婚約者より女騎士を優先する男なんて、婿にはいりませんわ。
よく、女性騎士が、恋愛対象ではないからと、単なる仲間だからと言い訳して、男性騎士に不適切な距離で接する事案が流行っているけれども。
ディアーナ・レデルク公爵令嬢の婚約者シャリド・ベセル伯爵令息。
同僚の女性騎士とまさにそんな感じの関係だった。
ベセル伯爵家の次男シャリドは、ディアーナのレデルク公爵家に婿入りするはずだったのだ。
金髪碧眼の美男、シャリド。
二年間という約束で身体を鍛える為に、シャリドは騎士団員となった。
歳は19歳。
ディアーナ自身も17歳で、王立学園在学中だったから、卒業したら結婚という形にしたかったので、シャリドの騎士団入りを許した。
そのシャリドに不適切な距離で接しているのが、アリーネ・レオラ伯爵令嬢。
髪を短く切り揃えた小柄な目の大きい令嬢だ。
彼女は騎士団に所属し、シャリドに不適切な距離で接していると、調査書にそう書かれていた。
ディアーナは調査書を見てため息をついた。
二人でよく一緒に鍛錬している。
二人でよく騎士団の訓練が終わった後、食事に行く。
二人でよく夜遅くまで食堂で相談をしている。
二人でよく休日、出かけている。
二人でよく……シャリドの部屋にアリーネが入って行く所を見た。
何をしているのかは確認出来ていない。
はぁ?ここ最近、わたくしに会いに来ないと思ったら、あの男、浮気をしていたの??
それも同僚の女騎士団員と。
騎士団に入ってから、ディアーナと会う回数が徐々に減って行った。
週に一回の交流が、月に一回になり、最近、まるで交流出来ていない。
だから、ディアーナは浮気を疑って、シャリドの身辺調査を執事セバスチャンに命じて行ったのだ。
黒髪碧眼のセバスチャンは顔立ちが整っている美男で、若くて出来る男だ。
彼は専門機関に依頼して、そして今日、調査書が上がって来た。
それを受け取って、怒りに頭が真っ白になっている所だった。
シャリドを愛していた?それは解らないわ。
ただ、交流していて、誠実な人だと、優しい人だと思っていた。
ディアーナの話を親身になって聞いてくれて。
シャリドはディアーナの手を握り締めて、
「私は君の家の婿になる身だ。だから君の悩みを聞いてあげるのは当然だろう」
その優しい言葉が嬉しかった。
この人なら、婿として安心できると思っていた。
二年後に婿入りしてくるのをそれでも楽しみにしていたのだ。
シャリドは美しい。
ディアーナだって、流れる金色の髪に青い瞳。自分の容姿には自信がある。
そんな彼の隣でいずれは公爵夫人として微笑む自分。
可愛い子供達。
そんな幸せな未来を夢見たディアーナ。
わたくしだって女性ですもの。
いかに家を継ぐのに必要な婿とはいえ、彼とは愛し愛されて、良い家庭を築きたいわ。
しかし、会いに来なくなったシャリド。
そして同僚の女騎士と浮気しているの?
