エピソード8:終焉の光と愛の残響
魔王は去り、静寂が戻った「王の間」。
そこには、致命傷を負ったアラン王と、彼を救おうと命を削るアイリス王妃の姿がありました。
魔王が去り、静寂が王の間に訪れると、竜人化は解け、アラン王は再び人間の姿に戻り、床に倒れ込んだ。アイリスはすぐに彼の傍らに膝をつき、再び回復魔法を全力で注ぎ込んだ。
「ゴホッ、ゴホッ……アイリス、君は大丈夫か? 君まで傷つく必要は……」
「アラン様、しゃべらないで。お願い、魔力を集中させて!」
アイリスは必死だった。彼女は秘められた回復の術を使い、自らの生命力すらも魔力へと変換し、アラン王の傷へ、生命の炎を灯そうとし続けた。
王の間を満たしていた回復魔法の淡い光が、血の匂いと濃い闇の中で、懸命に揺らめく。
しかし、アラン王は、もう限界が近いことを悟っていた。彼はその光の中で、愛する妻をまっすぐに見つめ、静かに、だが心から幸せそうに話し始めた。
「アイリス……。初めて会った時を……覚えているか? お見合いの席で……君があまりにも美しくて、私は……どうにかして君にモテようと、カッコつけて……偉そうに魔族との国境紛争の……話ばかりして……」
アラン王の途切れ途切れの声が、アイリスの耳元で優しく響く。アイリスは、全身の魔力を注ぐために震える手を止めない。
「やめて……アラン様、本当にしゃべらないで!」アイリスは涙を流しながらも、回復魔法の光を止めない。
「あの時、私、本当は少し退屈だったのよ。でも、アラン様が、誰よりも国と民を愛しているのが分かって……その不器用な情熱が素敵だと思ったのよ」
「そうか……ふふ……。ナバールが生まれる時もそうだ。私は……報告書の山を放り出して……君の元へ駆けつけた。王としての務めより……君と、生まれてくる息子に……会いたかった」
アラン王の回想に、アイリスは一瞬だけ力を緩めて、悲しみに濡れた顔でくすりと笑いながら返事をした。
「あの時は、本当に困った人だと思ったわ。でも、ナバールに会わせた時の、あなたの顔……忘れられない。アラン様は、最高の父親よ」
アラン王はかすみ始めた目で、遠い未来、まだ見ぬ息子の姿を見つめるように続けた。
「ナバールは、心優しい子だ。すぐに焦る、手のかかる息子だが……いずれ、私のように、いや、私以上の……偉大な王になれる。私と君の血を受け継いでいるのだからな」
彼は、アイリスの濡れた頬に手を伸ばし、優しく触れた。
「アイリス。君は……太陽のようにこの王宮を照らしてくれた。君を妻にできたことが……私の人生で最大の誇りだ。いつもナバールのことを心配してばかりいる……愛しい私の王妃……。あの子は大丈夫だ。心配ない。君の愛があれば……あの子は必ず立ち直る」
彼の指先から、体温が完全に失われていく。アラン王の瞳から、光が完全に消えようとしていた。
「これで……良かった。ナバールを……無事に祠へと送り出せた。最後に……愛する妻を……守れた。もう……私のやることは……全て終わった」
アラン王は、最後の力を振り絞り、アイリスの手を強く握りしめた。
「困ったな……」
「もう本当に…、やることが……何もない……」
「私は……幸せ者だ……」
その言葉を最後に、アラン王の穏やかな息遣いは止まった。
彼の顔には、苦痛の影はなく、心から満たされた、穏やかな笑みが残されていた。
アイリスは、アラン王の冷たくなっていく体に、もはや意味をなさない回復魔法を注ぎ込み続けた。自身の命の炎を魔力へと変換し続けた結果、彼女の体は既に限界を超えていた。
アラン王の体が完全に冷たくなり、回復魔法の光がその命の炎を灯すことができなくなった瞬間、アイリスの意識は遠のいた。彼女の体から光が消え、静かに、愛する夫に寄り添うように倒れ込んだ。
王の間には、深い血の匂いと、二人が織りなした、あまりにも温かく悲しい愛の残響だけが残された。アイリスは生命力を使い果たし、気を失ったまま、愛する夫の隣で静かに横たわっていた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
王としてではなく、一人の夫として、父として。
アラン王の最期は、不器用ながらも愛に満ちたものでした。
共に倒れ込んだアイリス王妃。そして、何も知らずに帰路を急ぐナバール。




