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虚空の徒花

 遺憾ながら、雲を引いてしまった。

 高度は乱降下。間違いなく、既に気取られている。

 敵、ウニョンの戦闘機は19時の方角にいるようだ。

 すぐさま襲いかかってくるのは360度全方向からのミサイル。挨拶代わりのつもりだろう。

 データリンクを利用して、彼女のアクセス出来る全部の兵器が狙ってくる。

 第七世代戦闘機、少しだけ前の技術……水晶球無しに、インターフェイスを脳接合に依った、古き良きサイバーパンクな操作方法だ。前頭葉にイヤホンジャックかi-Linkのような接続端子の穴をあけてある。そこに繋がったワイヤレスのアンテナは、まるで鬼の角のような形状だ。

 超能力(ESP)のないパイロットでも機体を思い通りに動かせる。しかしその代償は大きかったが……。


 脅威の低い奴から回避し、避けられないものを最低限レーザーメスで払う。

 ウニョンの目的は墨崎の行動範囲、その可能性を狭める事である。

 そして巴戦に有利な状況、後出しジャンケンのように、相手の旋回よりも少しだけ遅く侵入角を選択するのだ。


 何処から来るのかは分かっていた。しかしそれを避ける手段がない。

 紫色に輝くウニョン機、アジ・ダハーカが拳骨を振り上げて、殴りかかってきた。



 ※ ※


 寺院の客間。いきなり出てきて偉そうに指図するウニョンに、墨崎は言い放った。


「お前、どーせ無理矢理押しかけて、でも正規軍にはイラネーってんで、ガンちゃんとこに押し付けられたんだろ?」


 自分の事を棚に上げて、確かに儒教国も、ジャイナ教・ツァトラストラ教共同自治区と並んで中立地帯ではある。しかし仲間かと問われれば、誰が首を縦に振ろう。今で充分独立と自治を確立しているこのエリアに、協力と援助などいらぬお節介なのは間違いないように思えた。


 しかしそれがたとえ図星だったにしろ、ウニョンも女性とはいえ軍人である。侮辱には拳で応えた。鋭いボディーブローが墨崎の腹部に突き刺さる。

 思わず咳き込む。


「やりやがったな!」


 連続して、顔面を狙ってきたその腕を捕まえ、捻り上げる。


「離せ、豚足野郎!」

「何だそれ。うるせえよクソアマ、国へ帰れ!」

「ここはあんたの国じゃないでしょ! てかソレもう無かったか」


 既に日本は滅亡している。

 逆上する墨崎。

 止めないマンジーもマンジーだが、墨崎とウニョンの間には個人だけではなく、実は民族的な確執もあったのだ。



〜〜〜〜読み飛ばしてもいいよ〜〜〜〜


 白村江から、いや恐らくは有史以前からお互いいがみ合って喧嘩していたのだろう。香港風邪しかり、近隣国とは概ね為政者に、民衆の鬱憤晴らしとして使われるものである。いまある不満は全部、隣人が悪いのだと。文化も言葉も違うなら、そうやって責任を転嫁するにはうってつけだ。さらには愛国心まで増やせるというおまけ付きで。

 古来からコリアンと日本人は喧嘩ばかりして、絶対仲良くなろうとしないのはそういうものなので、仕方がないのである。


 だが普段差別などを毛嫌いしている墨崎であったのに、果たしてそんなレイシストによる洗脳が、彼の心の奥深くにまで根付いているのだろうか?


〜〜〜〜〜〜〜〜



 程なくして寺院の窓を吹き飛ばし、金属のアームが殴りかかってきた。

 ホバリングしていたのはウニョンの愛機。

 南北統合前のかつての両支配者からいいとこ取りした技術で作り出された戦闘機、その名もアジ・ダハーカ。ツァトラストラ教においての絶対悪、アンリ・マンユより作り出された、全てを破壊し殺戮する悪竜の名を冠した機体であった。



〜〜〜〜読み飛ばしてもいいよ〜〜〜〜


 そんな名称の機でこの共同自治区に厄介になるとは流石にいい根性をしていると言わざるを得ないが、社会情勢より命名が先んじていた訳でウニョンに文句はつけられない。

 ちなみにロータリーエンジンの車メーカーから始まり航空機産業に発展したマツダ重工の名がツァトラストラ教の主神アフラ・マヅターに由来するのに対抗したという説が濃厚であり、ホンダに対するヒュンダイの前例もあった為、広く人々に信じられている。


