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恒久の無限軌道  作者: えくりぷす
第一章 メビウスロード
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7

 真人が再び目を開けたのは、あれから二時間以上経過してからだった。


「── んっ、ここは? 」


 目を開けた同時に昼白色の蛍光灯が見えた。


「起きたか天才君」

「藤さんか…… て事は、俺は保健室に運ばれたって事だな」

「おいおい、仮にも保険医だぞ。敬称を付けろといつも云っているだろう」


 保険医である藤村里美(ふじむらさとみ)は、丸眼鏡を指で押し上げながら云う。

 長い黒髪を後ろでまとめ、少々目付きは鋭いが白衣が似合う、美人校医として生徒にも人気があった。


「じゃあ、藤さん先生」

「藤村先生でいいだろうに…… あたしゃ、世界遺産の御山じゃないっつうの。

 ったく、もういいから目が覚めたのなら、そこに寝てるヤツを連れて帰れ。いい加減、私も帰宅したい」


 藤村女史がベットの横で眠りこけている存在を見る。


「コイツ、気持ち良さそうに…… 」

「感謝しなさいよ。その娘が私を呼びに来て、唯一目覚めなかったアンタを背負ってここまで運んだんだから── ったく、その細腕でどんだけ火事場パワーを出したのかしらね」


 真人が知る限り、瑞穂にそこまでの力はなかった。藤村女史が云う通り、力の限りを尽くしたのだろう。


「無茶させちまったな」

(ま、案の定半分も到達しない内に力尽きて、私が運んだんだけど黙っておきましょう)


 真人が瑞穂の頭を撫でながら、優しい目で見ているのを藤村女史は更に見守っていた。


「で、帰れと云っておいて何だけど、何があったのよ。アンタを含めて四人が同時に気絶するなんて普通じゃないわよね」

「あっ── えっ…… と…… 」


 珍しく口篭る真人を見て、藤村女史は何かを知っている事を理解した。だが、その一方で真人は本音を隠すだろうとも予測する。


「ああ、いいわ。適当な事聞かされても迷惑なだけだしね。

 ま、天才君の事だから、心配するだけ無駄だし、アンタなら多少の事なら自分で何とかするでしょ」

「信用されているのか、見棄てられているのか…… それに藤さん、俺の事天才って云うけど成績は秀明の方が上ですよ」

「んっ、一応信用はしてるよ。ただ私より優秀な者に云える事なんて経験談ぐらいなものでしょ。だから現段階じゃ、何も分からないからアドバイス出来ないだけよ。

 んで、伊佐美だけど、アイツはアンタより知識があるだけ── ま、私の勝手な見解だから真面目に取る必要はないわよ。流してOK」


 藤村女史は適当な口調で云うが、一つ一つは的を射ている。不遜な態度が藤村女史の評価を下げているのだか、本人はそれを望んでいると真人は思っていた。


「んじゃ、人生経験豊富な優秀な人に誉められたと解釈しておきますよ」


 真人がぼそりとそう云うと、藤村女史はズズいと顔を近付けて「あたしゃ、そんなに年をくってない」と言い返した。


「そっか、藤さんまだ二十代だったけ」

「後数年は二十代だ。ひよっ子から見てと云え、人生経験豊富な年齢ではないわ」

「そりゃ、悪かったな── よっ、と」


 大して悪びれもせずに真人はベットから飛び降りた。


「何だ帰るのか? 」

「ああ、俺らが居たら藤さんも帰れないだろ。もう8時近いしね」

「うむ、確かにな…… ま、わたしゃこの時間に帰っても、晩酌のツマミを買うぐらいしかないんだけど…… そうだ神城、一杯付き合わないか? 」

(未成年に酒を勧めるか…… 普通…… )


 真人とて今まで一滴も口にした事がない訳じゃないが、校医が生徒を飲み誘うのはやはり逸脱している。


「おっさん臭いよ、先生」

「ここで先生云うか── ま、確かに今誘うのは問題あるか…… んじゃ、今日の借りは2年後に返してもらうとしますか」

(…… この人は、酒に付き合う以外に返済方法をしらんのか)

