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流浪の果て

 最期に「逃げて」とヴォォグは言った。

 彼女の言葉では「ビィング」と発音する。掠れる声で、そして墨崎を洞穴の裏口(・・)に突き飛ばす。


「ネイヴァア!」


 これは墨崎。ダメだ、という意味だ。

 しかし非常口を兼ねた裏口は崖に近い急坂になっており、抗うことも出来ず墨崎は滑り落ちてしまう。その時ヴォォグは、微笑んでいるように見えた。


「バアィドォ」


 風に乗って、最後に聞こえたのは、またね、あとでね、といった意味の言葉だった。ヴォォグが狩りに出かける前などに、お互いに交わすいつもの挨拶だった。


 舞い散る粉雪を掻き分け、助けに向かおうと立ち上がった時、墨崎は気付いた。空気が震えている。

 唸るような、低い、地響き。

 銃声が雪崩を引き起こしたのだ。

 巻き込まれたらそれこそお仕舞いだ、雪を掻いて走り出す。

 同時に遠隔操作(テレキネシス)でスティラコファルコを起動させる。

 水晶玉に光がともる。

 インジケーターはオールグリーン、燃料もフルチャージである。しかし……機は、沈黙。

 温度が極端に低く、エンジンが凍りついたように始動しないのだ。


「掛かれ。頼む掛かってくれ!」


 襲い来る白い濁流は、目の前に迫っている。深く埋まる足がとても重い。

 チョークを引き、焦って何度もセルを捻るが、どうしても点火しない。


「クソッ! 回れッ!!」


 八つ当たりに念力(・・)で、水晶玉を叩きつける。と、轟音。

 降り積もった雪を吹き飛ばし、細氷の煙(ダイアモンドダスト)を撒き散らし、起動したスティラコファルコが雪原から墨崎をかっさらったのは雪崩の到達するまさに直前ギリギリ間一髪のタイミングであった。


 襲いかかって来た女が誰かはさておき、自分の撒いた種である事は、まず間違いない。

 全軍に追われる立場なのは本当なのだろう。あの黒装束は恐らくMP(ミリタリーポリス)だろう。彼らは身分を明かさなかった。その暇もなかった。例え相手がMPだろうが引けない状況だったし、しょうがない。

 女も、その仲間だろうか。

 否、どちらかというともっと感情的な、それこそ浮気がバレたような反応だった。どこかで甘い言葉を囁いて放ったらかしにした誰かだという可能性が一番高い。一度会った女の、顔と名前を忘れるとは焼きが回ったものだ。


 そんなとりとめもない事に思いを廻らせながら、墨崎は上空を何度も旋回する。

地上では襲い狂う雪崩の波が未だ止まる事を知らない。

 (おり)しも空には黒い雷雲が立ちのぼり、猛吹雪と共に小さな飛行機へと迫り来る。とうとう彼は諦めたように飛び去った。


 女が救援信号でも発信すれば、地上部隊が一帯を包囲する事も考えられる。今は吹雪に守られているが、それが止むまでの事だ。たかが墨崎一人の為にどれだけのコストを払うものかどうかは判断が付かないが。


 警告表示が薄く、警戒レベル5を示している。

 山脈から少し離れただけで、彼の機は既に察知されていた。

 今は遥か遠隔地でテレパスに捕捉され、迎撃用の何かが発進された可能性がある程度だ。

 ただちに影響のある脅威ではないものの、そのまま放って置けば取り返しの付かない事態にもなり得る。


 きっとまた来るからね。そう心に誓いながら今の墨崎には、逃げる事しか出来なかった。



 ※ ※


〜〜〜〜※7読み飛ばしてもいい部分〜〜〜〜


 アセンションという言葉がある。

 少しばかりオカルトをかじった人間なら、一度くらいは耳にした事があるかも知れない。

 元の意味は上昇もしくは基督の昇天。

 だがここでは次元上昇という意味で使っている。人類が縦横上下の三次元空間プラス時間軸の制約から解き放たれ、下層5次元に進出し始めたのはもう半世紀以上前だった。

 むしろこの時代生き残るにはそれがないと厳しい。

 見えないものを見る力。

 人の心を思いやる想像力。

 仮想の上にしか存在しないながらも決して嘘ではない、物質ではなく精神の世界。


 はるか昔、試行錯誤を重ねながら恐らくはその境地に達した男がいる。今現在のように情報もなく独力でそれを成し遂げたのだ。彼の名はインド独立の父として歴史に名を残している。

 何故そんな事を知っているのかと聞かれれば、筆者も今を去ること2012年初頭に遅まきながらアセンションをしたので、その感覚を類推すれば当然のごとく察知出来るのだと言う他はない。聡明なる読者諸兄ならば言わずもがなで伝わる話かも知れないが。


 現代の戦闘機乗りが襲い来る危険を回避するのも、もちろんその能力の一つである。

 例えば車の運転に熟練した人で、ふと何気なくブレーキを踏んだら、ちょうど物陰から子供が飛び出して来てギリギリ轢かずに済んだ、という様な経験はないだろうか。

 決して見えたり聞こえた訳ではないのに、当たり前のように既に減速している、そんな経験はちょくちょくあるものだ。

 もしくは麻雀で危険牌の臭いを感じ、理屈でなく抑えて放銃しなかった、というのもそうだ。

 またウィザードリィという古いコンピューターゲームを廃人になる程やり込んだ人間は、ムラサマブレードという最強の武器を落とす敵がマップのどこで出現するかを感覚で察知し一本釣りする事が出来るようになるという。乱数をいちいち計算するというのではなく、分かるのだ。

