エピソード5:混血の竜人化
真っ白な空間で待ち受けていたのは、始祖たる守護竜セト。
そして、ナバールが最も向き合いたくなかった「己の弱さ」でした。
扉の奥は、どこまでも純白に輝く、息を呑むほど美しい空間だった。
その中央に、圧倒的な存在感を放ちながら、優雅に浮かぶ竜の姿があった。
全身が真珠のように輝き、一つとして汚れたところのない純粋な美しさを持つセト。
竜人族の始祖にして、この祠の守護者。
彼女の瞳は、数千年の時を超えてすべてを見通すかのように、私を真っ直ぐに見つめていた。
「よくぞ参った、アランの息子よ」
セトの声は、清らかな泉のせせらぎのように心地よい、慈愛に満ちた女性の声だった。
「お前の血は、竜の誇りと人の優しさ、その両方を持つ。それは、これから始まる混沌の時代において、断絶を繋ぐ力となる。だが、その混ざり合った血がお前にもたらす『迷い』こそが、今お前が打ち克つべき敵だ」
セトの横に光が収束し、私と全く同じ容姿の幻影が出現した。
「試練は、お前自身との戦い。お前が最も見たくない、己の弱さの姿だ」
幻影の私は、嘲るように笑った。
「その剣を構えるのか、半端者。鱗もない、翼もない。お前の内に流れる竜の魂は、この醜い人間の肉体に閉じ込められている。お前には、純血のドラグーンを率いる資格などない!」
幻影の言葉は、私が心に押し込めていたコンプレックスを直撃した。
幻影は完璧な魔法制御で四属性の呪文を連射し、私を執拗に追い詰めてくる。
「うるさい! 私がこの姿だからって、何だ……っ!」
恐怖と怒り、そして迷いが魔力に乱れを生じさせる。
力が霧散しそうになった瞬間、父の静かな訓示が甦った。
『自らの弱さと、愛する者のために立つ勇気だ』
私は目を閉じた。
そうだ。父も母も、この姿の私を愛してくれた。
私の強さは、外見の完璧さなどではない。
この血こそが、ドラグーンとエタン魔導国、そして他の種族を繋ぐ希望の鎖なのだ。
「これが、私の『竜の魂』だ!」
私は無理に鱗や翼を出そうとするのをやめ、全身の魔力を、母から受け継いだ「人間の肉体」そのものへと集中させた。
内側から熱が噴き出し、身体能力が限界を超えて向上する。
混血である私が、初めて完璧にコントロールできた「人間姿の竜人化」だった。
外見は変わらずとも、その内なる力は、純血の竜人族に匹敵する強靭で淀みのないものだ。
私は一瞬にして加速し、二刀流の剣を幻影の懐に突き込んだ。
キンッ!
幻影の剣が砕け、その体が光の粒となって霧散していく。
セトは満足そうに頷いた。
「よくぞ、己の姿を受け入れた。真に王の器を持つ者だ」
セトは優雅な前足を上げると、純白の鱗の間から竜の紋章をかたどったペンダントを出現させ、私の首元にそっと掛けた。
「これこそが、お前の王位継承権の証だ」
次に、セトは自らの鋭い爪の一本を抜き、それを一瞬で私の左手に持つ短い剣へと変じた。
それは白銀に輝き、神聖な力を秘めている。
「この剣『白竜の爪』は、お前の血が真の価値を持つ時、世界の混沌を迎えるための特別な備えだ。混血の力は、時に不安定になり、竜人化を乱す。その短剣はお前の魔力の乱れを抑え、あらゆる魔の力を断つ調律の剣となるだろう」
セトは私へ、静かで力強い訓示を与えた。
「ナバールよ、心に刻め。『断絶を恐れるな。お前の血が、世界を繋ぐ真の鎖となる』。お前が迷った時、この言葉を思い出し、前に進め。それがお前の進むべき道だ」
私は深く一礼し、証と剣を受け取った。
短剣は光の粒子となって左手に吸い込まれていく。
竜の間を出ると、オーウェンが安堵の表情で駆け寄ってきた。
「ナバール様! ご無事で! そのペンダントは……」
「ああ、オーウェン。見ての通りだ」
私は笑い、胸元のペンダントに触れた。
「試練は合格だ。父さんから受け継ぐための、最初の証をもらったよ」
帰路の道中、私は大きな勇気と安心感に満たされていた。
混血であるというコンプレックスは、もう私を縛らない。
しかし、セトが幾度となく口にした「世界の混沌」という言葉と、特別な短剣の存在が、私の心に微かな胸騒ぎを残していた。
これは、ただの成人の儀では終わらない。
これから、何か大きなことが始まる予感だった。
エピソード5をお読みいただきありがとうございます。
自分を認め、ありのままの姿で戦う。
ナバールがコンプレックスを乗り越えた瞬間、彼は真の意味で「王位継承者」となりました。
授けられた短剣『白竜の爪』。
セトが案じた「世界の混沌」とは何を指すのか、物語は静かに加速していきます。