「まあ、覚えていたら誘いますよ。ホレ瑞穂、そろそろ起きろ」


 瑞穂の頬を軽くペシペシ叩くと、イヤイヤと首を振り起きる気がないようだった。


「…… コイツは── 」

「精神的にも体力的にも疲弊してるんだ。結城への借りはおぶって返すんだな」

「── 仕方ないか」


 真人にしても疲れている。これで自宅まで岐路を瑞穂を背負って行くのは、かなりキツいものがあった。


「頑張れよー、お兄ちゃん」


 瑞穂を背負い保健室から出ていく真人に、藤村女史は軽く手を振って見送ったのだった。



 ◆



「── ったく、やっぱキツいな」


 家路まで半分ほど来たときに真人は呟いた。

 寝た子は重いと云うが本当にその通りだな── と、真人は思った。

 ただ一番の問題はそこではない。瑞穂が寝ている以上、全てが真人に委ねられている。重みも然ることながら、昔にはなかった膨らみが、真人に瑞穂が一人の女性である事を意識させる。


「そんなに重くないもん…… 」

「何だ起きてたんか── だったら降りてくれないか」

(これ以上、変な意識する訳にゃいかんだろ)

「イヤ── 」


 更に体を密着させる瑞穂。


「ったく、しゃーないな」


 真人には瑞穂がどう思い行動しているのかは分からない。ただ、もし瑞穂が意識をさせる為に行動しているのならこれは逆効果といえた。

 子供っぽい態度は、真人にとって妹という立場を明確にしている為、あっさりと自分の立ち位置を確保する事が出来たのだった。


「あ、そーいや美沙さんに何の連絡も入れてなかったな」

「うん。でも5時くらいに一度連絡は入れたんだよ。お母さん出なかったけど、履歴が残ってるから、怒られないと思うよ」

「出ない? 美沙さんが…… 」


 瑞穂の一言が妙に気になった。真人の知る限り、美沙は殆ど家から出ない。勿論、買い物などで出掛ける事はある。だが、近所付き合いのようなもので長時間空ける事はなかった。


「瑞穂。美沙さんからの折り返しもないんだよな?」

「え、一寸待って── うん、ない」

「そうか…… 」


 一旦気になると、良かれ悪かれ想像は大きく膨らんで行く。真人はその想像を振り払うように、瑞穂にもう一度掛けてみるように云ってみたのだが、既に自宅まで後10分くらいなものだった為、瑞穂に断られた。


「ねぇ、お兄ちゃん…… 」

「何だよ? 」


 少しでも早く帰りたい真人を尻目に、瑞穂は少しでも長くこのままでいたい様子だった。歩みを速める真人の足を止めるように質問をしてくる。


「図書館で何があったの? 」

「── あ、それな…… 」


 思わず足を止めてしまう真人。

 瑞穂が巻き込まれる可能性があるのに話すべきか、ずっと悩んでいたのだ。

 あの時の秀明は本気だった。しかも、常識を逸脱した現象もある。

 自分一人でも手に余る状況に話すべきではないと考える半面、秀明が最後に云った言葉が迷いを生み出していた。


『詳しい話はお前のところの門番(ゲートキーパー)に聞くんだな── 』


 秀明が云う人物は二人── 瑞穂と美沙だった。そして、真人がより対象として可能性が高いと考えていたのは美沙だった。

 もし瑞穂だった場合、あの状況での台詞は「そこに居る門番(ゲートキーパー)に── 」となっていたはずである。だからこそ美沙に聞いてからと、真人は考えていたのだ。

 しかし、その場にいた瑞穂が気にしない訳もなく、いずれバレる事なのだ。だったら── そう真人は決断する。


「詳しい話は美沙さんと一緒に話す。けど一つ、お前門番(ゲートキーパー)と云う言葉に心当りはないか? 」

「── ズルいよ。私の質問には答えないのに、お兄ちゃんの質問には答えないといけないなんて…… 。だったら私も答えないからね」


 すっかりへそを曲げる瑞穂に、真人は苦笑するしかなかった。だが瑞穂が云うのはもっともな事なのだ。


「そうだな── お前の云う通りだ」


 そうして真人は再び歩み出した。その後は瑞穂も口を開かずに背中にしがみついている。その分進みは早くなったが、真人が云った美沙と一緒には守られなかった。

 自宅に戻った真人と瑞穂は、電気の点いていない家を見て、美沙の不在を知った。そして、それから二時間待ったが美沙は戻って来なかったのだった。



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