4話
「頼むっ!」
「……。」
「……あのな、リョウタ…。」
両の手を合わせ、本気で頼み込むリョウタにマサシとユーマは呆れの表情を作った。
「駄目に決まっているだろうが……。」
「…オレだって、分かっているけど…。」
リョウタだって分かっているのだ、いくらミナミの頼みとはいえ、ただの執事が仕えているお嬢様を無断で外に出す訳にはいけないのだ。
「……だからこそ、マサシとユーマに頼んでんだよ……。」
「……。」
「……。」
マサシは呆れきった口調でこう言った。
「諦めろ。」
「出来るわけねえだろ。」
「……本当にお前要領悪いな。」
マサシは髪を掻き上げ、溜息を一つ吐く。
「お前なミナミお嬢様が外に出たらどうなるのか分からないのか?」
「……。」
「絶対迷子になる、はたまた誘拐、まあ、まだ軽くてナンパだな。」
「……。」
「お前はそれで良いのか?」
「……よくねえに決まってる。」
声を押し殺してそう言うリョウタにマサシは肩を竦める。
「俺は知らない、やるんだったら勝手にやれ。」
身を翻すマサシにリョウタは悲痛の声を上げるが、マサシはその声を無視する。
「……本当に面倒しか持ちこまねえな。」
「何が?」
「お前んとこの妹とその専属執事。」
「あはは…、そりゃミナミだもん。」
「まあ、そうだけ――。」
早足で先へさきへと行くマサシはようやく自分が誰かと会話している事に気付き、勢いよく振り返るとニッコリと微笑むユウリの姿があった。
「お、お前。」
「あら、お茶の時間に入ったのに私の執事さんが来ないから、迎えに来たの。」
「……お前の妹その1は?」
「快く許可を貰ったわ、あの子の執事さんも来なかったからね。」
「……悪い。」
珍しく素直に謝るマサシにユウリは満面の笑みを浮かべる。
「別にいいわよ。だけど、ユーマさんはどうしよう。」
「大丈夫だろ、あいつなら気付くさ。」
「……本当に?」
「本当。」
そう答えるのと同時に先程マサシがいた部屋からやや表情を強張らせたユーマとかなり焦った表情をしているリョウタが飛び出した。
「な?」
「本当だ……。」
「お前何処まで聞いてたんだ?」
「何の事?」
「惚けるんじゃない。」
マサシが一睨みすれば、ユウリは降参というように両手を挙げた。
「ミナミがリョウタくんに無茶を言った事。」
「呆れたな。」
「そう言わないでよ、私だって中に入るタイミングを計っていたら立ち聞きしてしまったんだもの。」
「本当かよ。」
呆れ果てた声音を出すマサシにユウリは微かに顔を顰めた。
「あら、本当じゃなかったらなんな訳?言っておくけど、私なんかの気配が読めないなんて気が緩みすぎじゃない。」
「――っ!」
図星を指されたマサシは息を詰まらせた。
「………よかったわね、それに気付いたのが私だけで、もし、チサトだったら間違いなく解雇宣言されているよ。」
「……冗談じゃすまないもんな。」
「あら、冗談じゃなく、あの子の場合は本気よ?」
「……。」
さらりと答えるユウリにマサシは微かに顔を強張らせた。
「でも、私がさせないわよ。」
「……ユウリ。」
「だって、約束したじゃない、ずっと側に居る、って。」
「ああ。」
ユウリは目を細め、嬉しそうに微笑んだ。
「マサシ、本当にずっと側に居てね。」
「お前が嫌だと言っても、俺は放す気はないけどな。」
「うん。知ってる。」
「なあ、ユウリ。」
「……あっ、どうだ……。」
ユウリは唐突に掌を合わせ、何かを思い出したのか、満面の笑みを浮かべるが、マサシはその笑みを見た途端嫌な予感がした。
「リョウタくんにミナミを連れ出す許可を出してあげる。」
「………………なっ!」
理解するのにかなり時間のかかったマサシに、ユウリは本当に天使のような笑みでこう言った。
「ミナミのドレスを購入したいから、そのついで、それにそろそろお外に出さないとあの子黙って出て行きそうだものね。うん、チサトに言ってこないとっ!」
パタパタと走り出すユウリの後姿を見て、マサシは手を伸ばすが、残念ながら彼女を捕まえる事は出来なかった。
「……おい…。」
怒気を含んだ声音と、瞳はもう姿ないユウリに向けられ、そして、内心ではこんな事を持ち込んだリョウタにどんな仕打ちをしてやるか考え始めていた。
「絶対に…俺の大切な時間を奪った報いを受けろよな……。」
この時、リョウタは冷たいほどの殺気を感じ思わず、体を強張らせ、ミナミに不審に思われたが、その事はマサシは知らない。
「………さっさとミナミやチサトが嫁に行けば、こんな悩みを抱えなくてもすむのか…いや、それはないな……。俺とユウリがくっ付いても同じだな……。」
ぶっ飛んだ事を考えるマサシだったが、それは仕方がないだろう、毎回、毎回、ユウリが妹関連で自分から言い雰囲気を壊して、さっさと去っていくのだから、いい加減マサシの限度を超えかけているが、それでも、彼女を思っているからか、何とか居間まで持っている。
まあ、その分の腹いせにリョウタが苛められているのは…、当然といえば、当然なのかもしれない…。






