エピソード66:見据えるはガーラ帝国
霊峰ウインウィッシュの厳しい寒さが、ナバールたちを襲います。
しかし、過酷な雪山は同時に、修行の成果を試す絶好の舞台でもありました。
緊迫感と休息が入り混じる、白銀の道中をお楽しみください。
霊峰ウインウィッシュの麓に足を踏み入れると、世界は一変した。
昨日までの岩肌は見る影もなく、視界のすべてが厚い雪のカーテンに覆われていく。
「雪が深くなってきたな。……おいアルテオ、これ大丈夫か」
「ふふん、僕のタウロスを何だと思ってるんだい。六輪駆動の装甲仕様だよ。雪に埋まるなんて無様なことはさせないさ」
助手席で胸を張るアルテオの言葉通り、タウロスは唸りを上げることもなく、力強く新雪を蹴立てて進む。
搭載された人工知能が、雪の下に隠れた道や崖のキワを正確に探知し、最適なルートを自動で選び出しているのだ。
『マスター、前方に熱源反応を探知。対象、巨大。急速に接近中。……どうやら歓迎会のようですよ』
スピーカーから、タウルスの少し落ち着いた声が響く。
最近、こいつの喋り方はどことなくアルテオの陽気な部分が移ってきた気がする。
外へ出ると、刺すような冷気が防寒着を通り抜けてきた。
目の前に現れたのは、通常の倍はある巨体を持った氷晶熊だった。冷気を纏ったその咆哮が、周囲の雪を舞い上がらせる。
「ナバール、せっかくだから魔法で倒してみなよ。せっかく練習したんだし」
アルテオがタウルスのハッチから顔を出して無理を言う。
「……やってみるが、魔力量が少ないのは変わってないからな」
雪原の魔物は冷気に特化している分、急激な温度変化に弱いはずだ。
俺は意識を集中させ、指先に極小の魔力を込める。
「俺に大きな火柱は作れない。だが、針の穴を通すことなら、造作もないことだ」
俺が指先で練り上げたのは、髪の毛よりも細く、白銀に光る炎の糸。
突進してくる熊の巨体に対し、正面からぶつかる愚は犯さない。俺はオーラを纏った足捌きで突進をかわし、風に乗せてその炎の糸を放った。
糸は獣の鋭敏な鼻腔へと吸い込まれ、内側から喉と肺を直接焼き払う。
グ、ガ……。
巨体が崩れ落ち、雪煙を上げた。
外側を焼くのではない。粘膜や呼吸器を直接叩くことで、最小の魔力で最大の戦果を出す。
「お見事です、ナバール様」
オーウェンが感心したように頷き、クロードも、魔力をそんな精密機械のように扱うとは、合理的ですね、と眼鏡を上げた。
「うんうん!すごいよナバール。自分の弱点をチャンスに変えるなんて!」
アルテオからの賛辞を聞きながら、俺は膝をついてしまった。一撃とはいえ、実戦での行使となるとなかなか魔力消費が激しい。
本来なら解体して肉を持ち帰りたいところだが、この極寒では手が凍りついてしまう。
魔物がアンデッド化して追いかけてくるのも厄介なので、アルテオの強力な炎魔法で火葬し、俺たちは再びタウロスへと乗り込んだ。
数時間後、猛烈な吹雪が嘘のように止んだ。
雲が割れ、そこから差し込んだ陽光が、雪原を眩いばかりに輝かせる。
「せっかく晴れたし……降りてみよう」
俺たちはタウロスを停め、外へ出た。
目の前には、天を突くようにそびえ立つ霊峰ウインウィッシュの威容。
そして眼下には、蒸気を上げるドワーフの国リファインロックの街並みが広がり、さらにその遥か奥には、どす黒い雲が立ち込める魔族の国ガーラ帝国が霞んでいた。
「あそこに、ヴェルガーがいるんだな」
父上を殺した仇。その本拠地を、ついに視界に捉えるところまで来た。
様々な思いが胸を去来し、拳に力が入る。
「……ナバール様」
オーウェンが静かに隣に立った。
その、しんみりとした空気を切り裂いたのは、不意の衝撃だった。
「いてっ。冷たっ」
後頭部に、パシャリと冷たい衝撃が走った。
振り返ると、アルテオが雪玉を手に、ニヤニヤと笑っている。
「湿っぽいのは僕の趣味じゃないんだ。ほら、ナバール。反撃してごらんよ」
「この……。アルテオ、国王の自覚ないだろ」
俺も反射的に雪を丸めて投げ返す。
オーウェンやクロードまでもが、いつの間にか巻き込まれて雪を投じ合う。
エルフの森での激戦、カインたちとの別れ、そして地獄の特訓。
張り詰めていた緊張が、冷たい雪とともに解けていった。
雪原に4人の笑い声が響く。
『私も、参加したいです』
誰の声かはわからないが、そんな呟きが聞こえた気がした。
俺は首を傾げ、真っ白に輝く雪をもう一度強く握り締めた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
魔力不足を知恵と技術でカバーするナバールの新機軸、いかがでしたでしょうか。
復讐の誓いと雪合戦。揺れ動く感情の中で、最後に響いた不思議な声。
一行はいよいよ、蒸気たなびくドワーフの国「リファインロック」へと足を踏み入れます。
次回の更新も、どうぞお楽しみに!




