エピソード60:臆病者の行進曲
激闘の裏側で、もう一つの物語が動いていました。
今回はアルテオの視点から、援軍が到着するまでの軌跡を描きます。
そして、あの戦嫌いのダインがなぜ最強の軍師となったのか。
その意外すぎる理由が明らかになります。
装甲車グラン・タウロスが、砂塵を巻き上げて街道を爆走していた。
ハンドルを握るクロードの顔は、過労のあまり少し引き攣っている。
ルームミラー越しに見えるその表情は、まるで数年ぶりに帰宅して鍵を失くした男のような絶望感に満ちていた。ハハっ、おもしろい顔。
「……ねぇ、ダイン。本当に面倒くさいという理由で戦わないの?」
後部座席で優雅に茶を啜ろうとしていたダインに、アルテオがニヤニヤしながら問いかけた。
多少は揺れる車内でも一滴も零さずにカップを保持するその体幹は、ある種の見事さがある。
ダインは真顔で頷いた。
「当たり前ですよ、アルテオ殿。いいですか、争いというのは『痛い』んです。怪我をすれば血が出るし、服は泥や返り血で汚れる。一度汚れたシルクのシャツが元に戻ると思いますか? 喉は渇くし、何より相手の悲鳴を聞くのが精神衛生上よろしくない。耳栓をしていても骨に響くあの不快な周波数……想像するだけでお茶の味が落ちます」
ダインは遠くを見るような目で、見惚れるほどの男前な顔をして話してくれる。
その言葉の端々からは並々ならぬ「拒絶」と、本音は面倒だなって思ってるのが見えちゃった。
「平和が一番。私はただ、日当たりの良いテラスで美味しいお茶を飲んでいたいだけなんです。そのために、近づく不届き者をすべて弾き返す防御魔法を極めた……ただそれだけのことですよ。攻撃魔法を覚える暇があったら、茶葉の蒸らし時間を研究します」
その徹底した「平穏への執着」が、皮肉にも大陸最強の守護を司る聖獣『玄武』に気に入られたのだから、世界というのは本当に皮肉で、そしてすごいよねぇ。
「そんな私が、なぜ今回こんなに動いているか分かりますか? ……長引くと、お茶の在庫が切れるからです。エルフの里が物流の要所にありますからね。あそこが落ちれば私のティータイムが崩壊する。だから、さっさと終わらせますよ」
そう言って、ダインは何やらぶつぶつ言いながら凄まじい速度で書き物をし始めた。
覗き込むと、そこには驚くほど緻密な計算式と、街ごとの物資の備蓄量、さらには気温の変化による兵士の水分消費量までがびっしりと書き込んであったんだ。
彼は戦っているのではない。平和な日常に最短で帰宅するための「最適解」を弾き出しているのだから面白い。
大きな都市の入り口で、ダインはタウロスを降りた。
「アルテオ殿。私はここでやることがあります。あなたは一刻も早く、ボナヴィスタ王に会ってください。理屈はいりません、とにかく傭兵団を早く、最短で連れてくる直ぐに。いいですね?」
ダインが差し出した、血も涙もないほど効率化された計画書を受け取り、僕は思わずにやついちゃったよ。
「なるほどね。……僕は君みたいな人のこと、大好きだよ」
(ふふっ、絶対に敵に回しちゃいけない人だね。もし敵になったら、戦う前に生活基盤をすべて破壊されそうだ)
ベンドア獣王国。
ボナヴィスタ王は、僕から持ちかけられた「相談」に、豪快に鼻を鳴らした。
その咆哮のような笑い声で、謁見の間のシャンデリアが小刻みに揺れる。
「エルフの里エイシェンツリーに魔族十万だと? そこにナバール、オーウェン、カイン、ルルーナが突っ込んでいるのか。……で、エタンの王様である貴様が俺に頼みたいのは、救援の要請ではなく『キャンプ』への誘いだと言うのか?」
「ええ。僕が作ったスペシャルキャンピングカー・タウロスで、素敵な森へ遊びに行きませんか? エルフの里は今、ちょっとした騒がしい先客がいるみたいですけど。できれば、力自慢の方にたくさんご参加頂きたいのですが」
ボナヴィスタ王は一瞬の沈黙の後、椅子を蹴り飛ばさんばかりの勢いで立ち上がり、腹を抱えて笑い出した。
