5
そこは無限軌道に近い雰囲気を持っていた。違いがあるのは無限軌道ほど広さがなく、すぐに壁が見えるという事だった。
そして、真人達が今立つ場所からは同じようなストーンヘンジ擬きが四つあり、この場所には合計五つの転移ゲートがある事が分かる。
「ここは…… 」
「門の中心、起点であり回帰点よ。
真ん中の門を除き、周りの四つは行き先が分かっている」
「── んっ! 真ん中は使用された事はないのか? 」
おかしな話だと思った。
人は知る事に欲を持つ存在だ。この転移ゲートが過去の遺物であり、セルディアの魔術士が全てを把握していない物だとしても、周りの四つを使用している。つまり、試して理解しているという事に他ならない。
効果効能が分かっている物を使用していないはずがないのだ。
「そんな事はないわよ。ただ、真ん中の門を信用した者が一人も戻ってこなかったってだけよ。
あ、当然だけど、有りとあらゆる方法を模索して試した結果だからね」
「一方通行の門か」
単純に考えても、行って即座に戻る程度の事はしているだろう。そして、それでも戻って来ないという事は帰り道には使えない。その上、歩いても戻って来れない場所に繋がっているという事なのだろう。
─── 案外、行き先は異世界だったりしてな。
立っている場所の雰囲気から、可能性はないとは云えない。
無限軌道を越えてしまった先に出るのであれば、魔術士では魂の川を越えるのは難しいのだから、戻って来ないのも頷ける。
「この門だけど、精霊使いは使った事はないのか? 」
「無いと思うわ。
元々、門は序列一位か二位の宮廷魔術師しか核に触れないし、精霊使いはそれほど多くはいない。
調査の為に精霊使いが出るなんて、一寸考えられないわね」
「なるほど、ね」
含み充分に真人が頷くと、
「何、行き先に思い当たる事でもあるの? 」
「まあ、な。けど確信がある訳じゃなし、今はそれどころじゃないだろ」
無限軌道を渡った後、真人は帰り道が分からない事に気付いていた。だが、父である信司が向こうとセルディアを行き来しているのだから、と軽く考えていた。
─── けど、帰り道が分かるならそれにこした事はないはずだ。
それが何時になるかそれは分からないが、信司に会う前に必要になるかもしれないのだ。
「謁見が終わったら、この件について少し時間をくれ」
「ま、それでいいよ。今は目の前の事に集中だね。
んじゃ、行こうかライズ」
「了解」
スティルが先行し、真人がそれに続いて歩いて、扉を出ると螺旋階段になっていた。
「地下なのか? 」
周りは薄暗く、光源が入るような窓もない。そして何より、ジメジメとした不快感があった。
「そうよ。地下20Mといった所ね」
「結構深いな」
「最高技術の保全だからね。門の存在を知ってても、この場所を知ってる者は少ないわ。
だからこの場所の事は他言無用よ」
階段を昇りつつ、二人はそんな話をしていた。
多愛の無い会話だったが、真人はスティルが階段を昇る度、その緊張を高めていると感じていた。
「あまり時間は無いみたいだな」
「ええ、上にレイが待ってる。合流したらそのまま謁見の間に向かうわ。
流石に『契約の儀』無しに契約しているなんて、前代未聞の事だからね。私の言葉が何処まで受け入れられるのか、一寸だけ不安もあるのさ」
「おいおい…… 頼むぜ」
「ま、神官承認は問題ないよ。ただ私が望む結果になるかどうかだね」
スティルは色々企んでいると云っていた。
頭の中で描いているビジョンは、真人一人を相手取れば完成するといったものではないのだろう。
「あまり多く望まない方がいいんじゃないか」
「女の子は欲張りなのだよ、ライズ」
「女の子…… ねぇ」
「何か? 」
無理があるだろ、とは口が裂けても云えない真人。
「別に── けど、勝算はあるみたいだな」
「無ければ欲張りはしないわ」
どんな強固な家でも、小さな白蟻に倒壊させられる事もある。だが、実際はそんな事態になる事は稀な事。スティルが抱く不安はそんなものなのだろう。
