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1話

「………チサト~。」


 少女は堆く積みあがった書類の山の辛うじて空いているスペースにうつ伏した。


「……何?お姉さま。」


 冷ややかな視線を送るもう一人の少女は羽ペンをすらすらと滑らし、書き終わった書類を置いていく。


「早くしませんと、何時まで経っても終わりませんわよ。」

「でも~……。」

「でも、だってもありません。」

「……。」

「お姉さまがしなくては何時まで経ってもこの書類はなくならないのですよ。」

「……。」


 お姉さまと呼ばれた少女――ユウリは小さく溜息を吐き、口先を尖らせた。


「……私だって好きでこんな事したくないのに…。」

「それは、お姉さまがタカダ家の次期当主なのですから仕方がありませんわ。」


 しれっと言う、羽ペンを走らせる少女――チサトは急に手を止めた。


「もうこんな時間ですか。」

「へ?」


 ユウリが不思議そうに首を傾げた途端、この部屋の唯一の出入り口であるドアからノックが聞こえた。


「どうぞ。」


 静かな声でチサトが促すと、中に二人の男性が入って来た。


「お嬢様方、お茶の時間です。」

「そう、ユーマ、わたしは外で飲みたいから、悪いけどもってきてもらえる?」

「分かりました、チサトお嬢様。」

「ち、チサト?」

「それでは、お姉さま、また後でお会いしましょうね。」


 優雅な動きでチサトはさっさとユーマを連れて外に出て行った。


「………。」


 残されたユウリともう一人の執事――マサシは互いに顔を見合そうとはしなかった。


「……お嬢様。」


 マサシの完全な棒読みにユウリは溜息を吐いた。


「敬語とか苦手なんでしょ、二人だし、別にいいんじゃない?」


 ユウリはきっとチサトがワザと二人を置いていったと思っている、それは彼女の読みどおり当たっているが、その事はきっと彼女は知りたくもないだろう。


「そうだな、お前の妹もそう思ってあいつを連れって行ったんだろうしな。」

「……。」

「それにしても、よくこんなにも溜めたな。」


 マサシはユウリの机の上に乗る書類を見て、呆れたような溜息を吐いた。


「溜めたんじゃない、今日届けられた分よ!」


 ユウリはマサシを睨みつけ、そして、机の上に再びうつ伏せる。


「ほら、手伝ってやるから紙を寄こせ。」

「……。」


 ユウリはマサシの目の前に紙の束を置き、彼はそれ見た途端苦笑を漏らした。


「容赦ないな。」

「軽いものでしょ?」

「違いないが、それでも、手加減しろよ。」


 ユウリとマサシは口を動かしながらも、手も同時に動かし、先程チサトが手伝った時よりも早く二人は書類を片付けていった。


「……ねぇマサシ。」

「ん?」

「お客さんが来たみたいね。」

「ああ、そうだな。」


 ユウリとマサシは同時にペンを机の上に置き、立ち上がる。


「……私は書類を片付けるより、こっちを片付ける方が性に合っているのにな。」

「仕方ないだろ、お前は長女なんだしな。」

「一体誰が決めたのかしら、長女が後を継ぐって決まり。」

「さあな。」

「有能順だったら、私じゃなくチサトがなっているはずなのに。」

「諦めろよな。」


 マサシはいつの間にか手には剣を持っていて、それを持っていない反対の手でユウリの頭を撫でた。


「そりゃさ、仕方ないと思うよ。」

「それなら、諦めろよ。」

「……。」

「何だ?まだ何か言いたいのか?」

「うん。」


 素直に頷くユウリにマサシは苦笑を漏らす。


「言ってみろよ。」

「さっき、こっちを片付けるほうが性に合っているって言ったけど、仕事場で片付けるのだけは勘弁したかったわ。」

「ああ、同感だな。」

「どうする?移動する?」

「もう遅い。」


 マサシのその言葉とともに窓ガラスが割れた。


「ああ、掃除が大変なのに。」

「そうだな、あとでリョウタにでも任せるか。」

「貴方が片付けなさいよ。」

「俺は戦う、ユーマはチサトお嬢様を守っている、あいつは遊んでいる。」

「あら、ミナミを守るのは遊んでいるって言うの?」

「ああ。」


 敵が居るというのにも拘らず雑談を続ける二人に敵の方が怯んでしまっている。


「おい…。」

「ミナミを守るのは重要な役目よ。」

「まあ、そうだが、優先順位はお前が先だろ?次期当主さんよ。」

「もう、好きで当主になる訳じゃないって言っているでしょうが。」

「おい、貴様ら、こっちを無視するな!!」


 いい加減敵の方が痺れを切らしたのか、怒鳴ってきた。


「本当に、今回の刺客は短気ね。」

「同感。」

「こんなんじゃ、あっさり勝てそう?私の執事さん?」

「ああ、俺のお嬢様。」


 クスクスと笑うユウリにマサシは冗談めかして言うが、瞳は本気だった。


「さて、ゲーム・スタート。」


 ユウリのその言葉と同時に、ユウリとマサシは同時に床を蹴った。


「な、何!」


 何処からどう見てもか弱い女性と、寡黙そうな男性は非戦闘員にしか見えなく、だけど、二人の動きはどう見ても訓練を受けた手練の動きだった。

 敵は全員を合わせても四人、ユウリはそのうちの一人に回し蹴りを喰らわせた。


「何っ!」


