エピソード48:可憐なる忍と思わぬ病
獣王国での激闘を終えたナバール一行。
次なる目的地は、精霊と純血主義の国「エルフの里」です。
新たな仲間(?)となったルルーナを案内役に迎え、一行はタウロスで出発しますが……。
迷いの森編のスタートです!
獣王国の活気ある街並みが遠ざかり、俺たちを乗せた巨体が荒野を突き進む。
アルテオがその持てる技術の粋を尽くして設計・製作した自律思考型6輪装甲キャンピングカー、グラン・タウロス。
重厚な装甲に守られた車内は、外の喧騒が嘘のように静かで、まるで高級ホテルのような快適さだ。
「……すごいニャ! 揺れも全くないし、お部屋の中にキッチンまであるなんて信じられないニャ!」
車内をキョロキョロと見渡してはしゃいでいるのは、今回から案内役として加わったルルーナだ。
今日の彼女は、いつもの柔らかな着物姿じゃない。体のラインにフィットした濃紺のクノイチ装束に身を包み、腰には小太刀、太ももにはクナイを忍ばせている。
そのギャップのある姿に、オーウェンの視線は釘付けだ。
(おいオーウェン、見過ぎだ。嫌われてしまうぞ……)
「ふふん、驚くのはまだ早いよルルーナさん。このタウロスの動力源は、高密度の魔導結晶を核とした熱素変換エンジンで、各車輪に配置された独立懸架式のサスペンションが魔導演算によって……」
「……え、ええと、エンジン? サスペン……?」
得意げに解説を始めたアルテオだったが、専門用語の羅列にルルーナの目がぐるぐると回り出す。すかさず、オーウェンがその間に割って入った。
「アルテオ様、説明が難しいです! 要するにルルーナ殿、この馬車は魔法の加護のごとき不思議な力で、どんなにデコボコな道でもお昼寝ができるほど静かに進む、魔法の動く城なのです!」
「まあ! 魔法の城……素敵だニャ!」
ルルーナがぱあっと表情を輝かせる。アルテオは「僕の理論をそんなメルヘンな言葉で……」とがっくりして肩を落としていた。
俺は、がっくりときている親友の肩をポンと叩く。
「許してやってくれ、アルテオ。あんなに嬉しそうにデレデレしてるオーウェン、俺も初めて見たよ。……今は応援してやろうぜ」
苦笑いしながら、俺は改めてルルーナを見た。
獣王国では観光課の職員と名乗っていた彼女だが、一国の王である俺やアルテオの旅に、カインの姉という理由だけで同行が許されるはずがない。
彼女の身のこなしや、隙のない魔力の練り方を見るに、隠密や護衛としての実力は相当なものだろう。
その推測が証明される機会は、予想よりも早く訪れた。
『警告、前方200メートル地点。生物反応、多数。識別、ブレード・ローカストの群れ。個体数……約80から100』
グラン・タウロスの人工知能が淡々と告げる。
「100だと!? いくらなんでも多すぎるだろ!」
カインが窓の外を見て叫んだ。空を埋め尽くさんとする不気味な羽音が響き、荒野のあちこちから、鈍く光る緑色の外殻を持った巨大なカマキリたちが、その鋭利な大鎌を振りかざして飛び出してきた。
「各員、戦闘態勢! ブレード・ローカスト程度なら問題ないだろうが、タウロスには傷つけさせるな!」
俺の号令とともに、全員で外へと飛び出した。
まずは、クロードが静かに手をかざす。
「……眠れ」
無詠唱。放たれた高密度の魔力が霧のように広がり、空中で羽ばたいていたローカストたちが次々と墜落し、地面で折り重なって後続の進路を塞ぐ。間髪入れずにアルテオが指先を向けた。
「効率的にいこう。……火弾」
同じく無詠唱。最小限の魔力で形成された弾丸が、昆虫の急所――複眼の間や節の隙間だけを正確に貫いていく。
「次は俺だ! ドラゴンソニック!」
俺は二振りの剣を抜き放ち、全身に黄金のオーラを纏わせた。
一歩。踏み込んだ瞬間、景色が飛ぶ。
右手の一撃で一体、その勢いを殺さず左手で二体目の鎌ごと両断。最後は交差した剣を振り抜き、十字の衝撃波で急降下してきた三体目を粉砕する。
超高速の3連撃が、戦場に黄金の軌跡を描いた。
修行の成果をみんなに見せられたかな?