緊張はしているが、余裕を完全に無くしていないスティルに、真人が云える事は何もない。
「あっ、そ。── なら、俺は精々足を引っ張らないようにするわ」
「そうそう、互いに自分の事だけ考えましょ── 今はまだ」
─── 下手な考え休むに似たりだな。
真人は、スティルが一時を境に情報規制を強めたと感じていた。軽口は叩いても、その一言は吟味を重ねている。
言葉から思考を読み取る事は出来ない。だから、何が不安材料なのか全く知る事が出来ない。
出来る事は与えられた役割をこなす── それだけだった。
「ライズ」
踊り場で足を止めたスティルが真人を呼ぶ。
スティルの背中には、おそらく外に出る為の扉があった。
「ああ、分かった」
真人を一瞥すると、スティルは振り向き扉を開け。
開けられた扉から光が入り、スティルの影が真人に重なる。そして、重なった影が消える。
「時間一杯、待ったなしだな」
先に外に出たスティルを追い掛け、真人は外に向かって歩き出した。
◆
「ただいま、待たせたね」
「姉様、あいつが…… 」
表に出た真人がまず目にしたのは、スティルと話す少女だった。
── レイサッシュ・ミルレーサー、スティルの妹。
前以て聞いていただけに、その少女が誰なのか迷う事はなかった。ただ、持っていたイメージとは違った。
栗色の髪をショートに切り揃え、その瞳は大きく丸みを帯びていて愛らしさを醸している。そして何より、身長は150cm程度と小柄だった。
つまり、スティルが男装の麗人であるなら、レイサッシュはボーイッシュな美少女といった感がある。
「ああ、そうだよ」
レイサッシュの問いに、スティルは頷く。
すると、レイサッシュは改めて真人の顔を値踏みするように凝視し、
「認めない」
と、云った。
「は? 」
「レイっ! 」
突然の事に唖然とする真人と、怒気を含ませて名を呼ぶスティル。だが、レイサッシュは、しれっとしたまま真人から視線を外し、
「失礼しました。どうぞこちらへ」
何の感慨もないように、城内へ歩みを進めた。
「なあ、俺いきなり仕出かしたか? 」
あまりの展開に、何か禁忌に触れたのでは、と動揺を隠せない。
「否、そんな事ないよ。悪いのは私さ。多分、あの子の思いを昇華させてあげられなかったんだ。
まったく駄目な姉だな、私は…… 」
「よく分からんな」
「そうだね。でも、すぐ分かるさ」
スティルは初めて見せた憂いの表情のまま、レイサッシュを追って行く。
真人も消化不良気味ではあったが、そこに立ち尽くす訳にもいかず、後に続いたのだった。
先ほど真人が出てきた場所は、おそらく中庭に当たる場所だった。本来であれば、物珍しさも手伝って御上りさんよろしくとばかりに、周りを逐一確認していただろう。
しかし、レイサッシュの先制攻撃に合い、現状確認をする事なく城内をスティルと並び歩いていた。
「これは城だな」
外観を全く見ていなかった真人は、その分、城内を落ち着きなく見渡して当たり前の事を呟いた。
大理石の柱に、飾られた絵画、鎧、剣── そして、長い廊下。どれをとっても日本の城とは一線を画する。だが、確かに城だった。
「そうね。城以外の何物でもないわ」
「いや、そーなんだが…… 」
実物では見た事がなく、絵や写真でしか知らない中世ヨーロッパの城。残念ながらその中を堂々と闊歩出来るほど、真人の肝は据わっていない。
「こりぁ、マズいな」
浮き足立っている自分を自覚し、冷静に事を進める自信がない。
「ダメかもと自覚してるなら、開き直れるわよ。
頭の中が真っ白になったら、改めて進言してね。顔を叩くか、尻を炙ってあげるから」
「…… 遠慮します」
スティルに叩かれたら、数本歯を持っていかれ話す事が出来なくなり、火で炙られたらそれこそ王の前には立てない格好になる。
「どちらにしても、タイムオーバーよ」
スティルが向けた視線の先に大きな扉があり、兵隊が二人っている。そして、二人の兵の中心でレイサッシュは足を止めた。
「戦闘開始か── しゃーないな」
ゴクリと喉を鳴らし、真人は扉の前まで歩くと、レイサッシュは兵に合図を送ったのだった。




