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『虫愛づるメイド』

作者: るじぇろ

2011/08/03作成。虫注意。三人称に挑戦しました。


「いたっ」


どうやら彼女の主である男は読んでいた書類で指を切ったようである。


サンルームにてジャングル並みの熱帯植物の水さしをしていたメイドは耳聡(みみさと)く、手を止め主人に訊ねた。


「いま、『痛い』と仰いましたね?

お待ちくださいませ。

ワタクシ『秘伝の妙薬』で治してしんぜます!」


珍妙な言葉を口にし、小走りで何か薬を取りに行った模様。


主人はあわて、寝そべっていた体を起こそうとし、その足でソファーの周りに何冊も積み重ねた資料やファイルを散乱させる。

普段はきちんとしている彼だが、このサンルームだけはこどもの頃からのクセが顔を出し、何故か煩雑な状態でいるのを好んだ。

それが災いし、メイドを追い掛けられない。

滅多に見ることのできない表情を顔に浮かべ、ため息を吐いた。


「痛い」と口にしなければよかった…。

いや、そもそも、彼女の白い首すじに口づけの赤い痕を残さなければよかったのだ。

あの日から、二週間はメイド服がハイネックになったのをからかわなければよかったのだ。


結果、メイドは主の願いを叶えてくれず、益々、距離を置かれる羽目に。

おっとりとした見た目と違って、彼女は少し気が強いところがある。


ぱたりとサンルームの扉の開閉音がし、軽やかな足音と共に、眼鏡をキラキラと反射させ主人に近づくメイド。ほんのすこし頬が赤い。


「お待たせいたしました。旦那さま!

さあさあ患部をワタクシに見せて下さいませ!」


それはこどもが大好物を食べる時の笑顔。

それはこどもが虫をいたぶる時の笑顔。


いつもであれば主人を魅了し虜にさせる微笑みが、邪悪な色に染まっているようにも見えるのは気のせいなのだろうか?


「千佐都特製の『ムカデあぶらEX』があれば、たちどころに旦那さまの傷を治せます!」


手にはメイドが庭で捕まえたという、生きながら油に浸けられた百足(ムカデ)が数匹、瓶の中で怨めしげにこちらを見ている(ような気がする)。

ゆらり、とメイドの華奢な指の間から(うごめ)いている様子はまだ生きているのではないかと錯覚させる。

古い祖父の屋敷は一体、何匹の百足を棲息させるものだろうか。駆逐させる専門の業者を手配させよう、いや、しかし、それでは夏のメイドの楽しみを奪ってしまうのではないか…とまさかメイドが庭師と結託し百足採集をしていると知らない主人は思考を懸命に飛ばそうとした。

しかし主人の足元にひざまずき、瞳を期待に潤ませている意中の人に抗えない。


「ちょっと臭いのは我慢してくださいませね?」


慈愛たっぷりの微笑みが恐ろしい。

生き生きと通常の三倍は輝く瞳が怖い。

常よりも強調される言葉使いになんらかの隠れた意図がある。

メイドはカット綿を『ムカデあぶらEX』に浸し主人の指に塗り込めようとしている。なんとも言えない、今まで嗅いだことのない未知の異臭を放つカット綿を、一秒が永遠のように感じられるほどの速度でじわじわと近づくのを見つめるのみ。

主人はおぞましい『ムカデあぶらEX(メイドのネーミングセンス)』を持つメイドに魅入られたように動けない。


「ご安心下さい。旦那さま。

これが効かずとも、『ムカデあぶら』は1号2号3号と控えておりますから」



冷静沈着、余裕綽綽の主の弱点は「虫」。


これは庚朝顕(かのえともあき)の常日頃の乱暴狼藉に(と千佐都は思っている)振り回されていることへの仕返し。

千載一遇のこのチャンス、メイドはめったにない反撃のひとときを無駄にはしない。




言葉もなく困惑し固まる姿の主人に、メイドは溜飲を下げた。


ごめんなさい。作者個人は楽しかったです。

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