生粋の日本人
漆黒の肌、縮れた巻き髪、厚い唇。無駄にリズム感がいいので木魚は裏ノリで叩く。ブルーズが好きで、しっかり見ておかないと、どうせ分からないと思ってお経ではなくこっそりロバートジョンソンだとかレッドベリー、しまいにはBBキングなどを演りはじめるので注意が必要。
大僧正、マライ•ダマ52世は報告書類を見下ろし、呆れ返ったようにため息をついた。黒装束のエージェントが側に控えている。
「…これ…で……日本人という訳か」
「はい、旧帝国の、何でも遡れば高野山の高僧にたどりつく、とても古い家柄だとか」
「嘘つけェ、どう見ても………」
書類の上には、戦闘機の前でデカいラジカセを肩に抱えて調子に乗っている彼の写真。袈裟を腰パンで着こなしている。
「祖母がアフリカ系の移民だそうで」
「能力は確かなのか」
「間違いないでしょう。演習でも試験でも、ずば抜けてトップの成績を修めた天才だそうです」
マライは顔をしかめる。
「そうか。それは少しまずいな」
「ご安心を。勿論、既に手は打っております」
冷たい笑みを浮かべるエージェント。
「グラファイト墨崎か。今回は、運が悪かったということだ」
「本当に。彼の転生先での幸せを祈りましょう」
〜〜〜〜※3読み飛ばしてもいい部分〜〜〜〜
陰謀、それは男のロマン。
一般庶民の預かり知らぬ所で、良からぬはかりごとを企む、選ばれた者の特権。
それに巻き込まれた人間は、身の不運をなげく他になす術を持たない。
マライ・ダマはブッディスト陣営の総司令官であり、彼の一言が軍のすべて及び大乗・上座部仏教、ヒンズーをかじった僧侶全員のみならず、在家の信者たちをも動かす。
いかに優秀なエースパイロット、グラファイト墨崎だろうと今回ばかりは荷が重い、絶体絶命の窮地であった。
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※ ※
阿鼻叫喚の店内を静かに後にする。ため息をつくとジッポライターでメンソールタバコに火を点ける。
マークとキューティを殴り飛ばし、墨崎は通えるバーの数をまた一つ減らした。
深く息を吐く墨崎の、その目の前に黒装束の男が数人立っていた。
泥酔の彼はバーの用心棒だとあたりをつけ抗議する。
「弁償ならいまちゃんと払っただろ!」
黒装束はにやにやした表情を崩さずに、
「200億をか? 聞いてないな、いつだよ?」
「テメエもかッ!」
挑発に乗った酔っ払いを伸すのは、黒装束にとって造作もない事だった。
腹部に一撃を食らい墨崎は、アスファルトに転がされた。
「ふっ、他愛もない」
地面をメンソールの吸いさしが転がって、消える。
「いや、まだだッ」
そこで終わりではなかった。鍛え抜かれた精神と肉体は事前に攻撃を予知し、寸前で力を抜いて威力を逃がしていた。打撃の効き辛いこの能力のまたの名を、泥酔の所為と言う。
地を這いずり、何とか敵の足に喰らいつく。
「この野郎、マークの仲間か!?」
「答える必要があるかね」
骨折の療養中のうえ店内で大立ち回りを演じた直後だ。普段なら400戦無敗を誇る男にも負けない自信だけはあったが流石に今は分が悪かった。
何度も足蹴にされ、転がされ、ゴミのように踏みつけられる。
抵抗を試みる度に激しく痛めつけられる。
黒装束のボスらしき男が前に出て来て語る。
「仏典ではね。釈迦は弟子にした殺人鬼の男に、ひたすら托鉢をさせたそうだ」
そして、弱って動きの鈍くなった墨崎を蹴飛ばす。
「誰も施しなんざくれやしない。会う人会う人、全員から殴られ、石を投げられ、怒鳴りつけられた。だって当たり前だろう?」
直撃を顔面に食らって、墨崎は意識を朦朧とさせる。頭を振ると、鼻血が垂れた。
「毎日毎日、ボコボコにされながら帰ってきて、釈迦はそれでも絶対に、托鉢をやめさせなかった。何年も、ずっとだ」