頭に来たので、アリーネ・レオラ伯爵令嬢との近しい距離について問い詰める手紙を送った。
すると返事が、
「アリーネとは単なる同僚だ。同僚が悩んでいるのに相談に乗ってあげるのは当然だ。
私は同僚として、アリーネと接しているだけだ。焼きもちを妬かれても困る。誤解しないでくれ」
と返事が来たのだ。
婚約者として、今現在、まともに交流もしない癖して、アリーネという女を優先するなんて。
これは騎士団へ行って、この目で見ないと駄目ね。
ディアーナは、メイドと護衛騎士を連れて、騎士団へ出かけた。
勿論、手土産も忘れない。
バルード騎士団長に面会を求めた。
騎士団の事務所の受付嬢に手土産の焼き菓子を手渡して事情を話したら、客間へ通された。
王国一の美しい、ロディス・デ・バルード騎士団長。
彼は公爵家の次男で、銀の髪を一本に縛り、王国一、美しい男性だ。
ただ、彼は現在30歳。いまだに仕事が多忙といって結婚していない。
客間のソファの正面に座るバルード騎士団長。
あまりの美しさに見惚れてしまう。
いけないわ。
用件を言わないと。
ディアーナは、バルード騎士団長に向かって、
「わたくしの婚約者、シャリド・ベセル伯爵令息と、アリーネ・レオラ伯爵令嬢との近い距離についてご説明願えないでしょうか」
調査書をバルード騎士団長に差し出した。
バルード騎士団長は、調査書を見ながら、
「注意していたんだが、ここまで酷いのか?休日も共に過ごしている?宿舎は男女別のはずだが。夜遅くまでアリーネがシャリドの部屋に?」
「男女の関係を疑いますでしょう。不貞があったのか、そこまでは調べられなくて」
「二人を今すぐ呼ぼう」
シャリドとアリーネが呼ばれた。
二人は緊張した面持ちで部屋に入って来た。
バルード騎士団長は、二人に向かって、
「二人でよく一緒に鍛錬している。
二人でよく騎士団の訓練が終わった後、食事に行く。
二人でよく夜遅くまで食堂で相談をしている。
二人でよく休日、出かけている。
シャリドの部屋にアリーネが夜遅く?
なんだ?お前達は付き合っているのか?
騎士団内での恋愛は禁止しているはずだ。風紀が乱れるからな」
シャリドが慌てたように、
「アリーネとは単なる同僚です。騎士団は仲間内で助け合う。そうおっしゃったのは団長ですよね?ですから、私はアリーネが困っている時に助けてあげたい。鍛錬も私と一緒にやりたいと言うから、食堂で食事をしながら、相談にも乗ってあげたいし。もっと話をしたいとアリーネが言うものだから。食後も、部屋でも、休日でも付き合ってあげたんだ。私は仲間の事を思って」
アリーネも頷いて、
「私もシャリドは頼りになる同僚だと思っております。あくまでも仲間として、私の相談に乗って貰いました。それだけの関係です」
ディアーナは扇を手にシャリドに向かって、
「だからって、ここ最近、わたくしと交流していないわ。貴方、我が公爵家に婿にくるのよね?」
「勿論、解っています。でも、婿に行くのは二年後でしょう?困っている同僚がいたら、相談に乗ってあげたい。現在、私は騎士団にいるのですから」
頭に来た。
いずれ、レデルク公爵家に婿に来る男。
身体を鍛えたいというから二年間、騎士団に入団を許した。
婚約して1年。騎士団に入るまでは普通に交流していた。
誠実な男性だとは思った。
それなのに、騎士団へ入った途端、だんだんと会わなくなった。
連絡も来なくなった。
なんなの?わたくしを馬鹿にしているの?
