12 幕間1
信司との出会いから一週間、美沙は街を歩くのを止めて学校に戻っていた。
既に三ヶ月以上の欠席があり、進級は厳しい状況であったが、そこは美沙のケジメであった。
── と、いうのは建前である。
本当のところは、美沙の年齢を知った信司からの進言であった。
所属しているのなら結末がどうあれ、最後まで通った方がいい── その一言で、美沙の心を動かした。
目的の為に学校生活を蔑ろにしていた美沙にとって、不在を気にする友人もおらず、学校には未練はない── そう思っていた美沙だったが、目的があってただ歩いていた時とは違う赴きがあり、新鮮さを感じていた。
クラスメイトも物珍しい珍獣を見たかのように、男女問わず話し掛けてくる。こんな日が何日も続けば流石に辟易とするだろうが、珍獣は滅多に見られないから見れる時に人が集まってくるのだ。これから毎日来るならば、数日も経たない内に何処にでも居る級友にランクダウンすると美沙は思っていた。
しかし、美沙は自分の容姿と性格を把握していない。元々、人当たりの良い性格で同性からもやっかみを受けない美沙が、そこに居れば嫌でも目立つ、珍獣からヒロインにランクアップするのは至極当然の結果だった。
「美沙~、今日どっか寄っていかない?」
と、クラスメイトの女子A。
「四森、ちょっといいか?」
と、クラスメイトの男子A。
復帰一ヶ月も経たない内に、美沙の周りには好奇の視線ではなく、好意の意思が溢れている。だが、同性の好意は受け入れられる美沙も、異性の好意には困ってしまう。
時と場所を選ばずにとまではいかないが、美沙に異性として好意をぶつけてくる回数は軽く三十を超えた。その度に丁寧にお断りしているが、その一連の流れに慣れる事はない。
── どうせ数ヵ月で居なくなる私に何を求めているのだろう。
担任からは進級の為、補習を受ける様に云われているが、美沙にその気はなく、二年終了時に高校生活も終わらせるつもりだった。それは学校のイメージが変わっても変わりないのだ。
美沙の優先順位一位は、今でも自分を見続ける視線の正体を知る事。
信司に出会って確実に前進した実感が、美沙に少しの余裕を与えてくれたが、知りたいと願う気持ちは目減りする事はない。だから、無駄であろうがケジメをつけて、次のステップへ進もうとしているのだった。
とは云え、そんな心情を理解している者がいるはずもなく、美沙の疑問は見当違いの独り善がりなものなのだが、そんな事は当人も気付いていなかった。
◆
「── ちょっ、それってお母さんがモテまくって、男を無双したって自慢なの? 」
「は? そんなつもりはないけど…… 何でそんな思考に辿り着くのかしら」
「い、いや…… 申し訳ありませんが、僕にもそうとしか…… 」
本気でそのつもりがなかった美沙を尻目に、瑞穂は唖然とし、良雄は申し訳なさげに瑞穂に同調した。
「今の子はそんな風に考えるのね」
「「……… 」」
意外という表情に、何も云えなくなる今の子供二人。そんな二人の表情を見て、美沙は首を傾げて言葉を続けた。
「私は、その頃、人を好きになるって分かってなかったのよ。
瑞穂、貴女は真人君の事が好きでしょ? 」
「─── なっ! 」
あれだけ露骨にやっておきながら、直球を使われると赤面してしまう。しかし、美沙は構わず続ける。
「何で瑞穂は真人君が好きなのかな? 」
「そんなの…… 近くにいるのが当たり前で、気付いたら目で追っていて…… 好きになるのに理由なんてないよ」
そうよね。と、美沙は笑う。そして、
「えっと、君…… 名前は? 」
「あ、良雄。猿渡良雄です」
「良雄君ね。君は好きな人いるのかな? 」
「── いました」
何処と無く淋しそうに、良雄は少し間を空けて答えた。
「辛い事だったかな」
「いえ、大丈夫です」
── 少しも大丈夫じゃないわね。
良雄は答え方は間違っていた。本当に平気なら、大丈夫なんて云わない。
美沙は少し申し訳ない気持ちになるが、堪えている良雄に対して話を止めるべきではないと判断する。
「そっか、じゃあ良雄君はその娘を好きになった理由はあったのかな? 」
「そうですね── きっかけは有りますが、明確な理由はないですね。やっぱり気付いたら大好きでした」
恥じる事など何もない。と、良雄ははっきりと言葉にする。すると、
「私はその感覚が分からなかったの。
そりゃあ、人としてとか友人としての好きなら分かるけどね」
「当時は── でしょ」
瑞穂の問いに美沙は頷く。
「ええ、だから視線の正体に拘ったのよ。
あの視線は、不可思議なものだったけど、嫌悪感はなかった。それは何でなのか知りたかった」
人は未知なるものに出会った時、恐怖するか探究心が芽生えるか二つに分かれる。美沙はその未知に恐怖する事なく、究明を選んだのだった。
「それにしても、姿が見えない視線なんて僕にはゾッとしない話ですね」
良雄の感想は至って普通の感覚なのだろう。美沙にしてみても、あの時の選択には異常性を覚えている。
「確かに…… 姿なき視線って、気持ち悪いだけよね」
「まあ、ね。でも、その視線に悪意より好意を感じたら、少しは違うと思わない?
それでも、異常な心境だったのは間違いないか」
と、美沙は自嘲気味に呟き、少し間を取った。
「── もし、私が人の好意を理解していたら、貴方達のように気持ち悪いと拒否していたかもしれないわね」
好奇心は時として、全ての心情を超えるほど強い感情を与える。だからこそ過剰な好奇心は猫をも殺すと云われる。
「おかしい、異常だと分かってても止められない。それくらい、その視線には惹かれるものがあったって事でしょ。
でも、それって── 何か心当りがあったからじゃないの? 」
「え、瑞穂ちゃん? 」
「だって、お母さんがそんな探究心だけで全てを投げ打つ学者肌とは思えないもの── これでも、一応結城美沙の娘だから何となく分かるのよね」
瑞穂の言葉に美沙は苦笑する。
分かりきった事だったが、瑞穂は美沙の背中を見続けてきた事が、はっきりとしたからだ。
「そうね、強いて云うなら泡かな? 」
「「泡?」」
「そ、炭酸水の泡のように、小さな泡の中に見えない記憶が沢山あるのよ。
全く見えない訳じゃないのに、はっきりとしない── そんな感じ、困ったものよね」
困った感ゼロで美沙が云うと、瑞穂と良雄は顔を見合わせた。
「呆れた。それじゃ、お母さんはそんな曖昧な事で行動して、信司おじさんを見つけたって云うのね」
「そう云う事になるわね。でも、その曖昧さの中に信司さんの影が見えたのよ。
だから、あの背中を見た時走り出せた」
美沙の心は、二十年前に戻っていた。
信司の背中を追っていた時の心境が鮮明に思い出せる。
── あの背中が私の探していた背中だ。
結論だけいえば、それはハズれていた。美沙が探していた存在は信司ではなかった。だが、その出会いは間違いなく美沙を目的へと導いた。
皆川舞。
神城真人の母にして、美沙の前任者になる門守護者だ。
彼女との出会いが、美沙の物語に節目を与えたのだ。
「真人君のお母さんは、凄く素敵な女性だったわ」
逸れていた話が元に戻り、一つの物語が佳境を迎えようとしているのだった。
幕間もう一話続きます。