這いつくばって蹲る墨崎に、ボスはさらなる追い討ちをかける。何度も、何度もストンピングを仕掛ける。
「そのバカはそこまでされないと、自分が何をやらかしたかって事が分からなかったって話さ。覚えておきたまえ、お前と一緒だ」
もう意識はあるのだろうか、とまで痛めつけた墨崎が不意に顔を上げた。
血反吐を吐いて何やらブツブツ呟いている。
「俺のコールネームを知っているか? グラファイトってのはな、決して、引かない、闘志の事なんだぜ」
「は?」
「何を言ってるんだこいつは」
「うん、違うよな」
「絶対違うぞ」
「死ね」
黒装束全員で掛かって否定する。
腫れ上がった顔で判別は付きにくいが、しかし墨崎は、口角を上げ、確かに……笑っている。まるで勝ち誇ったかのように。
「…間に合って、くれたか」
「?」
何か近づいてくる。唸るハム音とそれをかき消す程の轟音。
上からだった。
見上げればスティラコファルコの代車が、上空2メートルくらいの所をホバリングし、拳を振り上げていた。
「……なん…だと!?」
戦いながら話をする奴は負ける、そんなジンクスはあっただろうか。
振るわれるパワーアームになぎ倒され、揃って吹き飛ばされる黒装束たち。
墨崎が今まで喧嘩で負けた事のないその理由は、常に警戒を怠らず、どんな事態にも対応出来る備えをしておく事。だろうではなく、かもしれないと、危険を常に想定しておく事。そして近距離で屋外ならばという制約はあるが、ESPで戦闘機を呼べるからであった。
飛び下がって何とか回避する、黒装束のボスが、端末に向かって何かを叫んだ。
黒塗りの車が角から急カーブを切って飛び出してくる。
後部座席から覗いている、あれは対戦車ライフルだ。砲身の半分が入りきらずにはみ出している。
「酔っ払いの喧嘩に、大層なモノを持ち出してくるじゃねえか」
墨崎は傷を庇いながら立ち上がる。
なぎ倒されていた下っ端の一人が、最後の力を振り絞って墨崎の襟首を捕まえ、
「お前が、言うなッ!!」
クレッシェンドで絶叫して、ついに事切れた。あまりの怒りに脳の血管でも切らしたのかもしれない、口から泡を吹いている。
「撃てッ! 足止めでも構わん!」
だがここは人通りも少なくない市街地である。ボスの命令に、砲手は躊躇する。
ボスは激昂して、車に端末を投げ付ける。
「何してるッ! 早く、早く撃エェッ!」
注意一秒、怪我一生。その一瞬が命取りであった。
アームの先端は、既に車をロックオンしていた。
出力を絞り、拡散にしたレーザーが車を炙りあげる。……後味が悪そうなので、出来れば人殺しは嫌だった。ここが戦場でもなければ、名誉にもなりえない。
塗装が瞬時にめくれ上がって沸騰し、窓ガラスは熱に赤く染まって弾け飛ぶ。目をやられた砲手はライフルをめくら撃ちする。着弾した遠方のビルから白煙が上がる。就業時間は過ぎている筈だが、残業をして頑張っているお父さんが中にいなければいいのに、と墨崎は心の中で祈った。
運転手や砲手が飛び出してすぐに、車は爆発炎上、弾薬にも引火して酷い有様だ。
その隙に、パワーアームにぶら下がってどうにか操縦席に乗り込んだ。
アフターバーナーを吹かして撤退する。
「これは始末書何枚……どころじゃねーな」
流石の墨崎も、やっと事態の認識が出来たようである。
「まずい、これはまずいぞ。しかも……飲酒運転じゃねーか」
このまま部隊に戻るのはちょっと気まずいな、久しぶりに百里基地にでも行ってしばらく雲隠れするか。
キューバのオネーチャンの所にしけ込むのも捨てがたいな。
ううん、一体俺は、この先どうしたらいいのだろう。
うっかり低空でソニックブームを撒き散らしながら、今後の身の振り方に頭を抱えて苦悩に悶える墨崎であった。
taxさん、見てくれてますか? 戴いたご感想の悪い点、人物の容姿描写に力を入れてみました。舞台説明も極力控えめに。
でも何で消えちゃったんですか?