エピソード61:森の宴と、それぞれの道
激闘を終え、一行は束の間の休息を迎えます。
美しい森でのキャンプ、そして思いがけない魚釣り。
しかし、穏やかな時間の中で、それぞれが胸に秘めていた想いが溢れ出します。
「一万の獣人兵たちをそのままにしておくと、維持費だけで国が傾きかねんからな。しっかりキャンプを楽しませてから帰らせるわ」
ボナヴィスタ王が、広大な森を眺めながら豪快に笑う。
「森の恵みは十分にあります。川には魚もいるし、動物もたくさんいます。指定区域内であれば、遠慮なく楽しんでいってください」
アストリア王が、柔和な笑みでそれに応える。
さすがは世界一の森の国だ。一万人が余裕で好き勝手に過ごしても、まだ余裕があるほどの深さがある。
俺たちも、こんなに美しい森でのキャンプは初めてだ。ついさっきまで激戦地だったことが嘘のように、不思議と心がウキウキしてくる。
魔物も出ないし、魚釣りもできるとなると、なんだか子供の頃を思い出してしまう。
今回はカミュ、ダイン、アストリア王、ボナヴィスタ王、サイリーン皇子という豪華な面々を交えて、本気で楽しむことにした。
「さて、本気で遊ぼうぜ! ダイン、釣りをしようよ。タウロスに釣り竿あったよな」
「ルアーがありますね。……川ですし、スプーンを使うのが良いでしょう」
「よし、やってみよう」
ダインが差し出した金属製のルアーを受け取る。
もう釣れる気しかしない。
「向こう岸の木の下あたり、あの上流側に投げ込むといいですよ。ゆっくり流しながらリールを巻いてみてください」
教えられた通り、二投、三投と投げ込む。
ダインには清流を泳ぐルアーの動きを追っている魚の影が見えるらしいが、残念ながら俺には見えん。
「もう少しですよ。……次、来ます」
もう一投。
ゆっくりとリールを巻いていくと……。
指先に伝わる感覚に集中していると、クンッ! と、ひったくるような強い衝撃が走った。
「来たっ!」
大きく竿をあおり、針をしっかりとかける。
重い。これまでに感じたことのない手応えだ。
「無理しちゃいけませんよ。糸が切れてしまいます。弛めれば針が外れますから、弛まないように気を付けて!」
ダインのアドバイスを聞きながら、少しずつリールを巻き、距離を詰めていく。
だが、魚も必死だ。一気に引っ張られ、リールから糸がどんどん出ていってしまう。
一進一退の攻防。
繰り返し踏ん張っているうちに、ようやく魚も疲れてきたのか、ついに岸まで引き寄せた。
「やった、デカい! 釣れたぞ!」
跳ねる銀色の魚体を抱え上げ、俺は声を張り上げた。
「これはなかなかのサイズですね。いやぁ、食べ応えがありそうだ」
ダインも満足げに頷いてくれる。嬉しさのあまり、思わず拳を天に突き上げてしまう。
そこへ、アルテオがトコトコとやってきて、不思議そうに首を傾げた。
「ねぇナバール。鎧うオーラを使えば、竿も糸も強化できて簡単に釣れるんじゃないの?」
「違う! そうじゃないんだよ!」
アルテオ、なんてことを言うんだ。
「釣りを楽しみたいのよ! んなこと言ったら、オーラを使ってスピード出せば手掴みでいけるっつーの。……ぜーはー、ぜーはー」
「ふーん、そういうもんなの?」
「アルテオだって、機械の構造が分かってたって、一から自分の手で作ってみたい時があるだろ? 魔法を使わず、部品を削り出して作ってみたいとかさ。そういうのないの?」
「……あー。なるほど、わかるわ」
納得したみたいだ。アルテオは妙に得心した様子で自分の作業に戻っていった。
森のあちこちで、仲間たちがそれぞれの役割に動いている。
料理担当はクロードとカイン。
オーウェンはルルーナ、そしてカミュと共に山菜集め。
アストリア王とボナヴィスタ王は狩りだ。王同士、連れ立って森の奥へ消えていった。
アルテオとサイリーンは、テントなどの設営を任されている。
