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恒久の無限軌道  作者: えくりぷす
第ニ章 セルディア
19/65

5

 そこは無限軌道に近い雰囲気を持っていた。違いがあるのは無限軌道ほど広さがなく、すぐに壁が見えるという事だった。

 そして、真人達が今立つ場所からは同じようなストーンヘンジ擬きが四つあり、この場所には合計五つの転移ゲートがある事が分かる。


「ここは…… 」

(ゲート)の中心、起点であり回帰点よ。

 真ん中の(ゲート)を除き、周りの四つは行き先が分かっている」

「── んっ! 真ん中は使用された事はないのか? 」


 おかしな話だと思った。

 人は知る事に欲を持つ存在だ。この転移ゲートが過去の遺物であり、セルディアの魔術士が全てを把握していない物だとしても、周りの四つを使用している。つまり、試して理解しているという事に他ならない。

 効果効能が分かっている物を使用していないはずがないのだ。


「そんな事はないわよ。ただ、真ん中の(ゲート)を信用した者が一人も戻ってこなかったってだけよ。

 あ、当然だけど、有りとあらゆる方法を模索して試した結果だからね」

「一方通行のゲートか」


 単純に考えても、行って即座に戻る程度の事はしているだろう。そして、それでも戻って来ないという事は帰り道には使えない。その上、歩いても戻って来れない場所に繋がっているという事なのだろう。


