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シェリフ ―Cherif―  作者: K+
Stand By Me
21/22

 四日後、シェリフとエドモンが日本から帰ってきた。

 C六号はローズの手伝いから、シェリフ付き執事へ戻っていった。


 翌々日、ローズは休日で、屋敷の周囲へ散歩に出た。

 まばゆい夏の日差しの下、ぶらぶらと東屋の方へ行ってみる。近くに、彫刻の飾られた可愛らしい噴水が在るのだ。

 薔薇のアーチをくぐった時、小さく口笛の旋律が聞こえた。

 先日アルベールが吹いていたメロディと同じだった。楽しそうな音の連なり。

 迷ったけれど、ローズは誘われるように道をたがえる。

 口笛も移動していた。物置として使用されている倉庫が見えた時、音が丁度やむ。ほぼ同時に、敷地の林の中からエドモンが姿を見せた。

 ネッカチーフを巻いたりするお洒落な紳士だが、今日はTシャツにデニムジーンズという若々しい恰好をしていた。工具箱のような物を片手に提げている。

 ごきげんよう、マドモワゼル、と御曹司付き筆頭執事は目尻にうっすら皺を生んだ。

 お休みですか? と続いた問にローズが頷くと、丁度良かった、と紳士は皺を深めた。

「A市に日本のお土産が届いたようです。これから取りに行ってきます。後で部屋に持って行きますね」

「楽しみです。お気をつけて」

 ローズが口元を緩めると、倉庫からシェリフとC六号が出てきた。

 エドモンは箱を同僚に手渡し、いってきます、と屋敷の方へ消えていく。後を任されたC六号は、箱を元の場所に戻すのか倉庫へ入っていった。

 シェリフは普段からラフな服装が多く、今日はグレーのシャツとゆったりしたコットンパンツだ。ポケットに両手を入れ、父親より鮮やかな緑眼を流してくる。

「君、この辺を歩くのも好きなの?」

「噴水を目指してたんですけど……」

 妙な期待をして口笛を追ったと明かすのは、あまりにも恥ずかしかった。だから、ぼかして続ける。「楽しそうな、口笛が聞こえて」

 エドモンかな? とシェリフは応じ、歩き出す。なんとなくローズは後を追った。そうだったみたいです、と熱くなった頬を押さえる。

 シェリフは噴水の方角へ向かっているようだった。ゆっくり歩いているうち、きちんとC六号が追いついて来る。相変わらずこちらを見て笑いかけてくれた。ローズも微笑する。

 薄ピンクと濃いグリーンに彩られたアーチを三人で抜けると、リクエスト通りに切れ味を重視しておいたよ、とシェリフが言った。土産の包丁についてだと判り、わくわくします、とローズは正直に心の内を告げる。

 可笑しそうに青年が相好を崩し、ローズはふと疑問がわいた。

「シェリフ様、教授のリクエストに応えるの、日本からじゃ無理があったんですか」

 数拍の後、横目にこちらを見て、シェリフはちょっと口を曲げた。

「〝ワインを美味しく飲む方法〟のコトを言ってる?」

 はい、とローズは白い東屋の柱を目に映しつつ言う。

「興味が、ありました」

 より正確には、あの時、その話題くらいしかローズにはついていけなかった。

 さらっと、シェリフは述べた。

「体調も精神状態も万全にして、飲めばいい」

 ローズは瞬いた。

 風に流されたプラチナブロンドを片手でかき上げ、シェリフは笑みをひらめかせる。

「彼とは十年以上の付き合いだ。もしもCが俺だと気づけたら、帰国まで引き止めるつもりだった。実現していたら、今の〝コツ〟は食事の席で笑い話として提供したかな」

「……じゃあ、その為に、ダイレクト通信? を、したんですか」

「改良した遠隔操作の試験に、丁度良かった」

「誰でも、できてしまうように、改良したんですか……?」

 踊るように涌き出す水の動きが目に入ってきたけれど、ローズは煉瓦道に視線を落とした。

 タイムラグを極限まで減らした。操作者の実際の動きを反映できるようにした。その記録も経験として蓄積できるようにしてみた。

 シェリフは改良点だろう事々を説明した後、ほんの少し声のトーンが変わった。

「ローズ、教授の来た日に、誰でも動かせると気づいたのかな」

「教授と話していたのはシェリフ様でしたけど、庭について来てくれたのはエドモンさんでした」

 東屋の作る日陰で立ち止まり、ローズは上目づかいに青年を見る。シェリフは白い柱に背をあずけ、少々不服そうに口をつぼめた。

「気づいてたのか」

「なんとなくでしたけど」

 応じてから、ローズは次の言葉をためらった。

 感情のままを言ってしまうのは、使用人として、おこがましい。

 それでも、このことを知っている人の数は少な過ぎる。

 乾いてしまった唇を少し噛んで、ローズは顔を上げた。

「CさんがCさんじゃなくなるから、遠隔操作は――変なんです」

 もっともっと思った通りに言ってしまえば、嫌だった。

 シェリフは、ローズの必死の眼差しを受け止め、おもむろに苦笑した。

「君、たまーに意表を衝いてくるな」

 ずっと黙って傍に居るC六号が、小首を傾げて(あるじ)を見やる。シェリフは己が腰を軽く抱き、斜めにアンドロイドを見上げた。「エドモンは柔術九段だ。型や模擬戦を遠隔でやってしまえば、簡単にCの水準も上がる筈なんだけど……」

 利点があるからこその改良だ。肩を落としたローズの前で、シェリフは続けた。

「激しい動きとなると、運動機能の調整がかなり難しくはあった。Cの許容を越えた動きを記憶して、再現してしまうのは拙いから。まぁ、余程のことが無い限り、遠隔操作はしないことにするよ」

 何処となく自分に言い聞かせるようにそう並べてから、シェリフは忠実な執事の腕をポンと叩いた。「C、柔術の練習、頑張って」

 C六号は真面目に頷いた。

「覚えて、ローズに教えます」

 そういえばそんなことを言ってたな、とシェリフは口の片端を上げる。

 もしかして、やり取り筒抜け?

 ローズは唇をすぼめたが、今はホッとした気持ちの方が大きい。

 リズミカルに噴水で跳ねる水が、太陽の光をきらきらと周囲に振り撒いている。

 きっと、ワインが美味しく飲める。


 屋敷の途中まで三人で歩き、別れ際、シェリフがボソッと洩らした。

「カッコ良かったと言ったのは、エドモンに向けてだったのか」

 悪戯心を込めてローズは笑んだ。

「Cさんに向けて言いました」

「ローズの役に立ちましたから」

 C六号が自慢げに添えた。

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