エピソード67:閉ざされた信頼
雪山を越え、一行はようやく鉄の国「リファインロック」へと到着します。
しかし、そこで待っていたのは、想像を絶する拒絶の嵐でした。
霊峰を越えると、雪の白は急速に姿を消した。
代わりに現れたのは、無機質に整備された岩肌の道だ。
タウルスのタイヤが快適なリズムを刻み始めた頃、視界の先に「それ」が姿を現した。
立ち並ぶ二本の巨大な煙突。
その間に、漆黒の鉄で作られた大門がそびえ立っている。
門扉には、ドワーフが信仰する鍛冶の神の武勇伝が黄金の象嵌で刻まれ、煤煙の中でも異様な光を放っていた。
門の左右では巨大なピストンが絶え間なく蒸気を吹き出し、剥き出しの歯車がガチ、ガチと冷徹なリズムを刻んでいる。
「……ここが、リファインロックか」
タウロスは中に入れない。
俺たちは人工知能に警備モードを命じ、鉄の臭いと熱気が立ち込める門前へと降り立った。
門番のドワーフは、俺たちの姿を見るなり、隠そうともしない嫌悪感を露わにする。
「入国だと。面会。勝手にしろ。ただし、中の工房で何が起きようと我らは関知せん」
あまりの素っ気なさに、アルテオが眉をひそめて言う。
「歓迎されてないとは思ったけど、想像以上だね。空気も肺が焼けそうなくらい熱いし、あまり長居したい場所じゃないな」
ようやく謁見に漕ぎ着けたリファインロック国王も、椅子に深く腰掛けたままだった。
俺たちの事情を聞いても、ただ鼻で笑うだけだ。
「ナバール王と言ったか。確かに一国の主としての礼は尽くすが、この国の決定権はワシ一人にはない」
国王は平然と言い放つ。
「全鍛冶工房の組合を通さねば、指一本動かせんのだ」
「そこをなんとかお願いしたい。魔王ヴェルガーの軍勢が動き出している。同盟を、そして……」
「同盟だと。笑わせるな」
国王は重い溜息をつき、鋭い視線を俺たちにぶつけた。
「お主ら人間族、竜人族、獣人族は、かつて我が国の武具を大量に発注しておきながら、支払いを踏み倒した過去がある」
「……」
「それに比べて魔族はどうだ。彼らは支払いを一度も遅らせん。今は魔族軍の軍備のために、大きな契約を結んだばかりなのだよ」
「支払い不備……。そんなはずはない。我が国は正当な予算を計上していたはずだ」
ナバールの言葉に、ドワーフ国王は分厚い帳簿を机に叩きつけた。
「記録は嘘をつかん。十五年前、お主の父アラン王の時代だ」
突きつけられた数字は、残酷だった。
「竜人国と人間国の連合軍に納品した三千振りの剣。そして獣王国へ送った五百領の鎧。代金の半分が、今も未払いのままだ。利子を含めれば、一国の予算が吹き飛ぶ額だぞ」
俺は言葉を失った。
魔族の息がかかった商人による策謀なのか、それとも自国の悪徳商人が中間で着服したのか。
今の俺にはそれを否定する材料も、当時の詳細な取引記録も持ち合わせていない。
事実として、ドワーフの手元には、未払いの証拠だけが残っているのだ。
「ヴェルガーは……魔王は、この国を侵略しないのか」
「侵略。理由がないな。奴らは我が国の自治を認め、高い金を払ってくれる」
ドワーフにとって、正義の所在など二の次なのだろう。
「お主らが魔族をどう思おうと勝手だが、我らにとっては最高の優良顧客なのだよ」
横で聞いていたクロードが苦々しく呟く。
「外交的に完全に詰んでいますね。彼らにとって魔族は、脅威ではなく利益の源泉だ」
結果は惨憺たるものだった。
どの工房の門を叩いても、不払い三国の王か、帰れ、と罵声を浴びせられる。
ナバールの剣を再生できるほどの腕を持つ親方ほど、組合の規律を重んじ、俺たちを門前払いした。
王としての誇りを捨て、何度も頭を下げた。
だが、ドワーフたちの閉ざされた心は、どんな熱い言葉よりも硬かった。
「……ダメだ。どこも話すら聞いてくれない」
日が暮れ始め、街を覆う煤煙がさらに色を濃くした頃。
最後に回った工房の長が、周囲を気にするように声を潜めた。
「……これは独り言だ。組合にまとまっている以上、表立って協力する奴はいない」
男は無骨な手で、街のさらに奥、煤けた暗がりの先を指差した。
「だが、町外れのどん詰まりにある工房……あそこは組合の規律なんざ知ったことかと背を向けた、偏屈な変わり者の住処だ」
「町外れの、工房……」
「行って損はないだろう。ただし、腕は確かだが、まともな話が通じる相手だと思うなよ。組合を追放されても、なお槌を振り続けている狂人だ」
男はそれだけ言うと、乱暴に扉を閉めた。
俺は折れた王家の剣を握り直し、アルテオ、オーウェン、クロードと顔を見合わせた。
「行くしかないな。……どんな変わり者だろうと、俺にはこの剣を託せる場所が、もうそこしかないんだ」
街を包む蒸気と影の中、俺たちは最後の希望を求め、町外れの暗がりへと足を進めた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
魔王が「優良顧客」で、人間たちが「不払い。
そんな皮肉な現実が、ドワーフの国を覆っていました。
ナバールの父上が残した負債はあまりに重く、事態は完全に詰んでしまったかのように見えます。
町外れの暗がりに住むという「狂人」は、果たして彼らの救いとなるのか。
重苦しい空気の中、物語は新たな出会いへと向かいます。