 ─── 案外、行き先は異世界(俺の世界)だったりしてな。


 立っている場所の雰囲気から、可能性はないとは云えない。

 無限軌道を越えてしまった先に出るのであれば、魔術士では魂の川を越えるのは難しいのだから、戻って来ないのも頷ける。


「この(ゲート)だけど、精霊使いは使った事はないのか? 」

「無いと思うわ。

 元々、ゲートは序列一位か二位の宮廷魔術師しか核に触れないし、精霊使いはそれほど多くはいない。

 調査の為に精霊使いが出るなんて、一寸考えられないわね」

「なるほど、ね」


 含み充分に真人が頷くと、


「何、行き先に思い当たる事でもあるの? 」

「まあ、な。けど確信がある訳じゃなし、今はそれどころじゃないだろ」


 無限軌道を渡った後、真人は帰り道が分からない事に気付いていた。だが、父である信司が向こうとセルディアを行き来しているのだから、と軽く考えていた。


 ─── けど、帰り道が分かるならそれにこした事はないはずだ。


 それが何時になるかそれは分からないが、信司に会う前に必要になるかもしれないのだ。


「謁見が終わったら、この件について少し時間をくれ」

「ま、それでいいよ。今は目の前の事に集中だね。

 んじゃ、行こうかライズ」

「了解」


 スティルが先行し、真人がそれに続いて歩いて、扉を出ると螺旋階段になっていた。


「地下なのか? 」


 周りは薄暗く、光源が入るような窓もない。そして何より、ジメジメとした不快感があった。


「そうよ。地下20Mといった所ね」

「結構深いな」

「最高技術の保全だからね。(ゲート)の存在を知ってても、この場所を知ってる者は少ないわ。

 だからこの場所の事は他言無用よ」


 階段を昇りつつ、二人はそんな話をしていた。

 多愛の無い会話だったが、真人はスティルが階段を昇る度、その緊張を高めていると感じていた。


「あまり時間は無いみたいだな」

「ええ、上にレイが待ってる。合流したらそのまま謁見の間に向かうわ。

 流石に『契約の儀』無しに契約しているなんて、前代未聞の事だからね。私の言葉が何処まで受け入れられるのか、一寸だけ不安もあるのさ」

「おいおい…… 頼むぜ」

「ま、神官承認は問題ないよ。ただ私が望む結果になるかどうかだね」



 スティルは色々企んでいると云っていた。

 頭の中で描いているビジョンは、真人一人を相手取れば完成するといったものではないのだろう。


「あまり多く望まない方がいいんじゃないか」

「女の子は欲張りなのだよ、ライズ」

「女の子…… ねぇ」

「何か? 」


 無理があるだろ、とは口が裂けても云えない真人。


「別に── けど、勝算はあるみたいだな」

「無ければ欲張りはしないわ」


 どんな強固な家でも、小さな白蟻に倒壊させられる事もある。だが、実際はそんな事態になる事は稀な事。スティルが抱く不安はそんなものなのだろう。

 緊張はしているが、余裕を完全に無くしていないスティルに、真人が云える事は何もない。


「あっ、そ。── なら、俺は精々足を引っ張らないようにするわ」

「そうそう、互いに自分の事だけ考えましょ── 今はまだ」



 ─── 下手な考え休むに似たりだな。


 真人は、スティルが一時を境に情報規制を強めたと感じていた。軽口は叩いても、その一言は吟味を重ねている。

 言葉から思考を読み取る事は出来ない。だから、何が不安材料なのか全く知る事が出来ない。

 出来る事は与えられた役割をこなす── それだけだった。


「ライズ」


 踊り場で足を止めたスティルが真人を呼ぶ。

 スティルの背中には、おそらく外に出る為の扉があった。


「ああ、分かった」


 真人を一瞥すると、スティルは振り向き扉を開け。


 開けられた扉から光が入り、スティルの影が真人に重なる。そして、重なった影が消える。


「時間一杯、待ったなしだな」


 先に外に出たスティルを追い掛け、真人は外に向かって歩き出した。



 ◆



「ただいま、待たせたね」

「姉様、あいつが…… 」


 表に出た真人がまず目にしたのは、スティルと話す少女だった。


 ── レイサッシュ・ミルレーサー、スティルの妹。


 前以て聞いていただけに、その少女が誰なのか迷う事はなかった。ただ、持っていたイメージとは違った。


 栗色の髪をショートに切り揃え、その瞳は大きく丸みを帯びていて愛らしさを醸している。そして何より、身長は150cm程度と小柄だった。

 つまり、スティルが男装の麗人であるなら、レイサッシュはボーイッシュな美少女といった感がある。


「ああ、そうだよ」


 レイサッシュの問いに、スティルは頷く。

 すると、レイサッシュは改めて真人の顔を値踏みするように凝視し、


「認めない」


 と、云った。


「は? 」

「レイっ! 」


 突然の事に唖然とする真人と、怒気を含ませて名を呼ぶスティル。だが、レイサッシュは、しれっとしたまま真人から視線を外し、


「失礼しました。どうぞこちらへ」


 何の感慨もないように、城内へ歩みを進めた。


「なあ、俺いきなり仕出かしたか? 」


 あまりの展開に、何か禁忌に触れたのでは、と動揺を隠せない。


「否、そんな事ないよ。悪いのは私さ。多分、あの子の思いを昇華させてあげられなかったんだ。

 まったく駄目な姉だな、私は…… 」

「よく分からんな」

「そうだね。でも、すぐ分かるさ」


 スティルは初めて見せた憂いの表情のまま、レイサッシュを追って行く。

 真人も消化不良気味ではあったが、そこに立ち尽くす訳にもいかず、後に続いたのだった。


 先ほど真人が出てきた場所は、おそらく中庭に当たる場所だった。本来であれば、物珍しさも手伝って御上りさんよろしくとばかりに、周りを逐一確認していただろう。

 しかし、レイサッシュの先制攻撃に合い、現状確認をする事なく城内をスティルと並び歩いていた。


「これは城だな」


 外観を全く見ていなかった真人は、その分、城内を落ち着きなく見渡して当たり前の事を呟いた。


 大理石の柱に、飾られた絵画、鎧、剣── そして、長い廊下。どれをとっても日本の城とは一線を画する。だが、確かに城だった。


「そうね。城以外の何物でもないわ」

「いや、そーなんだが…… 」


 実物では見た事がなく、絵や写真でしか知らない中世ヨーロッパの城。残念ながらその中を堂々と闊歩出来るほど、真人の肝は据わっていない。


「こりぁ、マズいな」


 浮き足立っている自分を自覚し、冷静に事を進める自信がない。


「ダメかもと自覚してるなら、開き直れるわよ。

 頭の中が真っ白になったら、改めて進言してね。顔を叩くか、尻を炙ってあげるから」

「…… 遠慮します」


 スティルに叩かれたら、数本歯を持っていかれ話す事が出来なくなり、火で炙られたらそれこそ王の前には立てない格好になる。


「どちらにしても、タイムオーバーよ」


 スティルが向けた視線の先に大きな扉があり、兵隊が二人っている。そして、二人の兵の中心でレイサッシュは足を止めた。


「戦闘開始か── しゃーないな」


 ゴクリと喉を鳴らし、真人は扉の前まで歩くと、レイサッシュは兵に合図を送ったのだった。



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