知ったことじゃないと思うわ。」
「そうかもしれないが、もうおれはこの屋敷に雇われた使用人だ。」
「……本当に、バカな人。」
チサトは溜息を吐くが、その表情はユーマが今まで見ていたどの表情よりも穏やかで、優しい表情だった。
「……ねえ、あなたの名前は?」
「ご存知ではないのでしょうか?」
「ええ、知っている、けど、あなたの口から聞かせて。」
「はい、わたくしめはユーマと申します。」
「おれでいいわよ。ただし、わたしと二人の時は。」
「そうもいきませんよ、わたくしは貴女の父上に雇われた執事見習いなのですから。」
「あら、あなたが、おれと言ったのはわたしの聞きまちがいかしら?」
ユーマは記憶を辿り、先程自分が「おれ」と言ってしまった事を思い出す。
「あ、あれは…。」
「くすくす……。」
チサトは口元を隠し小さく笑った。
「まあ、いいですわ。あなたをこうりゃくするのも、まあ、いっきょうでしょう。」
「……。」
ユーマは表情を強張らせるが、それでも不思議とこの仕事を止めたいとは思わなかった。
それはもしかしたら、少女に少女らしくもっと純粋な瞳を持って欲しいと思ったのかもしれないが、それでも、それを達成させる事は永遠になかっただろう。
「ユーマ、これからよろしくおねがいするわ。」
「はい、チサトお嬢様。」