貴方と結婚するのはわたくしよ。
それなのに、なんで同僚の女騎士と仲良くしているのよ。
だから言ってやった。
「貴方はわたくしの婚約者ですわね?」
「婚約者です。でも、今は騎士団に所属している。同僚が困ったら相談に乗るのが騎士団員として当然でしょう」
「でも、わたくしと会わずにその女性を第一に考えるのは不誠実としかいいようがありません」
アリーネが、
「同僚として、シャリドは私の事を心配してくれているのです。決してやましい関係ではありません」
「やましくないからって、休日まで一緒に過ごすってどうなの?彼の部屋で相談をしていた?身体の関係があったかどうか疑われても仕方ないわ」
バルード騎士団長が、
「我が騎士団の規律では、女性は男性の部屋に入ることも、その逆も禁止している。規律が乱れるからだ。男女の関係が無かったと証明できるか?出来まい」
シャリドがバルード騎士団長に、
「騎士道に誓って、決してアリーネとは淫らな関係ではありません」
「私も騎士道に誓って。ただ相談をしていただけです」
ディアーナは立ち上がって、
「話になりませんわ。騎士道に誓ってと言えば何事も許されるなんて。騎士道に誓って褥をこの女と共にされたらたまりません。わたくし、貴方の婿入りを考え直したいと思っておりますの」
シャリドは、
「だから、アリーネはただの同僚でっ。私はアリーネの相談に乗っていただけです」
ディアーナは、
「婚約者であるわたくしをないがしろにした事が貴方の罪ですわ。貴方はわたくしとの交流を最近していないでしょう。この件は、我が家に持ち帰って父に相談しますわ」
これ以上、訳の解らない事を言う二人の相手をしたくなかった。
これが騎士道というのなら、滅びてしまえ。
そう思えた。
父レデルク公爵に話したら、
「婚約破棄だな。身体の関係があったかは関係ない。夜遅く女性を部屋に引き入れた。それだけで、不貞になる。我がレデルク公爵家を馬鹿にしたことになる。婚約破棄をベセル伯爵家に対して宣言しよう。
まったく、優秀な令息だと思って婚約を結んだが、こんな屑だったとはな」
ディアーナも思った。
騎士道に誓ってって、誓ったら女性を部屋に引き入れても良いなんて、とんだ都合の良い騎士道だわ。
もうあの男と会いたくない。
そうディアーナは思った。
婚約破棄は成立した。
ベセル伯爵家から謝罪があり、慰謝料を貰った。
三日後、先ぶれも無く、シャリドがレデルク公爵家を訪ねて来た。
「婚約破棄をするなんて。私はアリーネの相談に乗っていただけなのに酷くないか?」
客間で応対したらそう言ったので、ディアーナは、
「部屋に女性を招き入れるだけでも不貞ですわ。何より、わたくしの婚約者としての責任を果たさなかった。交流もしなくなった。十分、婚約破棄の理由になります」
「アリーネは単なる同僚だ。解っているだろう」
何度同じ事を言うのか?この男は。
ディアーナは頭に来た。
「解りたくもありません。もう、二度と、こちらにいらっしゃらないで。わたくしは貴方の顔も見たくないの」
「でも、君の家に婿入りできなくなったら、これからの私はどうすればいいんだ?」
「騎士として生きればいいじゃありませんか」
「冗談じゃない。ただ、身体を鍛える為に二年限定で騎士団に入ったんだ。一生、騎士団にいるつもりはない。私は危険な任務につきたくないんだ」
「貴方の都合なんて関係ありませんわ。貴方が一生、騎士団にいたくないなら、他の生き方をお探し下さいませ。わたくしには関係ない事ですので。どうぞご勝手に」
「そんな冷たいだろうっ。私は婚約者だった男だ」
「元婚約者ですわ。もうわたくしに会いに来ないで下さいませ」
お帰り頂いた。
その日の午後、アリーネ・レオラ伯爵令嬢が面会を求めて来た。
何の用かしら?