「ハハっ! なるほどな。エタンの王からの誘いとあれば断るわけにもいかん。我が国の精鋭たちも、最近は平和すぎて退屈していたところだ。よし、キャンプが好きで、狩りが得意な連中を集めていくとしよう。人数は多いほうが楽しいだろうからな!」
建前はキャンプ。だが、その中身は獣王国最強の傭兵団一万。
しかし、ここで大きな問題にぶつかる。通常、軍隊というものはそう簡単には動けないんだよね。
一万人を動かすには、数ヶ月分の食料を確保し、徴兵による農作の遅れを補填し、武器製造のラインを整えなければならない。さらに馬車や船での兵站線を確保し、街道の盗賊を排除し、前線基地には巨大な貯蔵庫と野戦病院を構える必要がある。これら全てを整えるには、本来なら数週間から数ヶ月の準備期間が必要になるんだよ。
「物資の準備が整うのを待っていたら、エルフの里は更地になる。だが、これを解決する方法を、あいつが用意してあるんだよね」
アルテオは、ダインの指示書通りに兵たちへ告げた。
「獣人族の驚異的な身体能力と機動力をあてにする。最低限の食料以外、重い鎧も余計な荷物も持つな。一日分のカロリーさえあればいい。即日出発だ」
重装備を捨て、身軽になった獣人たちの一万の軍勢。彼らは「キャンプに行くぞ!」という王の号令のもと、信じられないような速度で森を目指して駆け出した。
一日後。
不眠不休で数百キロを駆け抜けた一万の獣人軍の前に、一人の男が優雅に立っていた。
ダインだ。僕の思った通り、彼は最高の知恵者だった。
彼は先んじてこの都市の物資を根こそぎ確保し、一万の兵が到着するその瞬間に合わせて、温かい食事と予備の武具、さらには獣人たちの疲労を癒す特製の薬草茶までを完璧に整えて待っていたのだ。
まるで、最初からこうなることが運命づけられていたかのような、隙のない補給ポイント。
「お疲れ様です。一万人が三十分で食事を終えられるよう配置しておきました。さあ、ここからは森です。タウロスでも抜けられる道と、一万の精鋭を有効に使うなら……王家の抜け道を使いましょう。あそこから魔族の中腹を叩けば、彼らは後ろから襲われたと錯覚して一気に混乱します」
ダインの完璧な軍師ぶりに、僕は本当に驚いてしまった。
王を含めた最強部隊百名はタウロスで前線へ。残りの精鋭は、抜け道を通って魔族の横腹を強襲する。
「アルテオ殿、範囲魔法の準備を。魔族の密集地帯を狙ってください。特大で構いません、こちらでフォローしますから」
ダインの言葉を受け、僕はタウロスの屋根の上で魔力を練り始めた。
だが、その空が真っ赤に染まり、雲を焼き切りながら落ちてくる隕石の――それも一つではなく、巨大な質量の塊を目にした瞬間、ダインが慌て始めちゃったんだ。
「……ちょっ、アルテオ殿! 特大と言いましたが、やっぱりほどほどにお願いします! それはもう戦術魔法じゃなくて天災ですよ! ちょっと、まずい、死ぬ! 死にたくないから全力で防ぎますよ畜生!!」
「メテオフォールだよー」
能天気な叫びと共に、視界のすべてが純白の光に包まれた。
地響きが収まった後。
砂煙の中、玄武の半透明な防御壁に守られながら、ダインは力なく地面にへたり込んでいた。
眼前に広がっていた魔族の軍勢は、もはや影も形もない。
僕はとっても満足して、心地よい達成感と共にタウロスの上で笑ってた。
「いやぁ、楽しかったね!」
「全然楽しくないですよ!! 寿命が三百年は縮みました! 縮んだ分のお茶、最高級の茶葉で一生分請求しますからね!!」
ダイン、とっても面白い。また一緒に冒険したいな。
今度はもう少し、静かなお茶会でもいいけれど。
最後までお読みいただきありがとうございます!
「軍隊はすぐには動けない」というリアルな問題を、ダインの徹底的な効率化で突破する回でした。
戦争が大嫌いだからこそ、誰よりも早く終わらせようとする。
そんなダインと、それを楽しむアルテオのコンビ、書いていてとても楽しかったです。
次回も楽しみに!




