エピソード59:王たちの献身
激闘を終えたエルフの里。
勝利の余韻に浸る間もなく、王たちの会談が始まります。
ナバールの折れた剣、そして次なる旅路。
今回は少しだけ賑やかな「戦後処理」のお話です。
戦場に静寂が戻る。
俺は城壁の淵に座り、眼下に広がる光景を眺めながら今回の戦を振り返っていた。
冷静に考えれば、奇跡に近いんじゃないかな。
魔族の軍勢十万。
対するこちらはエルフ軍三万と、後から駆けつけた獣王国の一万に過ぎない。
だが、勝敗を分けたのは数の暴力ではなかった。
アルテオが放った戦略級魔法『メテオフォール』。それが敵の密集地帯を消し去り、恐怖を植え付けた。
さらにダインが召喚した『玄武』。あれが大地を泥濘に変え、敵の機動力を封じた。
逃げ場を失い、恐怖で統制を失った十万の群れは、もはや軍隊ではなかった。
そこへ獣王国の精鋭が、抜け道から横腹を突いたんだ。
……数ではなく、知略と個の力が、十万の『烏合の衆』を追い散らしたのだと俺は結論づけた。
里では、すでに戦後処理が始まっている。
魔族の遺体は疫病や呪いを防ぐため、一箇所に集められて焼き払われる。黒い煙が空を汚していく。
一方で、命を落としたエルフの兵たちは、里の聖域へと運ばれている。
彼らの身体は土に還され、その上には新しい苗木が植えられる。
数百年後、彼らはこの里を守る巨木へと育つんだってさ。
やがて、砦の広間で王たちの会談が始まった。
アストリア王が、俺、アルテオ(エタン)、ボナヴィスタ王へ向かって深く、深く頭を下げた。
「本来なら、我が国は滅びていた。命を賭して戦ってくれた三国には、感謝の言葉もない。……正式に同盟に加わり、国交を開きたい。ついては、友軍への戦費精算と損害補填について話をさせてくれ」
だが、アルテオは首を横に振り、大げさにため息をついた。
「困りますねぇ。タウロスを走らせて、エタン王である私直々にボナヴィスタ王たちを連れてきたんですよ?」
「おっ、おい、アルテオ……」
思わず声が出た。王が頭を下げて補償の話をしているんだぞ。
すると、ボナヴィスタ王もアルテオと顔を見合わせ、呆れたように肩をすくめた。
「全く、話になりませんな。アストリア王、我々の目的を分かっていない。私たちが体を張ったのは、この森が目的ですよ。ここは美しい、利用価値がある……」
「ちょっ! ボナヴィスタ王まで何を……!」
俺が止めに入ろうとすると、アストリア王は全てを受け入れる覚悟で頷いた。
「いや、いいんです。あのままでは国が滅んでいた。領土の分配も考慮しましょう」
そんな王へ、ボナヴィスタ王はニヤリと笑ってウインクした。
「我々は、アルテオ王に誘われて森に『キャンプ』をしに来たのだよ」
「僕のタウロスは最高級のキャンピングカーだからね。みんなで遊びに来たら、魔族とかいう不法占拠者がいたから排除しただけさ」
「そういうことだ。戦争の賠償なんて、訳の分からん話はやめてくれ。同盟なんぞはいくらでも結んでやるわ」
ボナヴィスタ王は豪快に笑い、横に座る皇子に話を振った。
「サイリーン、事務的な書類は任せたぞ」
「クロード、エタンとドラグーンのも頼むよ」
「えーっ、またですか!? ずっとタウロス運転してたじゃないですか!」
クロードが言い返すが、アルテオは意地悪く笑っている。
俺は、二人の王の優しさにホッと胸を撫で下ろした。
正式な軍の派遣となれば、莫大な補償が必要になる。
それを「遊びに来た」と言い張ることで、エルフの里に一切の借りを作らせないつもりなんだ。
ボナヴィスタ王、あんた器がデカすぎるよ。
「……じゃあ俺も、飯と寝るとこ頼むわ。俺も友達のじいちゃん(カミュ)に会いに来ただけだしな」
アストリア王は、今度は感謝の涙を瞳に浮かべ、もう一度深く頭を下げた。
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案内された部屋で一息ついた頃には、窓の外は深い藍色に包まれていた。
だが、里は静まり返るどころか、勝利と生存を祝う熱気が俺の肌にも伝わってくる。
今夜は、エルフの流儀による宴だ。
広場に並べられた長机には、見たこともないような森の馳走が並んでいた。
まず目を引いたのは、芳醇な香りを漂わせるジビエのカルパッチョだ。