客間で応対した。
アリーネは、
「私は騎士団を辞める羽目になりました。ディアーナ様のせいです。私とシャリドは単なる友人だったのに。責任を持って、私の勤め先を世話して下さい。当然でしょう」
なんて図々しい女だろう。
「貴方のせいでわたくしはシャリドと婚約破棄をする羽目になったのです。それなのに、わたくしに勤め先を紹介しろと?」
「私とシャリドは単なる同僚でした。それなのに、ディアーナ様は器が狭いのでは?」
「ねぇ。相談女って知っているかしら。人はね。相談するとその相手に頼られたって嬉しく思うの。特に男性は。自分に心を開いてくれたんだってその相手に傾倒していくのよ。相談女はそうして、相手の男の心を掴んでいくの。貴方、単なる同僚だと言っていたわね。何故、シャリドを相手に選んだのかしら?相談なら上司にするとか他の女性騎士にするとか、何も婚約者がいる独身男性を選ばなくてもよかったのではなくて?」
「それはその……」
「シャリドは顔だけは素敵ですもの。でもね。シャリドは次男、継ぐ爵位もないのよ。貴方、シャリドをわたくしから奪ってどうするつもりだったの?貴方も調べた所、レオラ伯爵家の次女よね。まぁわたくしには関係ないけれども。でも、言っておくけど、貴方を恨んでいるわ。シャリドが不誠実な最低男だということが解ったというのは感謝するけれども。貴方がわたくしからシャリドを盗ったの。だから貴方の事を許す事はない。貴族に女騎士として仕官は諦める事ね。貴方の事を社交界に広めてあげる。わたくしの婚約を壊した女だって。わたくしに恨まれているという事をよく覚えていて頂戴」
シャリドの事は愛していたかどうか解らない。
でも、夢を見ていたのよ。
彼と愛し愛される夢を。
わたくしだって、女性ですもの。
その夢を壊す原因を作った女。許しはしない。
アリーネは立ち上がって、
「シャリドは、私に親身になってくれたわ。シャリドは貴方より私との交流を選んだのよ」
「そうね。レデルク公爵家を怒らせた事を後悔すればいいわ」
アリーネは悔しそうな顔をして、そして背を向けて出て行った。
後日、バルード騎士団長がレデルク公爵家に面会に来た。
「誠に申し訳なかった。私の監督が行き届かなかったせいで」
対応した、ディアーナ。
バルード騎士団長に、
「そうですわね。わたくし、騎士というものが大嫌いになりましたわ。都合よく騎士道を述べる人間は屑だという事が解りましたの」
「本当に返す言葉も無い。だが、騎士だってああいう馬鹿ばかりではない。今度、演習を見に来て欲しい。騎士の素晴らしさを君に見せたい」
「わたくしに騎士の素晴らしさを?」
「誤解されたままでは我が騎士団の名誉に関わる」
見に行こうかとふと思ったら、執事セバスチャンが入って来て、
「シャリド・ベセル伯爵令息が変…辺境騎士団にさらわれました」
「ええ?あの屑の美男を仕置きするというあの変…辺境騎士団に?」
「はい。騎士団とはろくな物じゃないですな」
執事のセバスチャンがちらりとバルード騎士団長を見やる。
バルード騎士団長が慌てたように、
「うちの騎士団とは違う。あそこは変態しかいない騎士団だ」
セバスチャンが涼しい顔で、
「でも、シャリド様のような屑男がいた騎士団でしょう。似たようなものだと私は思いますが」
「ぐぐっ……」
何を二人は睨み合っているのかしら。
まぁいいわ。
「今回の事で騎士団には不信感しかありませんわ」
バルード騎士団長が前のめりに、
「だから、我が騎士団の演習を見に来て欲しいのです」
あまりにも熱心なので、ディアーナは折れた。
「解りましたわ。日時を教えて下さったら、伺います」
セバスチャンは眉を寄せて不機嫌そうだ。
どうしてなんで?不機嫌なの?
シャリドがあの変…辺境騎士団にさらわれて、少しは常識を身につける事が出来ればよいのだけれども。
もうわたくしには関係ない人。
さようなら。変…辺境騎士団で頑張って生きて頂戴。
アリーネ・レオラ伯爵令嬢は、どこの家も女騎士として雇って貰えず、冒険者になった。
だが、他の仲間と上手くやっていけず、程なく魔物により命を落としたと聞いた。
今日は騎士団の演習を見に行く約束をした日である。
ドレスを着て支度をしたら、セバスチャンが、
「私もお供致します。お嬢様」
と言って来た。
凄い不機嫌だ。何故かしら。
まぁいいわ。せっかく誘われたんですもの。
空は青空、ディアーナは美しい緑のドレスを着て、セバスチャンのエスコートで馬車に乗り込むのであった。




