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恒久の無限軌道  作者: えくりぷす
第ニ章 セルディア
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2

「…… あ、あのスティルゴールドさん」

「スティルでいいよ。さんもいらない、云いにくい名前だからね」


 森の中を進むスティルに周りを確認しながら付いていく真人。


 スティルは女性でありながら、真人と同等の身長があり醸し出す雰囲気は男性のようだった。赤く長い髪をポニーテールで纏め、その顔立ちは整っている。本人にその気はないのだろうが、男装の麗人という表現がぴたりと当て嵌まっていた。


「それじゃスティル。今何処へ向かっているんだ? 」

「王都だよマサト」

「王都? それって王様の都の王都だよな」

「他に何かあるのかい」


 スティルはこめかみの辺りに指を当てて考えるような素振りをする。


「いや、吐く事…… とかかな」

「それは嘔吐だよ。行くと云ってるのにどういうボケだい? 君は頭の弱い子なのか」


 確かにスティルの云う通りなのだが、真人にはどうしても確認したい事があった。


 無限回廊で真人が美沙に聞いた話は二つ。

 一つは先刻の「困った時はジンに頼れ」というアドバイス。そして、もう一つはセルディアという世界のあり方だった。


 セルディアは、科学を選ばなかった世界。つまり真人の居た世界のパラレルワールドになる。

 それならばこの場所は日本である可能性が高い。スティルも名前こそ日本人のものではないが、言葉が通じ漢字も理解している。それだけに真人はこの仮説に確信を持ちつつあった。

(ま、赤髪とかつっこみ処は満載なんだが…… それ以上に王都とは、日本らしくないんだよな)

 諸外国なら兎も角、近代日本で王都という表現はほぼないに等しい。その証拠に日本人に「日本の王都は何処? 」という質問をすれば、関東圏と関西圏では違う答えが返ってくる。それほどまでに馴染みがない言葉という事なのだ。

