エピソード72:天才の悪い顔と、秘密の図面
前回の「エイルとナバールの魂の鍛冶」の裏側で、もう一つのプロジェクトが動いていました。
今回の主役は、エタンの天才魔導王アルテオ。
巨大な魔導石を手にした彼は、エイルの設計図を前に「悪い顔」を浮かべます。
職人気質のドワーフたち、そして手持ち無沙汰な王国将軍オーウェンを巻き込んだ、秘密の突貫工事。
物語は、静かな完成を待たず、一気に加速していきます。
「いやー、こんなに大きい魔導石、初めて見たよ。……これ、もはや石っていうより太陽だね」
僕、アルテオは、ナバールから預かった特大の魔導石を光に透かし、一人で悦に浸っていた。
これなら魔導船を浮かせるどころか、音速を超えてかっ飛ぶんじゃないかな。
ナバールとエイルが熱い熱気の中に消えていくのを見送ってから、僕はクロードとオーウェンを連れて、魔導船が鎮座する巨大なドックへと足を運んだ。
何度見ても壮観だねー。
エイルの情熱が詰まった、空飛ぶ鉄のクジラ。
ドックに入ると、エイルを「姉さん」と慕う工房の作業員たちが、僕の手元を見て目を剥いた。
「そ、その魔導石は……!?」
「あはは、驚いた? サラマンダーと地竜の魔導石だよ。エイルが、ナバールから譲り受けたんだ」
「すげぇ……! じゃ、じゃあ、姉さんは無事なんですね!?」
不安そうだった作業員たちの顔に、パッと希望が灯る。
彼らにとって、エイルは絶対的な柱なんだね。
「うん。今、ナバールの剣を打ち直す作業に入ったよ。数日は出てこられないだろうから……その間に、僕が魔導石の使い方を教えるよ。みんなで魔導船、完成させちゃおう!」
僕が提案すると、作業員の一人が拳を握りしめた。
「エタンの魔導技術……。姉さんが戻ってきた時に、ひっくり返るくらい驚かせてやりたいっす! よろしくお願いします、アルテオ様!」
若者たちのやる気は十分。
さあ、楽しい改造工事の始まりだ。
僕は早速、クロードに魔導石のエネルギーをエンジン出力へ変換する術式工事を任せた。
特大すぎる魔導石をどう制御するか、クロードが眉間に皺を寄せながら複雑な計算を始めている。
その横で、僕はエイルが書いた魔導船の設計図を広げ、にやにやと笑みを浮かべた。
「……ふむ。これ、いけるかも」
「アルテオ様。また悪い顔をしていらっしゃいますよ」
クロードの冷静なツッコミをスルーして、僕は作業員の一人を手招きした。
「ねえ。ここのスペースって、何に使う予定?」
「えっと、そこは燃料の地熱オイルと、食料なんかの備蓄庫になる予定っすけど……」
「じゃあさ、この魔導石で動くなら、もう燃料は要らないよね?」
「そりゃ、そうっすね。エネルギーは無限に近いし……」
「決まりだ」
僕は図面の上に、猛烈な勢いで新しい線を書き込み始めた。
天才の脳内にある「遊び心」が、設計図をどんどん書き換えていく。
「これ、作るよ」
書き上がった図面を見て、作業員たちが顔を見合わせた。
「いや……これ、姉さんに怒られないっすか? 構造を根本から変えちゃってますよ」
「うーん、でも……正直、やってみたいっす! これができたら、大きな家ごと運ぶ城って感じでカッコいいっす!」
「だけど、船体の下にこれだけのサイズの切り込みを入れるとなると、オイラたちじゃ時間かなりかかっちまうっすよ?」
作業員が難色を示した。
船底の強固な外壁を、この短期間で精密に切り抜くのは至難の業だ。
「大丈夫。そこは、とっておきの『精密機械』があるから」
僕は図面に合わせ、船底に真っ赤な切り込みラインを引いていく。
そして、手持ち無沙汰そうに壁際で腕組みをしていた王国将軍を呼んだ。
「オーウェン。斬鉄、できるよね? このラインに合わせて、綺麗に切ってくれるかな」
「おっ、ついに出番ですか。……力仕事しかやることがなくて退屈していたところです。任せてください」
歴戦の剣士が、腰の剣に手をかける。
その凄まじい「気」に、作業員たちが後ずさった。
「あ、待って。下に落ちないように支える準備が――」
シュキン。
シャーイン。
シュキン。
サキュン!
「あー……」
ガッシャーン!!
巨大な船底のプレートが、凄まじい音を立ててドックの床に叩きつけられた。
オーウェンは涼しい顔をして剣を鞘に収める。
「……いや、オーウェン。そのまま切ったら、そうなるよね」
「……申し訳ない。つい、集中しすぎてしまいました」
そんなドタバタな突貫工事を続けながら、僕たちは七日間を駆け抜けた。
しっかし、ドワーフの作業員たちはすごい!
必要な部品の図面を引いたら、どんどん形にしてくれる。
精度はもちろん、強度が高い。
信頼できる職人たちだ。
これ頑張ったら、月まで行けるんじゃないかなー?
夢のワクワクが止まらない。
イーデル、ボネット、クリスに教えたら喜ぶだろうな。
アイリス叔母さんも暴走しそうだな。
エイルが工房から戻ってくる予定の、七日目の朝。
一人の作業員が、真っ青な顔をしてドックへ駆け込んできた。
「ア、アルテオ様! 大変です! 街のルートから情報が入ったっす!」
「どうしたの? そんなに慌てて」
「オイラたちの動き、魔族に漏れてます! 筒抜けっす!」
作業員の話によれば、魔族国ヴェルガーの息がかかった密偵が、この国に入り込んでいたらしい。
ドラグーンの王ナバール。
エタンの王アルテオ。
そして、魔族国に仇なす剣を打つ鍛冶師と、未知の技術を教える魔導師。
そのすべてが「反逆者」として指名手配されたという。
「ドワーフの国が動かなくても、隣接する魔族の国ガーラ帝国が直接動き出したっす! すぐそこに、軍勢が迫ってるっす!」
僕は顔から余裕を消した。
「……なるほどね。僕たちがここで『空を飛ぶ翼』を手に入れるのが、よっぽど怖いらしい」
僕はクロードとオーウェンに視線を送った。
「ナバールとエイルに伝えなきゃ。のんびり完成祝いをしてる時間はなさそうだよ。……全員、脱出の準備! 未完成だろうがテスト前だろうが、今日、この船を飛ばすよ!」
工房に、これまでとは違う、緊張感に満ちた槌音が響き渡った。
エピソード72をお読みいただき、ありがとうございます!
今回はアルテオ視点で、魔導船完成までのドタバタな七日間を描きました。
アルテオが勝手に書き換えた「秘密の図面」……一体どんな仕掛けが隠されているのか、これからの脱出劇でのお披露目を楽しみにしていてください。
オーウェンの斬鉄シーン、剣豪としての凄まじさと、物理的な「うっかり」のギャップがお気に入りです。
そして、ついに魔族の本拠地ガーラ帝国の軍勢が動き出しました。
応援のほど、よろしくお願いいたします!




