3話
「お嬢様、何処に行ったんですか!?」
「お嬢様をお見かけしませんでしたか?」
「いいえ、見ていないわ。」
「そう……何処に行ったのかしら?」
ようやくメイドたちがどっかに行き、ミナミはホッと息を吐いた。
「……お作法の勉強なんて堅苦しいだけじゃない。」
「……それがお前の仕事だから、しかたねえじゃないか。」
「――っ!!」
ミナミの独り言に返事があり、ミナミは驚きのあまり木から落ちそうになった。
「え、え、え……。」
「ばーか、お前を見つける事なんて、十何年も一緒にいたオレにはお見通しだっつーの。」
「……ぶ~…。」
頬を膨らませ、ミナミは小柄な執事を睨み付けた。
「リョウくんは本当に意地悪だよね。」
「オレから意地悪を抜いたら何が残るんだろうな。」
「…………そんな意地悪を言わなかったら、優しい人だと思うのに。」
「はっ、ばーか、オレは優しくなんかねえよ。」
「……。」
ミナミは身を乗り出し、少年に向かって言い返そうと口を開いた瞬間――。ミナミの乗っていた枝が折れた。
「――っ!」
「ミナミっ!」
ミナミは目を瞑り、地面に叩きつけられるのを待つが、何時までたっても叩きつけられなかったので、ミナミは薄っすらと目を開けた。
「あれ?」
「何が、あれだ……。」
怒気を押し殺した低い声がミナミの耳に入る。
「……え~と、リョウくん。何でそんな怖い顔をしているの?」
「………ほ~……。自分の胸に手をあてて考えろ…。と言いたいところだが、はっきり言ってやろうか?」
「……あははは…。」
少年が怒っている理由は正当なものだと知っているので、何もいえない事を知っていたのでミナミは乾いた笑みを浮かべる事しかできなかった。
「ミナミ……。」
「…ご、ごめんなさい。」
「そう思うんだったら、もう木に上らないでくれ。」
「え~……。」
思わずミナミが不満げな声を上げると、少年はキッときつく睨みつけた。
「ミナミ……。」
「はい……。」
少年の先程よりも低くなった声に、ミナミは大人しく肩を落とした。
「お前の体はお前だけのもんじゃないんだぞ。」
「…リョウくん。」
「ん?」
「それ、使い方間違っているよ。」
「はあ?」
「だって、それって、妊婦さんに使う言葉じゃない、あたしは残念ながら、妊婦さんじゃないもん。」
「……。」
ミナミが言うように確かに使い方を間違った、と少年も思ったが、それでも、彼女の体が彼女だけではないのは確かなので、反論の言葉を言う。
「確かに、オレの言い方が悪いかもしれないが、それでも、お前の体はタカダ家にとっては重要なんだぞ。」
「あたしなんかより、姉様たちの方が重要じゃない。」
「……お前の姉さんたちはお前が大切なんだ。」
「でも……。」
ミナミは眉間に皺を寄せ、今にも泣き出しそうな表情を作る。
「うわっ!泣くなよ。」
「う~……。」
「分かったから、本当に泣くなよ。オレがお前の姉さんたちに殺される。」
「ふえ……?」
少年は本当に困ったような表情でそう言い、ミナミはキョトンとする。
「何で?」
「……。」
「リョウくん…。」
「あのな…、お前の姉さんたちはお前に物凄く甘いんだよ。」
「そんな事ないよ~?」
本当に暢気なミナミに少年は切れそうになるが、それでも、優しく説明し始める。
「お前な……、もしお前の姉さんたちが甘くなかったら、今頃自室から出られないぞ。」
「ふえ?」
「お前はトラブルメーカーだからな、外に出すよりも家ん中に居てくれた方が、お前の姉さんたちをはじめとする多くの人々の心配事が減るだろうな。」
「そうなのかな~?」
「そうなのかな~…じゃない、そうなんだよ、この大ボケ!」
少年は顔を顰め、そっと立ち上がる。
「ほら、そろそろ戻らねえと、お前の怖い方の姉さんが鬼のような形相で怒るぞ。それでもいいのか?」
「ひあ…っ!」
怖い方の姉、つまり、チサトが怒る姿を想像したミナミは変な悲鳴を上げ、少年の差し出した手を握った。
「リョウくん……。」
「はあ…。」
少年は溜息を吐いて、そして、仕方なさそうに彼女の頭を軽く叩いた。
「しゃあねえな、オレが何とかしてやるから、今度から怒られないように、ちゃんと授業に出ろよな。」
「…え~…。」
「え~、じゃない、ほら、きびきびと歩け。」
「………ねえ、リョウくん。」
「ん。」
やる気のない返事にミナミは一瞬顔を顰めるが、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「何だよ、気持ち悪いな……。」
「ねえ、もし、ちゃんとお勉強したらご褒美くれる?」
少年はこの時どうせ、こいつの事だから菓子でも作れ、みたいな事を言いだすのだと思い、二つ返事で返した。
「本当!」
「……。」
「あのね、あのね……。」
少年はここに来てようやく、嫌な予感を覚えた。そして、ミナミは爆弾を落とした。
「一緒にお出かけしようね、勿論、街がいいな。」
ミナミの言葉に少年は動けなくなった。そして、ミナミは少年に追い討ちをかける。
「約束は、絶対だからね。命令だよ!」