エピソード49:キャンプの夜は、騒がしくも温かく
次なる目的地、エルフの国を囲む「迷いの森」を目前に、一行は久々の野営をすることに。
戦いの合間の束の間の休息。
賑やかな食事の裏で、新しく仲間になったルルーナが秘めた「過去」を語り始めます。
獣王国の活気ある街並みが遠ざかり、俺たちを乗せたグラン・タウロスは深い緑の海へと分け入っていく。
エルフの国を囲む『迷いの森』。
その入り口まであとわずかという場所で、俺たちは久しぶりの野営をすることに決めた。
タウロスの車内は快適そのものだが、ここから先は物理的な地図も通じない未知の領域だ。
英気を養う意味でも、一度地面に足をつけて火を囲む時間は必要だった。
――といってみたが、焚き火を囲みながら見る星空をまた見たかっただけだったりする。
今回の役割分担は、これまでの長旅で培われた阿吽の呼吸で自然と決まっていく。
そうしないとアルテオが「料理」と言い出しかねないからだが……。
「よーし、今夜のおかずは俺が確保してやるからな! 姉ちゃん、どっちがデカい魚を釣れるか勝負だ!」
「あ、待ってカイン、一人で走ると転ぶよ。……もう、元気なんだから。オーウェン様も一緒に行きませんか?」
「は、ははは! もちろんご一緒します、ルルーナ殿! このオーウェン,騎士の誇りにかけて、夕食の主役を釣り上げてみせましょう!」
釣り竿を手に川へ向かう三人の後ろ姿を見送る。
カインは相変わらずの元気さだが、その後ろで、ルルーナのクノイチ装束の背中を食い入るように見つめながら付いていくオーウェンの姿には、少しだけ同情を禁じ得ない。
(おいオーウェン、見過ぎだ。……嫌われてもしらねえぞ)
「さて、ナバール様。夕食の準備を始めます。アルテオ様には、野営地の設営をお願いしてもよろしいでしょうか?」
クロードが食材を並べながら、俺に鋭い目配せをした。
彼の背後では、アルテオが不穏な独り言を呟きながら包丁を握ろうとしている。
「あー、アルテオ! ちょっと設営を頼めるか! 俺一人じゃこの巨大なタウロスの周囲に防衛線を張るのが大変なんだ。お前の知恵が必要なんだよ、頼む!」
「え? ああ、ナバールがそこまで言うなら仕方ないね。確かに、物理障壁の配置は僕が計算した方が完璧だし」
なんとかアルテオを調理場から引き剥がし、俺たちは防衛用の杭を打ち込み始めた。
あいつを台所に立たせて、明日動けなくなるわけにはいかない。
俺とクロードの連携プレイも板についてきたな。
(オーウェン視点)
森の合間を縫うように流れる川縁では、心地よいせせらぎの音が響いていた。
だが、私の心の中は、かつてないほどのカオスに見舞われていた。
「……また釣れたニャ! カイン、これでお夕飯はバッチリだニャ!」
「さすが姉ちゃん、やるなあ。俺も負けてらんねえ!」
隣で楽しげに竿を振るルルーナ殿は、釣りの腕前も超一流だった。
しなやかな動作で次々と川魚を釣り上げ、そのたびに装束が日光を反射して美しくたゆたう。
ルルーナ殿を見ていて私の心もたゆたゆー。
おっといけない、私の心は溶けはじめてしまってるようだ。
気持ちを律して私は竿に集中するが、先ほどからピクリとも反応がない。
騎士として、彼女に良いところを見せたかったなぁ。
巨大な魔物を一刀両断にする力はあっても、魚の一匹も誘い出すことができないとは……!
「……オーウェン様、エサの付け方が少し甘いのかもしれません」
不甲斐ない私を見かねたのか、ルルーナ殿が――ひょいとぉー――隣に座ってきたのでありまするるる!
【緊急警報:オーウェンの精神に応答ありません!】
【ダメです! 完全に制御不能です! まさか、暴走……!?】
「ひょ、ひょえっ!?」
わわわ私の手に自分の手をそそそそっと手を重ねてくるるんではないですくわぁー!
