表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アツシ  作者: 岡本圭地
5/6

⑤敗北感のアツシ


 ポケットから、青いパッケージの煙草を取り出す郁太。


 その一本を咥えると「キン」と小気味の良い金属音を発する。


 高価そうなジッポライターの蓋を開ける音だ。



 怖気付くアツシは、煙草に火を付ける郁太を、じっと見つめるしかなかった。


 結衣もまた同じように黙ったまま、不安そうに見上げていた。




 郁太が一つ二つと煙を吐く。


「……もしかして」


 重い沈黙が続いた後、やっと郁太が口を開いた。



「あんた、避難所に住んでるの?」


 煙草を持つ手を避難所の方へと向ける。


 郁太は近くにあるコミュニティセンターが、避難所になっている事を知っていたのだ。



「だったら、なんだよ……」


 萎縮したアツシの声は、すっかり小さくなっていた。



「ふうん……大変だなぁと思ってね。ふふっ」


 こいつ! 人の不幸を鼻で笑いやがって!

 だが郁太が怖くて、言い返す事が出来ない。




 郁太は煙草を咥えながら、アツシの顔や服装をジロジロと見た。


 そして何か納得したように二、三度頷く。


「でも、あんた被災する前からも、住居を転々としてたんじゃない?」



 アツシは驚いた。


 図星だったからだ。


「家賃が払えなかったり、借金取りから逃げ回ったりしてたんじゃないの?」




 なぜだ?


 なぜ、初めて会ったのに分かるんだ?


 アツシは激しく動揺する。



 今一度、郁太の顔を確認してみるが、やはり面識はない。


 目を丸くさせるアツシの心境を見透かしように、郁太が答える。



「俺、ずっと闇金の債務者から借金の取り立てをしてたんだよ。長年やってるとな、分かるんだよな。そいつの顔、服装、雰囲気、喋り方で。なんて言うのかな、匂いがするんだよ」


 アツシは自分の服を見た。


 同時に匂いも嗅いでみた。


 色褪せたヨレヨレのパーカーに、薄汚れたジーパン。


 靴も履きつぶしている。


 確かに、どう見ても金持ちには見えないだろうが……。




 アツシはボソボソとに文句を言ってみた。


「……な、何だよ。別に家賃を払えなくて、あんたに迷惑かけたかよ……」


 声が掠れているのが自分でも分かったが、それが精一杯の抵抗だった。



「やっぱりな。あんた、クズ臭がするんだよ。鏡を見たことあるか? 顔に底辺って書いてるぜ」



 この野郎、どこまで人を馬鹿にすれば気がすむんだ!


 憤慨したアツシは目の色を変え、拳を強く握りしめた。


 だが、それでも郁太は微動だにしない。



「何、その拳? やんの? 俺に勝てると思ってんの?」


 この男、自分の強さに絶対の自信を持っている。


 きっと、沢山の修羅場をくぐり抜けてきたのだろう。



 喧嘩らしい喧嘩を一度もした事がないアツシは、まず勝てる相手ではないと直感した。


 握りしめた拳から、緩やかに力が抜ける。



 そんなアツシの様子を見ながら、郁太は煙草の煙をまた一つ二つと吐く。


 そして、不安そうに見上げる結衣を見た後、再び視線をアツシに戻した。



「……もういいよ。とりあえず結衣は連れて帰るからな。二度と結衣に話しかけるんじゃないぞ」


 郁太は火のついたままの煙草を、アツシの足元に捨てると、結衣の手を掴んで連れて行く。



 アツシは言い知れぬ敗北感を抱えながら、二人の背中を見送るしかなかった。


 だが少し歩いたところで、急に結衣が足を止めた。


「どうした?」と郁太。



 結衣は父親の手を強引に振り払うと、アツシの元へと走りだした。


「結衣! 戻ってきなさい!」


 郁太の凄んだ声に、結衣は足を止めた。



 アツシはどうしていいか分からず、オロオロと見つめるだけだった。


 結衣は力なく、その場にしゃがみこむ。



 すぐに立ち上がると、重い足取りで郁太の方へと歩み寄った。


 郁太は戻ってきた結衣の背中を軽く押して、車へと向かわせた。



 二人が車に乗ると、郁太は窓越しにアツシを見る。


 不敵な笑みで、エンジンをかけた。




「なんだよ、あいつ。偉そうに……」


 聴こえないよう、小声で呟くアツシ。



 車が走り出すと、アツシの声は徐々に大きくなった。


「アホゥが! ボケが! クソが! 偉そうに煙草吸うな!」


 車が見えなくなると、地面の砂を蹴り上げて大声で怒鳴る。



「ゾンビに噛まれて死ねっ! そしてゾンビになってもう一回死ねっ! ボケッ! カスッ! マヌケッ! △×◯×野郎!」


 最後はペッと唾を吐き捨て、腕組みをする。



 アツシの口から「ゾンビ」という言葉が飛び出したのは、ゾンビを倒すネットゲームばかりしていたからだ。


 兎にも角にも、言ってやったぜ! という、したり顔で車の去った方向を見つめた。




「ん?」


 ふとアツシは、何かが気になった。



 さっき結衣がしゃがんでいた場所だ。


「なんだ、これ?」


 結衣が地面に、文字らしきものを残していたのだ。



 アツシは近づき、目を凝らした。


〈たすけて〉







つづく……

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