 男は何とか蹴りをガードするが、ユウリは続いて邪魔なドレスの裾を持ち上げ、その下に隠していたナイフを抜き取った。


「ユウリ、そんなところに武器を隠すなと――。」

「あら、丸見えの所に隠すよりは警戒心を与えなくて丁度いいのよ。」

「……。」


 女としての嗜みは何処に行ったと、マサシの顔に書かれているが、ユウリはそれを軽く無視する。


「さ~て、何分で片付ける?」

「三分。」

「分かったわ。」


 ユウリは笑みを浮かべた瞬間、一気に敵に切りかかった。

 その動きはどう考えてもドレスを着た女性の動きじゃなかった。


「それにしても、こんな意外な事にダンスの練習が役立つなんてね。」


 ユウリは優雅なステップを踏むようにドレスの裾を捌ききった。


「練習しといてよかっただろ?」

「ええ、ありがとうね、マサシ。」


 ユウリは最近まではどうもダンスが苦手で――といっても貴族が踊るようなワルツなどが苦手で、町の娘たちが踊るような気さくなダンスは得意だったりする――そして、苦手なダンスの方はマサシに教わり、最近では姉妹の中で一番うまかったミナミよりもかなり上達していた。


「さて、後二人。」


 マサシの方も手馴れているのか、あっという間に一人を気絶させ、二人目と剣を交えていた。


「私もやらないとね。」


 ユウリは笑みを浮かべ、残る一人に向かって床を蹴った。


「くっ……。」


 最後の一人はユウリが思っていたよりも強く、ユウリのナイフは全て防がれてしまう、しかも、悪い事にユウリの息が上がり始めていた。


「もう終わりか、お嬢さん。」

「まだ、まだっ!」


 刹那、強がりを言うユウリはとうとう壁際に追い詰められてしまった。


「く……。」

「ゲーム・オーバーだ。」


 男がそう言うと持っていた剣をユウリに向かって振り下ろした。


「――っ!」

「……。」


 しかし、男の刃がユウリを切りつける事はなかった、何故ならユウリの手には飾り用だとはいえ確かに剣を握っていたのだ。

 実はユウリは先程壁際に追い遣られたのはワザとだった。壁際には装飾用の剣が飾られており、ナイフしか持って居ないユウリには丁度いい武器だったのだ。


「これで、五分かしら?」

「いいや、俺たちの勝ちだ。」


 マサシの声がユウリの問いに答えた。そして、次の瞬間ユウリと戦っていた男の体が大きく傾いだ。


「……もう、マサシったら。」

「……片付けたんだから、文句言わねぇの。」

「だって~……。」


 ユウリは微かに文句を言い、だけど、その目は笑っていた。


「そんじゃ、場所移動して、茶でも飲むか?」

「ええ、そうね。」


 ユウリが頷くとマサシは持って来たワゴンをそのまま押していく。


「天気がいいから、外にする?」

「そうだな。」


 ユウリはくるりと振り返り、そして、冷め切った目で刺客たちを見た。


「ゲーム・オーバー。」

「……。」


 まだ男たちは意識があるのか、悔しげに顔を歪ませた。


「私は誰にもやられる訳には参りません。もし、今度貴方がたの主が私たち姉妹を襲えというのなら、貴方がたの主ともども潰しに参ります。」

「ついでに今ならてめえらの腕の一本や二本折ってやってもいいぞ。」


 物騒なことを言う主従コンビに刺客たちは最後の力を振り絞って逃げ出していった。


「……。」

「……。」

「本当によかったのか?」

「何が?」

「あいつらを逃がした事が。」

「あ~、その事?」


 ユウリは笑みを浮かべ、う~ん、と言いながら背伸びをする。


「いいの、いいの、どうせ何処の刺客か分かってるし。」

「まあな。」


 マサシも大体予想がついているのか頷いた。


「お人よし。」

「私はいくらでも襲われてもいいのよ。」

「……。」

「だけど、チサトやミナミには手を出してほしくないから。」

「まあ、お前が妹思いなのはガキの頃から知っているが、たまには俺ら執事を頼れよ。」


 ポンと頭を叩かれ、ユウリは一瞬ぽかんと間抜け顔で呆けるが、すぐにクスクスと笑い出した。


「なんだよ。」

「だって、執事の仕事はそんな事まで入ってないよ。」

「俺らは特別だろ?」

「ふふふ、そうね。」


 ユウリはくるりとその場で回り、淡くマサシに微笑んだ。


「それじゃ、私の執事さん、これからもよろしくお願いしますね。」

「ああ、守ってやるよ。」


 ユウリはまるで女神のように慈愛で満ちた微笑みをマサシに送る。

 それはまるで、自分の唯一の例えば半身、伴侶、恋人、そして、片思いの相手でも見るように優しく、そして、何処となく切ない笑みにも感じた。


「あの言葉は言ってくれないのね。」


 ユウリの言葉はあまりに弱弱しく、本来なら誰の耳にも届いていないはずだったが、彼の耳にはしっかりと聞こえていた。


「その言葉は、まだ言えないさ。」

「えっ……。」

「でも、ちゃんと言ってやるよ。」

「……いつ?」

「分からないが、俺が一人前になって、そんで、お前が当主になる前には絶対言う。」

「マサシ……。」

「だから、待ってくれるか?」

「うん…待つよ。」


 こうして、二人の約束は交わされて、そして、彼の言葉道理になったのかは、彼らだけしか知らない。

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