〜〜〜〜〜〜〜〜



「お前もかッ!」


 喧嘩に戦闘機を使うような、非常識な人間がここにも一人、いた。

 墨崎は顔には見せないながらも、本当は少し嬉しいような気分になっていた。


「一緒にしないでよッ!」


 間髪を入れず、ウニョンが応える。おそらく不随意反射だろう。

 無骨で巨大な鉄拳をかわす。しかし、その隙にウニョンに逃げられ機に搭乗されてしまう。

 墨崎も、即座に駐機中だったスティラコファルコを呼び寄せ、冒頭の戦闘シーンに繋がるのであった。



 巴戦の最後。

 そこからが真の意味で、格闘戦の始まりであった。

 フレームを歪ませるほどの打撃は、まだお互い与えられない。放った大振りのその隙が逆に自分の致命傷に繋がるのだ。牽制し合い、どちらがマウントを取るかの状況判断が序盤戦を決める。

 と、アジ・ダハーカが掌を広げて挑発を始めた。


「力比べだと?」


 望むところだ、とその手に掴みかかり、握力を込める。

 アクチュエーターが唸りを上げる。同時にエンジンとフライホイールはフルブーストだ。二機は一気に高度を上昇させる。

 上空30000フィートのアームレスリングだ、少しでも気を緩めればここから地面に叩きつけられる。

 ウニョンは円弧の動きで墨崎を翻弄する。出力では勝っている筈のスティラコファルコが実力の半分も出しきれない。


「糞ッ! こいつ、慣れてやがる」


 恐らくウニョンは、自分の得意分野に墨崎を引きずり込んだというところだ。何度も鍛錬して必勝法でも見出したのだろう。しかし、そうはさせられない。墨崎はウニョン機を掴んだまま、水平飛行で無理矢理、思い切り加速を始めた。


 マッハを超え、衝撃波を当てればアジ・ダハーカを破壊する事も出来よう。しかしそれは諸刃の剣。決して自分も無事には済まない。

 それに気付いたかウニョンは引きずられないよう、対向にベクターノズルを動かした。


 今だ。

 一気に機首を引き起こす。

 ニヤリと笑う墨崎のその口は、酸素マスクに覆われて見ることは出来なかった。


 ズーム上昇であった。速力は少しばかり足りないが、スティラコファルコと、アジ・ダハーカの推力をも利用して、合算すれば60トンを超える力が、上昇方向に向けられた。

 そして迎え角(AOA)を最小に。機体に掛かるGがほぼゼロの、弾道飛行だ。

 運動エネルギーが位置エネルギーに変換されてゆく。空の色がブルーから紫色、深い紺色、そして漆黒に変わる。アジ・ダハーカの抵抗もない。ウニョンも、ここで暴れれば機がコントロールを失い、墜落するしかないと分かっているのだ。……意識があればの話。

 そして二機は宇宙空間に軽くタッチして、落下を始めた。

 

 戦闘機の与圧は薄い。被弾した時のリスク、風船玉のように破裂してしまう事を考えると高い圧力を残せない。

 先んじて酸素マスクを付けて純粋酸素を吸っていた墨崎はまだしも、ウニョンは瞬殺で高山病にかかり、今や意識を失っているという塩梅だ。

 本来なら与圧服ありき、純粋酸素二時間吸いありきの荒技であったが、そこは気合と根性で乗り切った。


 いや、流石に墨崎も手心を加え、血液が沸騰し氷点下60度に凍りつくほどの高度までは取らなかったというのもある。いかにウニョンとて殺してしまう程の事はないと、墨崎は考えたのであった。


“甘いわッ!”


 無線が鳴り響いた。ウニョンの声だった。


「何ッ」


“それしきの事でこのウニョンが倒せるとでも思ったの? この未熟者!”


 まさかこの軌道(マニューバ)まで想定済みだったとは。


「仕方ねェな。旧式相手にESP感知能力は卑怯だと使わなかったが、まさかここまで出来るとは。手加減もここまでだ」


 しぶしぶ墨崎は、能力の制限を使用可能(イネーブル)にした。

 水晶球にマスクを付けたウニョンの勝ち誇った顔が映し出される。しかしそれだけではなかった。


「敵機!」


 憎悪を燃やした殺意の塊が十数機接近しているのが同時に映し出されたのだ。

 識別コードはブッディスト陣営のものでも共同自治区のものでもない。


 西洋資本主義陣営の戦闘機だった。

 同時にマンディーから無線が入る。


“君たち、熱くなりすぎ。協定空域出ちゃったよ、こっちから援護したら問題になるから、頑張って逃げといで”


 残り少ない燃料を横目で見ながら、墨崎は一筋の冷汗を垂らすとため息をついた。


「しばらく休戦といこうか」


“仕方ないわね”


 迫り来る群れを前に、二機は散開した。

前置きはここまでである。

雲霞のように殺到する敵機、頼るは仲の悪い金髪ロリ巨乳ただ一人。

墨崎は戦乱の中、流転の運命に、今巻き込まれてゆく。

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