エピソード58:逆転の行進曲
エルフの里を襲う十万の魔族軍。
防衛ラインは限界を迎え、誰もが絶望を覚悟したその時、戦場に響き渡る声。
逆転の行進曲、ついに開演です!
エルフの里を囲む城壁――ギルフォードが穿った巨大な穴には、将軍オーウェンが仁王立ちとなって迫りくる魔族を斬り伏せていた。
カミュとルルーナも応戦しているが、状況は限界に近い。前線へ向かおうとする俺も、ボロボロの身体を無数の敵に阻まれ、思うように進めずにいた。
くそっ、あと数メートルが遠い!
エルフ軍の防衛ラインは今にも決壊しそうで、あのアストリア王までもが前線に立ち、自ら剣を振るっていた。
「アストリア王、あなたに万が一のことがあったら困るんですがね!」
カミュが叫ぶと、王は激戦の最中だというのに、ふっと余裕の笑みを浮かべた。
「ハハッ、私はこれでも強いからね。しばらくしたら指揮に戻るよ。しかし驚いたな、まさか四聖獣を召喚する者が現れるとは」
「……ええ。純血しか召喚できないはずなのに、獣人の血が濃い私の孫たちが……」
「青龍、白虎は私も久々にお目にかかったよ。契約なしで呼び出すとは、よほど聖獣に気に入られたのだろうな。あとは『玄武』がいれば、すべて揃うのだが」
「本来、こういう大軍との戦いほど玄武は力を発揮しますが……あの戦嫌いにそれを望むのは酷というものでしょう」
二人が視線を交わした、その時だった。
「な、なんだあれは!?」
エルフ兵の絶叫が響く。
砦の巨躯にも匹敵するジャイアントが数体、大地を震わせながら進んでくる。
足に伝わる地響きとともに絶望が伝染し、前線の兵たちの戦意が目に見えて失われていく。
恐怖のあまり弓を引く手がプルプルと震える者。諦めて弓を投げ出す者。
踏みつぶされ、薙ぎ払われる兵たち。召喚士を失った召喚獣たちが、霧のように次々と消えていってしまう。
だが、その絶望を切り裂くように、空が真っ赤に染まった。
太陽が落ちてきたのかと錯覚するほどの火球から放たれる熱波が、俺たちの頬をひりつかせる。
「メテオフォールだよー」
能天気な叫び声。
「……来てくださいましたか」
オーウェンが安堵の吐息を漏らし、カインが声を荒らげる。
「もう! 少し早く来てくださいよ!」
「ハハッ、きっと助かったにゃ……」
疲労困憊のルルーナも、力なく笑った。
「待ちくたびれたぞ! でも、ありがとう!」
俺――ナバールが全力で叫ぶ。
ん? これ、俺たちも危ないやつじゃないか?
てか、味方のエルフ軍も思いっきり範囲に入ってるぞ!?
ドォォォォォンッ!!
