凍てつく夜は温かく
【あらすじ】
高校三年が終わろうとしている城木誠一は、幼馴染みの服部光から思いがけず星空観測に誘われた。
参加にはとあるミッションがあり。世間知らずな誠一はミッションをクリアするため、一人思い悩んでいた。
新嘗祭、参加作品です。
前作からキーワードを拾い48時間以内に3000文字以内で書くというレギュレーション。
キーワードはひろたひかるさまの「目覚めたら横に看板」から頂きました。
高校生活最後の初冬。
恒例「凍てつく空を眺める会」をまじかに控えた夕刻のこと。
城木誠一はどうしようかと思案していた。
思案の発端は、前日、幼馴染の服部光と日直当番が一緒になった下校時の別れ際に発生した。
光の所属部が流行らない天文部で、男子部員が悲劇的に少なくなった今年、三年生の追い出し会である「凍てつく空を眺める会」への参加してほしい。と(ボディガード代わりに)光から誘われたのだ。
誠一が大学病院のレントゲン技師をしている兄、喬一から夜間外出禁止令が出されたのは高校入学と同時であった。
元をただせば、誠一の急激な成績降下で第一志望校受験が失敗したせいとはいえ、ほぼ三年間、文句ひとつ言わず生真面目にガシガシと従ってきた今になり。
誠一は出かけたい、出ちゃだめだ、出かけてしまえ、と悶々と一晩を過ごした。机に向かっても問題集の一問すら頭に入って来なかったらしい。
誠一が「会」に誘われたのは、光の気まぐれのついでだったとしても。
相手が幼少時は兄妹のように接していた服部光であり。中学になって眩しく輝いて見えるようになった光であり。受験勉強に集中出来ない程意識してしまった光であり。同じ高校になったはいいが告白も出来ないでいる光なのだった。
誠一はこんな機会は、未来永劫、二度とやってくるとは考えられなかったようで。行く、という決心はついたようだ。
運よく喬一は朝出勤しそのまま当直で、明日夕方まで帰らないのもラッキーだった。
しかし誠一はまだ躊躇っていた。
躊躇う最大の理由は温かな飲食物を一品持ち寄るという条件にあった。
珈琲お茶などの飲み物は安直過ぎだろう。
だが料理などしたこともないわけで。
しかも相手は女子集団であり。
「温かい」から連想できるものと言えば鍋料理くらいしか思いつけない誠一。
この機会に、光に自分を印象づけたいと、誠一は真剣に悩んでいた。
母親が夜食と称し作ってくれる鍋焼きうどんは、珍しさに薄い。なら……すき焼きでも作ろうか? いやいやいやいや、それは気張り過ぎだろ!
やがて乏しい記憶をたどって誠一の記憶に浮かんだ一品。
家族で食事に行った時のことだ。母親が「なに、これ、案外美味しいじゃない!」と目を丸くして舌鼓を打った一品。
そうだ! あれを作ろう!
と、昼から兄、喬一のクローゼット奥を掻き回し、引っ張り出した道具を並べたベッドの上を横目で眺め――。
「引かれるだけかもしんねぇ!」
一声吠えて机に伏せったのがついさっきのことだった。
やがて光と連れ立って町はずれの丘に集合すると。
天体望遠鏡を持っている部員がいた。防寒具調達係も結構な荷物を手にしていた。その中にあって誠一の大荷物はたいして目立つこともないようで。少々安堵と虚脱を感じる誠一であった。
レジャーシートにクッションを並べ、座って毛布にくるまり夜空を眺め出す面々。
湯気が立つポットから注がれたお茶と、熱々たい焼きにピザ、フライドポテト。そんな品々が次々と誠一の前に置かれていく。保温バックから取り出されるそれらを目にして。
うわぁー! テイクアウト出来るもので良かったのか!
誠一は半泣き気分になっていた。
「誠ちゃんは何を持ってきてくれたの?」
更に光のあどけない一言が刺さる。
「お、俺はラーメン……」
「はい!? ラーメン……って……」
それに返事をすることなく、誠一は黙々と準備にとりかかった。カセットコンロに両手鍋を置き、出汁は市販品。その中に調理ハサミでチョッキンチョッキン――ウインナー、油揚げ、豚肉を切り入れていく。袋に詰めてきた刻んだ野菜を投げ入れ、パックに入った白菜キムチを丸ごとがばりとぶっこんだ。鍋の中でキムチをキョッキンキョッキンしながら、グツグツ、グツグツ煮込み。最後にインスタントラーメンを放りこむ。
「野外で温ったまる食いもんといったら、これしかない! 軍隊鍋だ!」
もう引き返し所を見失っていた誠一は、腰に手を当て上体を反って、どうだ! と背に冷や汗を流しながら言い放っていた。
その場の全員が目を丸くして――だが、光が黙ってプデチゲを器に取り分け全員に配りだすと。
一口目を口にした瞬間。一斉に「美味しい!」と全員が顔をほころばせたのだった。
∵ ∵ ∵
陽が落ちると急に寒さが身に沁みるようになった、とある日の夕刻。
「誠ちゃ~ん、ご飯できたよ~」
書斎のドアがノックされた。
それに続きドタドタと階下に響く足音と、誠一と光の愛児があげる嬌声が聞こえてくる。
「わ~い! レーちゃん、今日はぷちげ、だよ!」
「ユーちゃん、ぷちげ違う! ぷでげ!」
舌足らずな愛息愛娘の歓声と、プデチゲの鼻をくすぐる匂いに包まれ、城木家の夜は更けていくのであった。
(おしまい)
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