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「さて、お待ちかね。王宮へご案内~」
家を一度出て裏手に回ると、そこに大小様々な石が円状に並び、さながらストーンヘンジの縮小版といった感じだった。
「これが門か」
「そっ、王宮とここを繋ぐ道。これがあるから、私達はここに住居を構えられるのさ」
真人は門の回りを一周してみる。
「想像してたのと違うな」
「ちゃちい? これでも魔術の最高技術の結晶なんだけど」
「いやいや、門というから凱旋門のようなのを想像してたんだが」
「がいせんもん? 」
スティルは頭の上にクエスチョンマークを出している。
「あ、そうか…… えーと、城門みたいなのと云えばいいかな」
「あー、なるほど。あんなのを想像してたなら、そりゃあ違和感もあるかもね。
じゃあさ、転移ゲートと云ったら想像しやすかったかな」
そう云うと、スティルは一番背の高い石に手を当てた。
「解放」
厳かといえる静かな口調でスティルはそう呟くと、淡い光が右手を包む。そして、その光はスティルを起点に全ての石に回り、そのまま中心部で五芒陣を描いた。
「おっ、これは…… 」
光が描く魔法陣を初めて見た真人は、その神秘的な輝きに目を奪われる。
「王宮にはこれと同じ物が四つあるんだよ。それぞれ行き先が違い、登録された魔力波動を持つ者なら誰でも起動出来るんだ」
「魔力波動? 」
「そだよ。人間は特例を除き、誰でも魔力を持っているのさ。
けど、その波形は人それぞれなんだ」
指紋や声紋のように二つとない固有のもの、そういうものなのだろう。
真人がこれまでいた世界では有り得ない固有証明だが、理解し受け入れる事は容易かった。
「つまり、アンタ自身が鍵になってるって事か」
「そうよ。そしてこの門を開ける人間は、今世界で5人だけなのさ。
どう?見直した」
スティルは、そのまま後ろに倒れるのではないかというほど重心を後ろに向けて、その豊満な胸を更に強調した。
「へぇ…… 」
「何よ、その薄い反応は」
もっと敬えと言いたげな表情だった。
だが、真人にしてみたらこの世界の総人口すら分からないのだから『前の世界なら32億の中5人…… そりゃあ確かに凄いな』という程度の反応になる。
「不満か? 」
「せめて『おお〜っ! 』程度の反応があれば納得するんだけど、何か話が通じてないみたいだから」
「否、云いたい事は理解してるぞ」
真人が、事の他興味ないように云うと、スティルはフンっと鼻を鳴らし、
「何をどう理解してるって云うのかしら? 」
「うん、そうだな。例えば── 鍵となる人間は王とその側近。この場合は宮廷魔術師ってトコか。
そして、それ以外は領地の守護者。アンタと妹のレイサッシュさんなんだろ?」
「…… は。な、何でそんな事まで理解してんのさ」
スティルは想像以上の慧眼を目の当たりにして、あんぐりと口をパクパクさせている。
「ふむ、大体合っているか」
「だから── 」
「簡単な事さ。
まず、この門は魔術の最高技術なんだろ。だったらこのシステムを管理する者が必要だ」
魔術の技術を管理する者なら、当然魔術士だろう。そして、一介の魔術士にそんな大役が務まる訳もなく、権力を保持した者、宮廷魔術師になる。
「ついでに云うと、リスクヘッジを考えれば、二人は必要になるよな。一人が何らかの事情で門に関われなくなる場合を想定してだ。
これで後は消去法―― まず主がその権限を保有しないはずがない」
宮廷魔術師二人に、王を加えて合計三人。そして、自ら門を解放してみせたスティルで四人。
「で、アンタがさっき云ったように、今ここに居ないという妹さんを加えれば、丁度五人になる」
スティルの妹であるレイッサッシュが、鍵保有者である確証は今の真人には無い。しかし「今はいない」と云うスティルの言葉尻を取れば、いつでもここに来れるという事なのではないだろうか―― そう真人は考えた。
「に、人数は兎も角、私達の役割を看破したのは? 」
「ああ、それか。── それは勘だよ。
仮にも神官長様がこんな辺境で、護衛も無しに暮らしてるのはおかしいだろ。だったら、ここに住んでいると仮定するより、定期的にここに来ているとした方が自然なんだよな。
とすると、その土地を護る為にって考えれば、一番辻褄が合うんだよ」
もっと深く追求すれば、先程出てきた食事は保存食の干し肉のみ。これも、住んでいないのであれば当然だった。
「…… なるほどね」
「逆に見直したか? 」
「そうね。一寸、甘く視てたかも」
本音はそうではない。
スティルにしてみれば、真人に与えても良い情報だったので問題がある訳でもない。しかし、その答えを導けるだけの情報を出したつもりもなかった。
── 出す情報をもっと絞らなけれならない。
スティルにも目的がある。慈善事業で真人を保護しているのではないのだ。
真人が何も悟れない愚か者なのも困りものだが、鋭すぎるのはもっと問題だった。
「心配するなよ。何を企んでいるかまでは分ってない。
それでも、俺はアンタを信用してる。暫くは云う通りに動いてやるよ」
「二言はないわね」
「そこ食い付くトコか。そんなんじゃ、何かを企んでますって公言してるのと同義だぞ」
一応、突っ込んでみるが真人にしても、スティルが何も考えてないとは思っていない。寧ろ、公然と企んでいるよと云ってくれた方が落ち着くというものだ。
そして、スティルは真人の思った通り隠そうとはしなかった。
「当たり前、何も考えてない訳ないでしょ。色々、楽しい事考えてるわよ」
前言撤回、まったく落ち着かない。
…… お手柔らかに頼むぞ。
「んで、まさかとは思うけど注意点を忘れてないわよね」
「アンタが口を出している時は余計な事は云わないだろ。分かってるよ」
それ以外にも幾つかあったが、コレが一番大切な事だった。
「OK、問題ないわね。それと何があっても動揺しない事。器を見られるからね」
「ああ、了解だ」
了解と同時に、スティルは魔法陣の中心部へ真人を誘う。
そして、スティルの誘導に乗じて光源の中へ踏み込むと、その光は更に輝きを増した。
「人体に影響はないよな? 」
「一回の使用で精神力を多少使用するから、寿命がニ、三日減るぐらいよ。
歩いたら、二週間掛かるんだからケチケチしなさんな」
「…… おい」
冗談じゃない―――
慌てて光の中から脱出を図ろうとする真人を、スティルは強引に押さえつけた。
「冗談よ、大丈夫だから。もう、小さな男ね」
「人生80年、その内の数日は小さくないだろ」
「はぁ、こっちじゃ人生40年よ。倍も寿命があるじゃない」
――― 戦国時代かよ、ここは。
「一日でも無為に過ごすヤツは大成しないってのが、我が家の家訓なんだよ」
「あら、ステキ。その信条は大切にね」
スティルがそう云うと、光の帯が真人達を包み込む。
真人は重力から解放された気分になり、宙に浮く感覚を覚える。そして、光で回りが一切見えなくなると次の瞬間には見た事のない景色が眼前に広がっていたのだった。