 その延長、というより根本的に同じ物である。精度や練度の差はあれど、誰しもが持っている感覚の一つなのだ。


〜〜〜〜〜〜〜〜



 飛来するミサイルや戦闘機を幾たびもかき分け、何度も撃墜の危機を乗り越えて、墨崎はとうとうムンバイへたどり着いた。

 いろいろあってすっかり忘れていたが、ブータンのワンチュク管制官が命を賭して教えてくれた中立地帯、ツァトラストラ教・ジャイナ教共同自治区である。


 こんな時代だ、ジャミングなど意味はない。逃げも隠れもせずに墨崎は正面から自治区の主要空港に着陸した。

 そして亡命の意思を伝える。


「邪魔するぜ」


 もし拒否しようものならぶん殴ってやる、とパワーアームをポキポキ鳴らして威圧しながら。

 最新鋭戦闘機に対抗出来る武器をを自治区は有していない。しかしツァトラストラ教もジャイナ教も、少数ながら莫大な経済力を持つ信徒を集めた強大な勢力であり、ブッディストも旧支配者たちも、下手に手出しを出来ない。

 このいわば三すくみの状態に墨崎は賭けたのであった。

 遠隔でアームの拳を固めながら、怯えた様子の管制室の沈黙を尻目に、墨崎はヘルメットを脱いでアスファルトに降り立った。

 焼けるように暑い。

 つい数時間前に雪国にいたのが嘘の様だった。

 年間平均気温27.8度、熱帯のサバナ気候である。敬虔なジャイナ教の僧侶は今でも服を何一つ身に付けない。

 フライトスーツに付いているエアコンが両肩の放熱ファンを全開で回している。

 それでも汗が目に染みる。油断なく辺りを見回す墨崎。


「構わねえな?」


 腕時計型の無線に呼びかける。

 返事は……あった。


『握り拳とは握手出来ねえって、確か前に言ったはずだがなァ』


 砂煙を上げて出現したのは装甲車であった。

 砲塔が無く、代わりにスティラコファルコのそれとよく似たパワーアームが付けられている。


「な、何だテメェ」


『非暴力、不服従を体現した私の愛車だ。ハッハーッ、気に入って貰えたかな?』


 装甲車はそのまま全速力で助走を付けてスティラコファルコに殴りかかる。

 合わせてカウンターを当てるスティラコファルコ。

 しかし重量が違う。よろめいて、後退してしまう。


『目標は常に私から後ずさりする、って奴だぜ』


「姿を見せろ! 卑怯者」


 墨崎が罵ると、操縦席のガルウイングが開き、沢山の管や電線に繋がれた老人が現れた。


「まさか……」


 そして特徴的な丸眼鏡、それを模したグラスモニターディスプレイ。

 それはガハトマ・マンディーその人であった。

 老齢を粗食とテクノロジーで乗り越えた彼は実はまだ生きていたのだ。


『ハハハ。本当の富とは健康の事さね。金や銀じゃあねえって事さ』


「テンション高けぇなこのパープーが!」


 喋りながらも手を緩めない装甲車の右フックを叩き落とし、横薙ぎに振り払う。

 効果がない。上空で軽量の航空機とやり合う分には無敵のスティラコファルコも、重量級の装甲車との肉弾戦は想定外だ。

 こう至近距離ではレーザーメスを放つ暇もない。


「クッ、強え……」


『強さとは身体能力じゃないんだぜ、不屈の精神から生まれるって習わなかったか? 俺もまだまだ影響力弱ええって事だなァ、畜生』


「こ、この死に損ないがァ!」


 ジャイロをオーバーレブさせて方向転換し、マッハパンチを繰り出す。あ、この台詞負け犬の言う奴だ、と同時進行に墨崎は思いながら。


『速度を上げるだけが人生じゃねーんだぜ』


 回り込んだ軌跡を完全に読まれて躱されるスティラコファルコ。空振りの負担がアクチュエーターに悲鳴を上げさせる。


「まだだ!」


 振り向きざまに一閃。

 しかしそれも見切られ大振りの間隙を付いてパワーアームを羽交い締めにされる。


『チキンウィング・アームロックが決まったぜ。善いことは蝸牛の速度で動く。このままじわじわ締め付けるだけでこの飛行機はお仕舞いだ、いま降参するなら許してやろう』


 ここで機を失えば陰謀の追求はおろかヴォォグの追悼だってままならない。墨崎は覚悟を決めて這いつくばった。


「参りました」


 運転席からニコニコ笑いながら、マンディーが降りてきて墨崎に手を伸ばした。


「非暴力ってのは暴力の無限倍ナウいし、許すってのは罰するより無茶苦茶男らしいんだぜ」


「自分で言うなオッサン」


 墨崎は自分で動いた訳でもないのに、どっと疲れた声でそう言う事しか出来なかった。


流浪人(るろうに)ガンジーってうるさいわ


ちなみに装甲車の名前はダブルゼータガンジーです。

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