エピソード 69:火酒(ファイア・ウィスキー)と孤独の共鳴
地竜討伐を前に、ナバールはエイルから一振りの剣を託されます。
それは、単なる武器の貸し借りではなく、
互いの「職人としての魂」と「境遇」を認め合う儀式でもあります。
地竜討伐に向けて、俺たちは準備を開始した。
折れた王家の剣を預けた今、二刀流の俺が剣一本だけで行くわけにはいかない。
「エイル、片手剣を一本売ってくれないか?」
俺の問いに、エイルは返事をする代わりに俺の右手を無造作に掴んだ。
ひやりとした彼女の指先が、俺の掌の厚みやマメの位置を確かめるように動く。
至近距離で見つめられ、少しドキッとしたが、彼女はすぐに手を離して工房の奥へと消えた。
戻ってきた彼女が放り投げてきたのは、一振りの無骨な剣だ。
「貸しだ。おそらくすぐに手に馴染むだろう。地竜討伐に失敗されて、アタイの魔法石が手に入らねぇのが一番困るからな。……ところで、お前らが門の外に置いてきたっていう『奇妙な荷車』。あれ、本当は魔法道具だろ? 案内しな」
職人の直感か。
エイルは半ば強引に俺たちを連れ出し、城壁の外で待機させていたグラン・タウロスの元へと向かった。
「なんだい、この構造は……! 魔法石を並列に繋いで動力を? それにこの『AI』ってのは……機械が喋ってやがる!」
タウロスの装甲を愛おしそうに撫で、エンジンルームを覗き込むエイルの瞳は、子供が宝物を見つけた時のように輝いていた。
「よし決めた。お前らにもしものことがあって、このタウロスまで壊れたら末代までの損失だ。アタイもついていく。ハンマーの扱いはそこらのドワーフより上手いぜ!」
ドワーフの国は、人間や竜人には少々過ごしにくい。
俺たちはその夜、街へは戻らず、城壁外のタウロスの傍で野営をすることにした。
夕食の支度をしていると、約束より早く、身の丈ほどもあるハンマーを背負ったエイルがやってきた。
「おい、そんな貧相な飯を食うな。今日はアタイがドワーフの『本物』を教えてやるよ」
彼女は担いできた食材と酒樽を広げ、慣れた手つきで調理を始めた。
彼女は動きやすいようにと、上着を脱いでタンクトップ一枚になっていた。
145cm程の小柄な体躯は、ドワーフらしく引き締まってはいるが、エルフの血を引くせいかどこか華奢で細身だ。
しかし、その細い腰つきとは対照的に、胸元は驚くほど豊かで、タンクトップの薄い生地を内側から強く押し上げている。
あまりのスタイルの良さに、俺は一瞬目のやり場に困ってしまった。
まずは「火酒」。
アルコール度数50度を超えるその酒を一口煽ると、彼女は赤く熱された溶岩石をハンマーで叩き割り、平らな「溶岩プレート」を作り上げた。
その熱い石板の上に、厚切りの魔獣ステーキが置かれた瞬間――。
――ジュワァッ!
猛烈な勢いで立ち昇る白い湯気。
猛火で熱せられた石の熱が、肉の表面を一気に焼き固めていく。
エイルがそこに火酒をドボドボと振りかけると、青い炎が爆ぜ、肉の脂が焦げる芳醇な香りと、ウイスキーの甘い樽の香りが混ざり合って鼻腔を突き抜けた。
「ほら、味付けは岩塩と砕いた黒胡椒だけだ。石の余熱で中まで火を通すのがコツなんだよ」
ナイフを入れると、表面はカリッと香ばしく、中は驚くほど柔らかいピンク色。
溢れ出す肉汁が溶岩の上でパチパチと音を立て、視覚だけで喉が鳴る。
さらに、彼女は手際よく「鉱山きのこと山羊ミルクのクリームスープ」を鍋にかけた。
肉厚なキノコから出た濃厚な出汁と、山羊ミルクのコクが混ざり合い、とろりとしたスープが黄金色に輝く。
焚き火の爆ぜる音をBGMに、熱々のスープを木の匙ですくい、肉の塊を口に放り込む。
アルテオの地獄のドリンクとは正反対の、命の力強さが全身に染み渡るような「飯」に、俺たちの胃袋は歓喜の声を上げた。
酒盛りが進むにつれ、エイルの頬は赤らみ、トロンとした目で火を見つめ始めた。
ピンクの癖っ毛を揺らし、小柄で華奢な見た目からは想像もつかないような、女性らしい柔らかな曲線が焚き火の光に強調される。工房で怒鳴り散らしていた時とは別人のように可愛らしく見えた。
「……なぁ、ナバール。お前、さっきからアタイをジロジロ見て、何なんだよ。やっぱり、混血ってのが気に入らないのかい?」
彼女は自嘲気味に、ぽつりぽつりと身の上を話し出した。
母はドワーフ王の妹。父は、旅の途中でこの国を訪れたエルフだった。
二人はドワーフの鍛治技術とエルフの精霊魔法を融合させ、空を飛ぶための研究をしていたが、飛行実験の事故で共に亡くなったという。
「王様はさ、昔はアタイを可愛がってくれた。でも、妹を亡くしてから変わっちまったんだ。父さんのようなエルフを憎み、アタイが両親の夢を追うことを許さなかった。……今じゃ国のはみ出し者扱いさ。鉄屑飛ばしのエイル、ってな」
「……そうだったのか」
「笑えよ。親の形見の工房を守ってる、意地っ張りな混血だってな」
俺は火酒の入ったコップを置き、彼女の目を真っ直ぐに見返した。
「笑わないよ。……実は俺も、混血なんだ。父が竜人族、母が人間族だ」
エイルの目が驚きに大きく見開かれる。
「俺も、自分が何者か悩んだ時期があった。でも、仲間に支えられて、今は自分にしかできないことがあるって信じてる。……君もそうだろ? 君にしか作れない船がある。だから俺は、この剣をお前に預けたんだ」
エイルは照れくさそうにゴーグルをクイッと下げて顔を隠すと、小さく笑った。
「……ふん、口の減らねぇ王様だ。明日は地竜をぶっ飛ばす。さっさと寝な、相棒」
「ああ。最高の魔法石を手に入れてやるよ」
冷え込む夜の空気の中、タウロスの傍で揺れる焚き火は、孤独な二人の心を静かに温めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
エイルとナバール、二人の「混血」としての絆が描かれたエピソードでした。
「アタイ」と強がる彼女の裏側に隠された孤独と、それを包み込むナバールの器。
そして、ドワーフ流の豪快なキャンプ飯が、冷えた夜の空気を熱く彩ります。
さて、次回はいよいよ地竜討伐戦。
エイルの巨大ハンマーと、ナバールの新たな剣が火を吹きます!
更新をお楽しみに。