 真人がらしくないと感じるのは当たり前の事だった。


「新鮮な響きだな」

「あらそれは意外な事ね」

「そいつは申し訳ない。

 で、その王都までは後どの位掛かるんだ? かれこれもう二時間は歩いているぜ」


 スティルに助けられてから互いに名乗りに事情を説明した真人だったが、行くところがないのなら着いてこいと云われるままに歩いていた。

 どうしようもない状況だっただけになるようになれと大人しく従った真人だが、二時間も過ぎれば抑えていた事も出てくるというものだった。


「そうね、このペースで歩いたなら二週間といったところかな」

「…… は? 」


 コノヒトハナニヲイッテルノデショウ――― 真人の頭の中はこの一言で埋め尽くされていた。

 流石に森の中から出るのであれば、数時間は覚悟していたが二週間とは有り得ない答えだった。


「言葉が分からないの? 二週間よ、14日掛かるって云ったのよ」

「いやいやいや、そりゃ幾らなんでも掛かり過ぎだろ。食糧も水も無しで二週間は餓死するレベルだぞ」


 森の中から食糧を確保すれば何とでもなるのだろうが、その為には食糧確保の為の時間を作らなければならない。よって二週間は流動的に伸びるという事なのだ。


「何も持たずこんな所をウロついていた君に云える言葉じゃないよ。それに」

「それに? 」

「私の住まいならもう着くからね。当然、(ゲート)もあるからそんなの心配ないわ」

「…… 一寸待てくれ。それってお前の家が近くにあって、そこにある(ゲート)ってやつを使えばすぐに行けるって事なんだよな」

「あら、理解が早いわね。その通りよ」


 この女…… 真人は口から漏れ出す言葉を飲み込んだ。

 悪意ない悪戯、スティルは嘘は一切云ってない。真実を後回しにしただけの話なのだから、言い訳など幾らでも出来る。むきになって云い放てば、あっさりと返り討ちになる。


「何も知らない俺が悪いか」

「知るまでは何をされても文句は云えない。それが無知ってものなのよマサト」

「アンタは俺の知らない事を沢山知っている。小馬鹿にされたくなければ知ればいい―― そういう事か」


 スティルは何も云わなかったが、その口元を吊り上げている。


「覚えていろよ」

「私、馬鹿なんで約束は出来ないわね」


 数分前に真人を馬鹿呼ばわりした事を忘れているかのような言い回しだった。そして、そのまま歩く事二時間でスティルの家に着いた。


 合計四時間超、森の中を歩き続け、疲労感が出ている真人と全く疲れていないスティル。

 基礎体力では標準より上と自負している真人だが、スティルのそれは真人の遥か上をいっていると実感した。


「じゃ早速といきたいところだけど、少し休んだ方がよさそうね」

「そりゃあ助かる。ついでに少しのメシと何故アンタがあそこに居たか教えてくれるともっと助かる」

「何を云ってるのかね、この子は」


 何気ない顔をしているスティルだが、真人は構わずに言い放った。


「一から説明しないと理解しない程、頭が弱いとは思ってないよ」


 スティルの家に着くまで四時間、この時間は偶然の出会いにしては距離が有り過ぎた。

 真人がここに来た偶然、スティルが偶然あの場にいた。この二つを偶然とするよりも、その二つが必然と考える事は最も理に適っている。

 そして、必然が導くのはスティルが今日あの場に真人がいる事を知っていたという事になる。


「云うわね」

「少なくてもちょっと散歩の距離じゃないよな」

「確かに…… でも、何か別件があったとしたら、そこにいてもおかしくはないわよね」


 ここで仮定の話をするという事は、その別件を否定しているのだが、スティルはそんな事を分かった上でそう云った。


「なるほど、アンタは自分の用件を反故して俺を優先したと。

 随分、人が良いんだな」

「ご近所で評判になる程度よ」


 周りに民家など見当たらない場所で云う。真人にしてみれば、よほど突っ込みたいところだが無駄と分かっている事に動く気は削がれた。


「あら探しは互いに無駄みたいだな」

「やり合うなら、最後まで付き合うわよ」

「遠慮する。自分より人生経験豊富な年上には、無駄な抵抗はしない主義なもので」


 真人の見立てではスティルは二十代前半、人生経験豊富という台詞は微妙な感じなのだが、軽い意趣返しのつもりで云った一言だった。


「まあ、君よりは遥かに経験豊富なはずよ」

「何だその微妙な言い回しは…… 」

「ま、色々あるのよ。それよりお腹空いてるんでしょ。お望み通り質素な物を用意してあげるから、中に入りなさい」


 スティルに促され、家に入ると振る舞われた物は質素を越えて手抜きだった。

 干し肉と果実酒をドンとテーブルの上に置いて「さあ食え」とばかりに勧めてくる。


「悪いね。レイが居ればまともな物が出せるんだけど、私は家事全般疎くて一人じゃ何も出来ないんだよ」

「いや、それは構わないんだが…… レイって? 」

「妹だよ。レイサッシュ・ミルレーサー、これが可愛いヤツでね。私の自慢さ♪ 」


 楽し気に云うスティルを見て、真人は美沙を思い出した。


「そっか、一人で暮らすには淋しい場所だからな。それでその自慢の妹さんは買い物か何か? 」

「いいえ、神官宮にいるわよ。私もレイも神官だもの。それでマサト、貴方もこれから神官になるのよ。

 だから態々、王都まで連れて行くんだから」

「…… は? 」


 思わず閉口する真人。


「こっちの礼儀作法を仕込むのは、向こうに着いてからと思ってたけど、丁度良いからここでみっちり仕込んであげるからね」

「な、なんじゃそりぁー!」


 響く真人の絶叫にも、スティルは気にする様子を見せない。


「だって、目的を果す為には行動する環境を整える必要があるでしょ。

 これは貴方にプラスになる事。それだけは誓ってあげるから、しばらくは私の云う通りにしなさい」

「…… 分かった」


 何の説明もなくただ了承しろと云う。普段の真人なら受け入れない申し出だ。だが、スティルの人徳だろうか、それとも刷り込み(インプリンティング)なのか、スティルを信用している自分に真人は気付いたのだった。




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