「すごいニャ、ナバール様!」
ルルーナの歓声が上がる。それに火がついたのは、やはりあの男だった。
「おおおおお! 私も負けてはいられん! ルルーナ殿、見ていてください!」
オーウェンが砂煙を巻き上げながら戦場を疾走する。彼の通り過ぎた後には、まるで竜巻に揉まれたかのようにローカストの千切れた羽や脚が宙を舞い、バラバラになった残骸が次々と地面に転がっていく。
「すごーい! オーウェン様、かっこいいニャ!」
「ははは! これくらいどうってことないですよ!」
鼻の下を伸ばしながら暴れ回るオーウェンを横目に、ルルーナもまた戦場に舞い降りた。
「私も、遊んでばかりはいられないニャ」
彼女の動きは、獣人族特有의 身体能力に加え、風の魔力を纏っていた。
「はっ!」
小太刀を一閃。放たれた真空波が、十数メートル先のローカストの硬い外殻を豆腐のように切り裂く。
さらに、風を宿したクナイを投擲すれば、それは弾丸のような速度でローカストの細い首を正確に跳ね飛ばした。着地の衝撃を殺しながら、一切のためらいなく急所を断つその手際は、あまりにも鮮やかで、そして――。
「「「「……おわっ……」」」」
俺、アルテオ、オーウェン、クロードの四人は、思わず絶句した。
いつもお洗濯だニャ、ご飯だニャと世話を焼いてくれる優しい彼女の姿からは想像もつかない、冷徹で残忍なまでの戦闘スタイル。
「……あ、危ない、ルルーナ!」
俺は思わず叫んだ。緑色の体液を浴びたルルーナの背後、岩の陰から保護色で隠れていた一際巨大な個体が、身の丈ほどもある大鎌を振りかざしていたんだ。
ルルーナが振り向くよりも早く、オーウェンの叫びが響いた。
「貴様ぁぁ! ルルーナ殿に何をするかぁ! 烈空斬!!」
オーウェンが渾身の力で剣を振るう。放たれた巨大な三日月型の斬撃が空を裂き、ルルーナの頭上を越えて、背後の大カマキリを岩ごと一刀両断にした。
「……助かったニャ。オーウェン様、今の技、とっても素敵だったニャ!」
「はっ! べ、別に……騎士として当然のことをしたまでです……デュフ」
頬を赤らめて照れるオーウェン。
「いいから、集中して倒そうぜ……」
その横で、カインが残党を大剣で片付け、ようやく辺りに静寂が戻った。
「……それにしても、これだけの群れが街道近くに出るなんて異常だ」
俺は剣についた緑色の体液を拭いながら呟いた。
「ああ。魔族の仕業か、あるいは……これから向かうエルフの国で何かが起きている予兆かもしれないね」
アルテオがローカストの異常に発達した大鎌に注目して、冷静に分析している。
しかし、俺たちの間には、それよりも重苦しい沈黙が流れていた。
「……なあ、クロード」
俺は、気になっていたことをポツリと言い出した。
「さっきの戦闘で思ったんだけど……アルテオもクロードも、魔法を唱える時、何も言わなかったよな?」
「ええ。獣王国の文献にもありましたが、魔導の真髄はイメージです。言葉に出すのは魔力の制御を補助するため. 熟練すれば、無詠唱の方が隙もなく効率的ですよ」
「そうそう。それとね、わざわざ技名や魔法名を叫ぶのは、一部の古い文献では『中二病』っていう、すごく恥かしい精神疾患の一種として記述されているらしいよ」
「……」
「……」
俺とオーウェンの顔が、一瞬で引き攣った。
さっき、自信満々に「ドラゴンソニック!」と叫んで突っ込んでいった俺。
そして、ルルーナの前で格好つけて「烈空斬!」と吠えたオーウェン。
(…………俺たち、恥ずかしいのか?)
(…………ルルーナ殿、今の私は、病気に見えたのでしょうか……?)
ガタガタと震え出した俺たちを、ルルーナは不思議そうに首を傾げて見つめていた。
「何のことだニャ? 二人とも、とっても強そうで、お歌みたいで素敵だったニャ!」
その無垢な笑顔に救われつつも、俺は心に決めた。
(……次は、絶対、心の中で叫ぶことにしよう)
グラン・タウロスは、なんとも言えない空気に包まれた俺たちを乗せて、迷いの森へと再び走り出した。
最後までお読みいただきありがとうございます!
ルルーナさんの意外な一面と、ナバールたちが直面した「衝撃の事実」……。
必死に技名を考えていた彼らの明日はどっちだ。
次回、ついに一行はルルーナから祖父カミュの話を聞かせてもらいます。
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