着弾の寸前、最前線に巨大な亀の召喚獣――四聖獣の『玄武』がその姿を現した。
玄武が放つ重圧で大地は泥濘と化し、ジャイアントの動きを完全に封じ込める。さらには巨大な水の壁が生成され、エルフ兵たちを猛火から守り抜いた。
「みんなお待たせー!」
砂煙の中から現れたのは、装甲車グラン・タウロス。その上に仁王立ちしているのは、あの男だ。
「アルテオ!」
仲間たちの叫びが戦場にこだまする。
「アルテオ殿! 困ります、危うく我々の軍や仲間まで吹き飛ぶところでしたよ!」
玄武の上から突っ込みを入れたのは、召喚主であるダインだった。
「ごめんごめん、カッコよく登場しようと思ったら、あんな火力になっちゃった」
アルテオの軽い謝罪に、ダインは苦笑するしかない。
「本当は戦いなんて嫌いなんですけどね。従兄弟のカミュの孫たちが頑張っているのに、私だけ逃げるわけにはいきませんから」
しかし、まだジャイアントは残っている。
「わしらの出番だな!」
タウロスから飛び出したのは、獣王国ボナヴィスタ王、サイリーン皇子、そしてライオスの三人。さらに彼らを追って、獣王国の精鋭傭兵団が雪崩れ込んできた。
阿吽の呼吸で連携し、あっという間にジャイアントを斬り倒していく様は、まるで熟練の木こりのようだ。
そして何故か、魔族軍の中腹辺りを獣王国の別動隊が横から鋭く斬り込んでいく。
大混乱に陥った魔族は隊列を崩し、統制を失い始めていた。
傭兵国家の圧倒的な武力による奇襲の前に、魔族軍はついに敗走を始めた。
「我々の勝利だー!」
アストリア王の宣言が、勝利の勝鬨となって戦場を震わせた。
俺は膝をつき、激しく乱れた呼吸を整える。
そこへ、タウロスを降りたアルテオが何食わぬ顔で歩いてきた。俺はふらつく足で立ち上がり、あいつに詰め寄る。
「アルテオ! お前マジで助かったけど、あのメテオ、俺たちまで巻き込む気だっただろ!」
「ひどいなナバール。ちゃんと計算して……『大体』あの辺に落としたんだよ。ほら、結果オーライじゃないか」
「『大体』でメテオを落とすな! 王宮魔導師たちが聞いたら気絶するぞ!」
俺たちのやり取りに、周囲の緊張が少しずつ解けていくのを感じる。
だが、その喧騒から離れた場所で、カインが一人、崩れ落ちるように膝をついているのが気になってしまった。
「……カイン?」
俺の呼びかけに、カインは震える声で答える。
「大丈夫……初めての大きな戦場で、疲れてるだけです……」
「そうか。俺もだよ。今はゆっくり休もうな」
カインの背中に宿る深い影に気づかないまま、俺は彼の肩を叩いた。
傍らでは、玄武を消したダインが「ふぅ……もう一生分の勇気を使いましたよ……」とその場にへたり込んでいた。
「よくやった、ダイン。お主の玄武に救われた者がどれほどいるか。誇りに思うぞ」
カミュが優しく肩を叩くと、アストリア王も歩み寄り、深く頷いた。
「私からも礼を言わせてくれ。戦嫌いのダインを引っ張り出したのは心苦しいが、君は今日、この里の英雄だ。親族としても嬉しいよ」
「獣王国の別動隊に指示したのもダインだろ? エルフの秘密の抜け道を他国に教えてしまって」
「なるべく早く戦さが終わればと思ってね」
一方、ルルーナは壁に寄りかかり、荒い呼吸を整えていた。
「……全く、無茶苦茶な連中だにゃ。特にあのアルテオ様は……」
「ルルーナ。怪我を見せてみろ」
背後から現れたオーウェンが、いつになく真剣な表情で彼女の肩に手を置いた。
(いつも『ルルーナ殿』と呼ぶオーウェン様が呼び捨て……びっくりしたにゃ……)
彼女は内心で驚きながらも、顔を背けた。
「……っ! 大したことないにゃ、かすり傷です」
「嘘をつけ。無理をしたな。後は俺たちが引き受ける、少し休め」
「……オーウェン様こそ、ボロボロじゃないですか。……ま、今回だけは甘えておこうかにゃ」
不器用な気遣いに、ルルーナは少しだけ照れくさそうに目を伏せた。
やがて、戦の熱気が静まり返る。
俺はふと思い出し、腰の鞘から「それ」を抜き放った。
「……打ち直す、か」
手元に残った、無残に折れたドラグーン王家の宝剣。ギルフォードの嘲笑が、まだ耳の奥で鳴り止まない。
「……となると、やはり『あの国』へ行くしかないか」
俺は地面に刺さっていた刃の破片を拾い上げ、布で丁寧に包んだ。
仲間たちが守り、誰かが託してくれたこの平和。俺はここで止まっているわけにはいかない。
俺たちの「行進曲」の次なる楽章は、世界最高の技術が集う、槌音が響く山嶺へと続いていくんだろう。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ついにアルテオと獣王国の援軍が到着。
四聖獣が揃い、形勢は一気に逆転となりました。
戦いの終わりは、新しい物語の始まりでもあります。




