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オムちゃんのパジャマ

「冬祭り」作品。

セリフシャッフル企画です。頂いたセリフは、くまくるのさまからです。



 和子ワコが息を吐いて寝ころんだ布団から、天井の木目が見えた。久々の墓参りで訪れた叔母の家。

 馴染んだ部屋。

 遠い遠い過去から甦ってくる記憶の断片に浮かぶのは、薄い浴衣で寝ころび本を読む幼い頃の和子。

 そして無造作に青いパジャマの襟をいじる従弟のオム


 天井板の変模様、ふすまに滲んだ染み、すり硝子に隠れた闇――。


 ちょっぴり苦くて懐かしくて。

 誰にでも一つくらいはあると思う。

 そんな記憶の断片。


  ☽ ☆ ☽ ☆


「ワコ、知ってるか? あれな、目玉のお化けなんだぜ?」 

 にやりと片方の口角をあげて治がつぶやいた。そういって指さしたのは天井の木目。和子にはただの変模様だが、治には目玉お化けにみえるらしい。

「木に宿る目玉だからな。一番内側が濃くてだんだん薄くなってくだろう? 寝てる間に気づかれないくらいすこ~しづつ成長してるんだ」

 しらっとした目で話し続ける治を見つめる和子に、治はパジャマの襟をいじりながら、頷くと小声で耳打ちをする。

「そのうち天井が大きくなった目玉で、真黒になっちゃうんだぜ」

「何ていうお化けなの?」

 そっけない和子の問いに治の答えはあっさり一言。

「ネンリン」

「そんなの、お化けの名前じゃないじゃない」

 和子は首をひねる。(毎年見てるけど、大きくなんかなってないし……)と。


 和子がふっと逸らした視線の先に茶色い染みが滲んだふすまがあった。正体はチョコアイスで、昼間、和子がつけてしまったものだ。和子の視線を捉えた治がにやにや顔でまたささやいた。

「あー、あれは血塗れっていうやつだ」 

 枕を並べて布団に入り、二つの寝息が重なるまでの会話。

 いつもは友達や家族のおもしろ話で終始するのだが、その夜の治の様子が、和子にはちょっと違って見えた。和子は治の様子が気になったのか、うつ伏せで読んでいた本から目をあげる。 

「あれは悪さするお化けなの?」

「いんや、悪さしないよ。あれはお化けじゃなくて妖怪だから」

(よ、ようかい!?)

 和子が隣を見るとキラキラした治の瞳があった。

「お化けと妖怪は同じじゃないの?」

「似てるけど違うんだ」 

「どう違うの?」

「お化けは忘れたり大事にしなかったものが思い出せ、思い出せって出てくるんだ。妖怪は人に隠れて昔からいるものなんだ」

 治の得意顔満面。それを見た和子は、何でも知っている学者さんみたいと胸の中で笑う。反面少し怖いお話になりそうで、そっと隣の布団に手を入れ、治の腕に手のひらをあてる。

(あっ、あったかい……)

「じゃ、お化けは幽霊? 妖怪はゴン太みたいなもの?」

 ゴン太は治の家の近所で飼われる犬で、じろりと睨まれている気がして和子には怖い犬だった。

「幽霊は死んだ人。お化けは人じゃなく物。妖怪は……まあ、そんなかな? ちょっと違うけど」

「オムちゃんって凄いね。なんでも知ってるね」

「うん、俺はいつかそんな不思議な物の研究をして本を書くんだ」

 治は完全にスポットライトを瞳に集め輝かせていた。

 スポットライトは電気スタンドで、和子の本を照らしていたのだが、治が横長ライトをくいっとねじ上げて、光を顔に当てたのだ。

(怪談であたしを怖がらせようとしているんだ)

 和子はスタンドを消して布団の中に潜り込む。

「そっか、じゃ、私は読む人になる」

「ワコ、お前今も読んでばっかじゃないか」

「うん。でもオムちゃんの本は特別だから。絶対書いてよね!」

 電気を消しても続いていく会話――。


  ☽ ☆ ☽ ☆


 翌朝、眩しくて目覚めると、オムちゃんはくかくかと寝息をたてていたっけ。

 あの夜あたしは本気で『オムちゃんの本は必ず読む』と誓っていた。

 大人になっても二人がいる世界は、いつも同じ景色で変わらないと思っていた。

 真っ暗になった部屋から見えたのは、月明かりにぼわっと浮かび上がったすり硝子。

 月明かりの中で過ごした時間は永遠に続くのだと信じきっていた。

 ガラガラと縁側のすり硝子を開けると、目に飛び込んできた庭には、いろんな秋花が咲き乱れていたな。平凡だけどちょっとだけ安心。そんな朝だった。


 オムちゃんがいなくなってからの何年か。

 あたしは妖怪、お化け、物の怪が大活躍する本ばかり読んでいたっけ。

 本の中からオムちゃんが、ずっと語りかけてくる気がしたからだ。

「幽霊でもいいからまた会いたいなぁ……」

 そんな風に呟きながらページをめくっていた。

 でももう会えないっていうことも知っていた。


 会えないのはあたしがオムちゃんを忘れないからだ。

 幾つになってもこんな本ばかり読んで、本の中でオムちゃんに会っちゃうから。

 そんなふうに思いこんでいたのはいつまでだっただろう。


 苦笑いしながら布団を畳み押し入れにしまう。それだけでうっすらと汗がにじんでくる。今日のお墓参りはとても暑くなりそうだ。 

 あの晩、オムちゃんは初着のパジャマを褒めてほしかったんだろうなと、今ならわかる。

 庭先のその上に広がっている青い空。

 オムちゃんが着ていたパジャマの色だ。

「そのパジャマ(青い色)、とっても似合ってるね」

 空に向かってつぶやいてみた。

 

 (おしまい)


いただいたセリフは「そのパジャマ、とっても似合ってるね」でした。




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