「そんなに力んじゃダメですよ。こうやって、少しだけ揺らして誘うのがコツなんです……あ、ほら!」
【オーウェン、活動限界です。完全停止します】
重なる手の感触、至近距離にある彼女の笑顔。
私の心臓は、先日の激闘をも凌駕する速度で鼓動し、顔面は火照るように熱い。
あー、死を迎えるなら、戦場でナバール様をお守りして散りたいなんて思っていたけど、あれは思い違いだったんだ。
私は今このまま逝ってしまっても構わない……。
ルルーナ殿に支えられて竿を引くと、銀色の魚体が水面を割って躍り出た。
「や、やりました……! やりましたぞ、ルルーナ殿! 見てください、見事な獲物です!」
危なかったー。なんの目的も果たさずに一人逝ってしまうところだった。
「よかった! とっても大きな魚ですね! さあ、クロード様に届けて焼いてもらいましょう」
ルルーナ殿とのひと時。そして一緒に釣り上げたこの一匹。
私は言葉にできない気持ちと感動と魚を手に調理場へと向かった。
(ナバール視点に戻って)
辺りが夜の帳に包まれる頃、焚き火の周りには、食欲をそそる香りが漂っていた。
「……うまっ。これ、米だよな? なんでこんなに落ち着く味なんだ」
「はい。味噌と呼ばれる発酵調味料を使って、汁物を作ってみました。肉と根菜の旨味が効いています」
クロードが作った『豚汁』のような温かい汁物と、ふっくら炊き上がった米。
そして、オーウェンが誇らしげに持ってきた塩焼きの魚。
長旅で疲れた身体に、温かい食事が染み渡っていく。
「……ふむ。味は悪くない。だがやはり栄養効率としては改善の余地があるね。次は僕が、理論上完璧な栄養を凝縮した特性の――」
アルテオが何かを言いかけた瞬間、俺、クロード、オーウェン、そしてカインの動きが完全に静止した。
「「「「絶対ダメだ!!」」」」
「えっ、何のことですか? アルテオ様はお料理されるんですね! 私は楽しみですよ?」
何も知らないルルーナが、無垢な笑顔で首を傾げる。
カインが慌てて姉ちゃんの肩を掴み、かつてないほど真剣な眼差しで「姉ちゃん、それだけは死んでも食うな。頼む、あんな悍ましい刑の犠牲者になるのは俺だけで十分だ」と必死に制止していた。
笑い声が絶えない食事。
だが、焚き火の火が少し落ち着き、パチパチとはぜる火の粉が夜闇に消えていく頃、ルルーナが静かに話し始めた。
「……私の祖父、カミュのことについて、少し話しておきたいんです」
彼女の瞳には、揺れる炎が映っていた。
カインも、食べる手を止めて静かに耳を傾ける。
「私の母は、この近く……迷いの森の境界付近にあった小さな村の出身でした。でも、母が生後間もない頃、村は魔物の大群に襲われて……壊滅してしまったんです」
祖母は傭兵として最期まで村を守り、命を落としたこと。
赤ん坊だった母だけが、祖母の友人に連れられて必死に逃げ延びたこと。
そして、祖父であるエルフのカミュは、その時すでに里へと戻っていたこと。
「母を育ててくれた人たちは、何度も迷いの森へカミュを探しに行ってくれたそうです。でも、エルフの里の者は冷たかった。話も聞いてもらえず、会うことも叶わなかった……」
母から聞いた話を、ルルーナは大切に噛みしめるように語る。
「だから私が戦えるようになった時……お爺ちゃんに会いたくて、迷いの森まで行ったんです。でも、当時の私はまだ甘かった。そこで魔物に囲まれてしまって」
絶体絶命の危機。
だが、彼女を救ったのは、一人のエルフだった。
「その人は、私の顔を見て言ったんです。『カルミナ……』って。それはおばあちゃんの名前でした。だから私、確信しました。……あなたはカミュ? 私のお爺ちゃんなの? って」
カミュは、かつて愛した女性によく似た孫娘の姿に、驚き、そして優しい眼差しを向けたという。
「『カルミナは生きているのか?』って、本当に愛しそうに聞いてくれました。里の掟があって長くは話せなかったけれど……。でも、差し出されたその手は、とっても温かかったんです」
カミュは最後に「また会いたい」という言葉を遺して去っていった。
里の厳しい掟のせいで自由に行き来はできないが、その心は今も家族に向いている。
「お爺ちゃんなら、きっと私たちの力になってくれる。私はそう信じてるんです」
ルルーナの話を聞き終えた後、俺たちはパチパチと燃える炎を静かに見つめていた。
これから向かうのは、他種族を徹底して排除する閉鎖的な国だ。
だが、そこには家族を想う一人のエルフが、今も生きている。
「よし、明日は早い。みんな、しっかり寝ておこう」
俺の声に、仲間たちが頷く。
焚き火の温もりを背中に感じながら、俺は横たわった。
カミュもこの星空を見ているのだろうか?
俺たちは明日、世界の架け橋となるための、新たな第一歩を踏み出す。
最後までお読みいただきありがとうございます!
前半のオーウェンの暴走(?)と、後半のルルーナの過去語り……。
「迷いの森」が、ただの厳しい場所ではないことを予感させる回となりました。
次回、一行はついにエルフの領域へと足を踏み入れます。
そこに待ち受けているのは、歓迎か、それとも――。
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