エピソード51:エルフの誇り、人間の意地
エルフの里での一夜が明け、ついにアストリア王との謁見が叶います。
語られるのは、里を覆う絶望的な戦況。
王の言葉の裏に隠された真意を、アルテオが冷徹に暴き出します。
翌朝、差し込む柔らかな光とともに目を覚ますと、香ばしい肉の焼ける匂いが鼻をくすぐった。
「おはよう、諸君。よく眠れたかな?」
声をかけてきたのは、昨夜宿を提供してくれたカミュの従兄弟、ダインだ。
金髪で耳が長い、いかにもエルフらしい風貌だが、その腹はエルフのイメージよりはほんの少しだけ……いや、中年の手前といった感じでちょいぽちゃといったところか。
決して太っているわけではないが、人間でいえば「働き盛りのおじさん」といった親しみやすさがあって話しやすい。
食卓には、焼きたてのパンと温かいスープ、そして見事な焼き色のついた肉が並んでいた。
「へぇ、エルフも肉を食べるんだな」
「ハハハ! そりゃそうさ。御伽話じゃ木の実と野菜だけ食ってるように思われてるらしいが、これがないと力が出ない。火も金属も、普通に使うよ。そうじゃないと生活できんからね」
話を聞けば、エルフの常識は俺たちの知る伝承とは随分違っていた。
精霊魔法は純血なら誰でも使えるが、混血で使えた者は過去にいないこと。
武器は剣も槍も扱うが、やはり一番人気は弓であること。
「ちなみに、ダインさんはいくつなんだ?」
「私か? 二百歳を少し超えたくらいだ。カミュも同じくらいだよ。里には千歳を超える御仁もいるから、我々なんてまだまだ若造さ。王のアストリア様でも四百歳くらいだしね」
二百歳で若造か……。
時間の感覚が違いすぎて目眩がしたが、里の穏やかな朝の空気も相まって、この時はまだ、これから起こる悲劇の足音には気づいていなかった。
朝食後、俺たちは改めてアストリア王との謁見に臨んだ。
また昨日のように、面倒な奴が出てくるんだろうな……と思っていたら、昨日の高官とは違い、今日はすんなりと奥へ通された。
現れたアストリア王は、二十代後半から三十代に見える、驚くほど美しい男だ。
色白の肌に輝くような金の髪。御伽話から抜け出してきたような、まさにエルフの王そのものだった。
アストリア王は側近たちを下がらせ、俺たちとだけ向き合った。
「他国の王を蔑ろにしてしまい、申し訳なかった。この国の体質のせいで、多大な不便をかけたことを詫びよう」
王の言葉は、昨日の高官による冷淡な対応とは打って変わり、誠実さに満ちていた。
あまりの低姿勢に、俺の方がたじろいでしまうほどだ。彼はドラクーンとエタン、両国からの親書にもしっかり目を通してくれていた。
「だが……残念ながら、今は協力体制を敷くことはできない。タイミングが悪すぎた。現在、我が国は魔物と魔族の大軍による襲撃を受けている。国民も疑心暗鬼になっており、今ここで他国と手を組めば、かえって国内が割れるだろう」
「もしよろしければ、俺たちも力になります」
俺の申し出に、アストリア王は悲しげに首を振った。
「気持ちは嬉しい。だが、君たちに力があったとしても、国民は快く思わないだろう。最悪の場合、君たちが敵対視されることすらありうる。……伝令によれば、魔族領側から十万を超える大軍が迫っているそうだ」
十万。その数字に、オーウェンの顔が強張った。
「エルフの人口は五、六万。戦えるのはその半分、三万といったところだ。……だが、案ずることはない。精霊魔法と召喚術を駆使すれば、十万程度なら退けられる。君たちは今のうちにこの国を離れなさい。巻き込む必要はないのだから」
アストリア王はそれだけ言い残すと、自らも出陣の準備があると言って、足早に部屋を去った。
ともに戦いたいという俺たちの言葉を、完全にシャットアウトして。
宮殿を出てダインさんの家で今後のことを考えさてもらうことにした。
先程からずっと難しい顔をして考え込んでいたアルテオが、ぽつりと呟いた。
「嘘だね」
「嘘……? 何がだ、アルテオ」
「アストリア王の言葉だよ。十万なら問題ないなんて、とんだデタラメだ」
アルテオは、無機質な計算機のような瞳で空を仰いだ。
「エルフは一人で十人以上の魔物を倒せる精鋭だ。だが、命の重みが違いすぎる。魔族はゴブリンのようにすぐ増える駒を捨て駒にする。対してエルフは、一人の戦士を育てるのに百年かかるんだ。相打ちで勝っても、エルフ側にとっては未来を失う『大敗北』になる」
さらに、持久戦の絶望。
三万のエルフが交代なしで二十四時間、十万の猛攻を受け続ければ、一週間も持たずに崩壊する。
補給路を断たれ、森の守りである大樹を囲まれれば、そこはただの屠殺場だ。
「おそらく、このままではエイシェンツリーは壊滅する。王は僕らを守るために、わざと嘘をついて逃がそうとしたんだろうね」
その言葉に、一番に反応したのはルルーナとカインだった。
「そんな……。じゃあ、お爺ちゃんは? 前線にいるカミュお爺ちゃんはどうなるの!?」
「嫌だ……俺、助けに行く! まだ会ってもいないのに、死なせるなんて絶対に嫌だ!」
泣きそうな顔で叫ぶカインに、オーウェンが「危険すぎる!」と割って入る。
だが、二人の決意は固かった。
俺は……。
俺の中で、二つの思考が激しく衝突していた。
(俺は王だ。エルフのために、自分の命、そしてアルテオやクロードという一国の要人を犠牲にしていいのか? そんな天秤、許されるのか……?)
だが、冷徹な戦略的判断が俺の背中を押す。
エルフが落ちれば、次は獣王国だ。そしてその先にあるのは俺たちの国。
ここで退けば、世界は順番に食いつぶされる。
(それに……。あの時掴んだ『オーラの鎧』。あれがあれば、この絶望的な数の差を、俺の手でひっくり返せるんじゃないのか?)
拳を強く握りしめる。
血が滲むほど噛み締めた唇から、決断の言葉が漏れた。
「……やるぞ。これより、勝手にエルフを救援する」
俺の宣言に、仲間たちの視線が集まる。
「アルテオ、クロード。お前たちはタウロスで全速力で獣王国に戻り、援軍を要請してくれ。ダインさん、あんたもタウロスに乗ってくれ。森の案内役だ」
「へっ!?私も?一応、こう見えてエルフの召喚士なんだけど……」
「な、ナバール様!? 護衛将軍としてそんなこと認められません!」
「オーウェン、お前はルルーナを死んでも守れ。これは主君としての命令だ」
俺は、隣に立つカインの肩を叩いた。
「俺とカインは、二人で先行して敵の軍勢を食い止める。……カイン、あんたのお爺ちゃんを、死なせやしない。いいな?」
「ナバール様……。おう、やってやるぜ!」
十六歳の王。
その肩にはあまりに重い国を背負っているが、今はそれ以上に、目の前の大切な絆を守るために、俺はオーラの輝きを身に纏った。
空には不穏な黒い雲。
だが、その下を駆ける俺の足取りに、もはや迷いはなかった。
最後までお読みいただきありがとうございます!
一国の王としての責任と、仲間を想う個人の感情。
ナバールの下した決断が、エルフの運命を大きく変えようとしています。
次回、ついに戦場へ。
圧倒的な不利な状況に、どう立ち向かうのか?
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