やがて、クロードの手によって豪華な料理が並べられた。
トラウトの塩釜焼き、鹿肉の香草焼き、そして猪鍋。
みんなで囲む食卓は、これまでの疲れを溶かしていく。
そんな中、オーウェンがルルーナに声をかけた。
「ルルーナ殿、こちらの山菜も食べてみるといい」
「……あ、ありがとうにゃ。オーウェン様」
受け取りながらも、ルルーナはどこか落ち着かない様子だった。
(いつもの『ルルーナ殿』になったにゃ……。さっきの戦場では呼び捨てだったのに、また戻っちゃうんだにゃ……)
彼女が何を気にしているのか、今の俺にはまだ分からなかったけれど。
食事が概ね終わり、焚き火の爆ぜる音だけが響く静かな時間が流れる。
「……さて。腹も満たしたし、これからみんなでドワーフの国を目指さないとな」
俺が切り出した時だった。
「……あの、俺。ここに残って修行をしたいんだ」
カインが、揺れる炎を見つめたまま言った。
「召喚を、しっかり学びたいんだ」
全員が言葉を失った。
カインはアストリア王に向き直り、深く頭を下げた。
「王様、謝らなきゃいけないことがあります。魔族と戦った時、エルダートレントが俺の盾になってくれて……。俺のせいで、あのじいさんを死なせてしまって、本当にすまない」
カインの声が震えている。
「あのじいさん、俺のこと我が子だって言って、守れて良かったって……。初めて会った俺のことを家族だって守ってくれたのに、自分は弱くて、何もしてあげられなかった。それが悔しくてたまらねぇんだ。強くなりてぇ。エルフのことをちゃんと学んで、じいさんの思いに自分なりの答えを出してぇんだ。……頼む」
アストリア王が、ゆっくりと歩み寄り、カインの頭に優しく手を置いた。
「……辛かったね。エルダートレントは、君の中に流れるエルフの血を感じ取ったのだろうね。いくつものエルフの命が失われていく中で、懸命に戦う君を、彼からすれば赤子のような君を守ることができて、幸せだったのだと思うよ」
カインの瞳から、堪えていたものが零れた。
そうか、戦争の後、カインから感じていた違和感はこれだったのか。何かあるようだったが、気付いてやれなくてすまない。
「私も、残りたいにゃ」
ルルーナだ。カインの隣で、真っ直ぐに手を挙げた。
「おじいちゃんが危ないと思ったとき、無意識に青龍を呼んじゃった。でも、ちゃんと自分の力を制御したいにゃ。私、獣王国の情報部の役目があるけど、ボナヴィスタ王、お暇をいただけないでしょうか?」
ボナヴィスタ王は、豪快に頷いた。
「構わんぞ! エルフのことを学べる機会など、そうそうあるものではないからな」
カミュもまた、孫たちを見つめて微笑む。
「私もかまいません。むしろ、四聖獣についてもちゃんと知ってほしいですしね」
静かな決断が、焚き火の周りに広がっていく。
「……そうか。じゃあ、これからパーティーを分けよう」
ドワーフの国を目指すのは、ナバール、オーウェン、アルテオ、クロード。
エルフの国に残って修行するのは、カイン、ルルーナ。
少しずつ絆を深めながら集まった仲間たちが、それぞれの目的のために、別れる。
寂しいような気がするけれど、自分の信念のために動いている彼らの姿は、どこか眩しかった。
俺は焚き火の煙の向こう、木々の間に広がる星空を見上げながら、自分の考えをまとめていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
この物語のタイトルにある「コンプレックス」。
それは他人から揶揄されることだけではなく、誰にも言えず、自分自身の心の中で静かに負っている傷のようなものも含まれるのだと思います。
カインが抱えた「弱さへの悔い」も、彼にとっては重いコンプレックスの一つ。
でも、その心の痛みを知るからこそ、人はまた一つ強くなれるのかもしれません。
それぞれの想いを胸に、物語は動き出します。