仕留めたばかりの鹿や鳥の肉を、香りの強い広葉樹のチップで軽く燻し、宝石のように薄くスライスしてある。
口に運べば、燻製の香ばしさの後に、野生味のある肉本来の甘みがとろけるように広がった。
「こっちは、大きな薬草の葉で包んだ蒸し焼きか。いい香りだにゃあ!」
ルルーナが鼻をひくつかせる。
手のひらよりも大きな、香りの強い広葉樹の葉で肉を包み、それを解けないよう蔦で丁寧に縛り、熱した石と共に土の中で蒸し焼きにした料理なんだって。
葉を開いた瞬間、閉じ込められていた真っ白な湯気と共に、森の清涼な香りが一気に立ち上り俺の食欲は全開だ。
驚くほど柔らかくジューシーな肉からは、噛むほどに滋味深いスープが溢れ出し飲み込むのがもったいない。
「この肉の締め方、それに石の温度管理はどうなっているんですか?」
クロードが料理人に熱心に聞き込んでいる。
戦場ではずっとハンドルを握りっぱなしだったが、ようやく彼にも日常が戻ってきたようだ。
宴が盛り上がる中、俺は王たちと共に静かな一角で杯を傾けていた。
「……それにしても、ギルフォードか」
ボナヴィスタ王が口にしたその名に、その場の空気がわずかに冷えた。
ドラグーンを襲撃し、この里をも蹂躙しようとした男。
奴の強さは、これまでの魔族とは一線を画していた。
「今回、奴を退けられたのは『四聖獣』が揃ったからに他なりません。カミュ、ダイン、そして若きカインとルルーナ。純血しかできないと言われてきた召喚を、エルフの血が薄い二人がやってのけてくれた」
アストリア王の言葉に、俺は傍らで大人しくしているカインに視線をやった。
あいつは少し照れくさそうに、けれどどこか心ここにあらずといった様子で頷いている。
「だが、俺の力不足で、父から受け継いだ剣を折られた」
俺は腰の鞘から、無残な姿になった王家の宝剣を抜き、机に置いた。
それが今は二つに折れて、過去の栄光として転がっている。
「ねぇナバール、これセト様の牙から打たれた剣なんでしょ? セト様に新しいの貰えばいいじゃない」
酒を煽りながら、アルテオがまるで「おかわりを頼めば?」くらいの軽いノリで言った。
「……お前なぁ。セト様は俺たちの始祖様だぞ? 慈悲深くこの上なく優しい、気高い女性に会いに行って早々『歯を一本抜かせてください』なんて言えるわけないだろ!」
俺の全力のツッコミが響いた、その時。
宴の喧騒から遥か遠く、ドラグーンの聖域でまどろんでいたはずの始祖竜セト様は、突如として背筋を走った得体の知れない悪寒に、美しく白い身体を「ビクッ!」と激しく震わせた。
(……な、何かしら、今の恐ろしい寒気は……。誰かが、私の身体に対してとんでもなく不吉で無慈悲な相談をしている気がするわ……っ)
慈悲深き始祖様は、まだ見ぬエタン王の図々しさに本能的な恐怖を感じ、思わず尻尾を丸めて身をすくませるのだった。
「アストリア王、この里に……あるいはこの大陸に、これを打ち直せる鍛冶師はいるか?」
王は折れた剣身をそっと指先でなぞり、悲しげに首を振った。
「残念ながら、エルフは繊細な細工は得意だが、王家の剣に宿る魂までを叩き直す技術はない。……だが、心当たりならある」
王の視線が、北の空に向けられた。
「霊峰スインウィッシュの麓、雲を突くような峻険な山嶺に住まう頑固な連中だ。彼らドワーフの技術ならば、あるいは君の剣に再び息を吹き込めるかもしれない」
ドワーフの国。
世界最高の槌音が響くという、職人の聖域か。
「ただし、彼らは我ら以上に排他的だ。……特に今は、魔族の動きもあるから警戒をしているんじゃないかな。一筋縄ではいかないだろうね」
アルテオがニヤリと笑い、俺の肩を叩いた。
「いいじゃないか、ナバール。キャンプの次の目的地は決まったね。北へ向かうなら、タウロスの寒冷地仕様のテストもできるし一石二鳥だね」
呆れながらも、俺の胸には新しい火が灯っていた。
折れた剣を打ち直し、ギルフォードと再戦しないとな。
エルフの里に流れる穏やかな音楽を聴きながら、次の旅のことを自分はどうしたいかを考えていた。
最後までお読みいただきありがとうございます!
戦い終わって、ようやくの宴会回でした。
アルテオとボナヴィスタ王の「粋な計らい」と、とばっちりを受ける始祖竜セト様。
ナバールの剣を巡り、物語は新たな地、ドワーフの住まう北の山脈へと動き出します。




