エピソード46:十六歳の孤軍奮闘
ベンドア獣王国の滞在もいよいよ最終盤。
昨夜の「筋肉の饗宴」がもたらした代償は、若き騎士とベテラン将軍の頭を容赦なく叩き割っていました。
二日酔いで使い物にならない仲間たちを尻目に、ナバールは一人、獣王国の「伝説」と対峙します。
王として、そして一人の剣士として。
新たな力『オーラを鎧う』という極意を掴むため、ナバールの真剣勝負が始まります。
ライオス老将軍との手合わせを終え、清々しい汗を流して宮殿に戻った俺を待っていたのは、静寂ではなく、慌ただしく走り回る侍女たちの姿だった。
その中心で、ルルーナさんが困り果てた、今にも泣き出しそうな顔で俺を呼び止めた。
「ナバール陛下、大変ニャ! たった今、早馬から報告が入ったニャ。北の街道付近に、大型の魔物が出現して、商隊が足止めを食らっているニャ。本当は騎士団を出すべきなんだろうけど、今は国境の防衛線が手薄で、動かせる兵が……!」
ルルーナさんの言葉に、俺は思わず表情を引き締めた。この王都のすぐそばまで大型の魔物が降りてくるなんて。やはりライオス殿の言っていた通り、山の方で何かが起きている。
「オーウェンとカインはどうした? 奴らに指示を出して、俺が向かおう」
「それが……さっきまで薬を飲んで唸ってたけど、今はもう、完全に寝落ちしてるニャ。毒消しの効果が強すぎたのか、叩いても揺すっても、ピクリとも起きないニャ……!」
ルルーナさんが指差す先……客間の畳の上では、二人の騎士が「ううっ……」「広背筋の厚みが、足りないぞカイン殿……」と、不気味な寝言を言いながら爆睡していた。
……ったく、あいつら。一国の王と、次期将軍候補がこのザマかよ。
でも、それだけ昨夜の酒が強かったんだろうな。……よし、後で目が覚めたら、絶対にこのことをネタにしてやる。俺は心の中で、二人をからかう言葉を並べ立てた。
「いいよ、ルルーナさん。場所を教えて。俺が一人で行ってくる」
「えっ、お一人で!? 冗談はやめるニャ! 相手は複数の個体だという報告だニャ、いくら陛下でも危険すぎるニャ!」
「大丈夫。……ちょっと、さっき教わったことで試したいこともあるんだ」
俺は部屋に戻り、腰に差していた『ドラグーンの秘宝』である真剣を一度外した。代わりに、中庭の訓練場に置かれていた、何の変哲もない二本の木刀を拝借する。
それを背中の革紐にぐいっと括り付けると、俺は心配そうに見送るルルーナさんに手を振り、一人で北へと馬を走らせた。
現場の街道に着くと、そこには予想を上回る光景が広がっていた。
巨大な『岩砕きの大熊』。
その名の通り、一撃で石組みをも粉砕する破壊力を持つ魔物が……なんと三匹も、街道を塞ぐように咆咆を上げていた。
一匹でも、熟練の騎士団が小隊を組んで挑むべき相手だ。
街道の警備兵たちは数人しかおらず、三方向からの猛攻に、顔を青くして必死に盾を構えていた。
「怪我はないですか!? ここからは俺が引き受けます、皆さんは後ろへ!」
馬から飛び降り、俺が戦場の中央に割って入ると、警備兵たちは驚いた顔で俺を見た。
「な、ナバール陛下!? ですが、お一人で……しかもその木刀では……!」
「いいから! 危ないから早く下がって!」
俺が叫ぶと、三匹の熊が同時にその真っ赤な瞳を俺に向けた。
三方向からの殺気。正直に言えば、胃の奥がキュッと縮んで、心臓の音がうるさいくらいに響いている。
でも、ここで逃げるわけにはいかない。俺だって一国の王なんだ。
俺は背中から二振りの木刀を抜き放った。
ライオス殿に教わった通り、意識を木刀の先端まで浸透させる。オーラを「鎧わせる」イメージ。ただの木が、青白い光を放ち始め、手に吸い付くような感覚に変わる。
「――二刀流・ドラゴンスラッシュ!!」
一気に踏み込み、正面の一匹の眉間を捉えた。
だが、あとの二匹がそれを阻止するように横から割り込み、巨大な腕で俺の木刀を強引に押し返してきた。
「くっ……重いなっ!」
二本の木刀を交差させて防御したが、三匹分の力に押し負けて、威力が分散してしまう。
その直後、がら空きになった脇腹に、三匹目の熊による強烈な一撃が叩き込まれた。
「……っが、はっ!!」
オーラを「鎧」として纏わせていたおかげで、身体が潰されることはなかった。
でも、衝撃までは殺しきれない。
俺の体は大きく吹き飛ばされ、街道の石畳をごろごろと転がった。
(……いてて。さすがに三匹同時はきつい。今のドラゴンスラッシュの威力は悪くないけど、一撃が重すぎて、その後の隙が大きすぎるんだ。もっと……もっと速く、連撃を繋げないと!)
立ち上がる間も無く、左右から再び凶悪な鉤爪が迫る。
俺は転がりながら攻撃を回避し、ライオス殿の言葉を思い出した。
オーラは鎧い、染み込ませるもの。
そして、そのオーラは意志の力で形を変える。
だったら、そのオーラを後ろに向けて一気に「爆発」させれば、移動のスピードに転換できるんじゃないか?
(威力は落とさず、速度を上げる。理屈は後だ……やってやる!)
俺は再び二振りの木刀を構え直した。足の裏、背中、そして木刀の背の部分に、爆発的なオーラを溜め込む。
着地と同時に、俺の姿が街道から掻き消えた。
「――二刀流・ドラゴンソニック!!」
一閃。
空気を切り裂く速度で踏み込み、一匹目の首を木刀が撫でる。
そのまま止まらない。背後へのオーラ爆発を利用し、鋭角に軌道を変えて二匹目の懐へ。
景色が、後ろへと飛んでいく。
もはや熊の目では、俺の姿を捉えることすらできていない。
そして三閃目。
逃げようとした最後の一匹の胴体を、十字に重なった青い光が真っ二つに爆砕した。
轟音。
三つの巨大な体躯が、悲鳴を上げる暇すらなく、同時に砂となって消えていった。
しん、と街道が静まり返る。
残ったのは、少し焦げたような匂いと、粉砕された岩の破片だけ。
俺は激しく上下する肩を落ち着かせ、熱い息を吐き出しながら、二本の木刀を背中の革紐へと戻した。
木刀は、凄まじい負荷に耐えきれず、表面が少し焦げ付いている。
「……陛下、お見事です……。まさか、お一人で、それも木刀二本だけで、あの熊を三匹も……!」
呆然と立ち尽くしている警備兵たちの視線。
助けられて感謝してるんだろうけど、なんだか凄く照れくさくなって、俺は慌てて馬に跨った。
「怪我がないならよかったです。街道の片付けは、後でベンドアの人たちにお願いしてください。……さて、俺は戻りますね。寝ぼけてるあいつら、氷水でもぶっかけて起こさないと」
少しだけいたずらっぽく笑った俺の瞳には、王としての覚悟と、16歳の少年らしい負けず嫌いな光が宿っていた。
馬を走らせながら、俺は自分の手のひらを見つめる。
ライオス殿の教えと、自分なりの工夫。
まだ完璧じゃないけど、この「鎧うオーラ」を使いこなせれば、どんなピンチでも仲間を守り抜ける。
王宮の屋根が見えてきた。
さて、あの最強(に情けない)騎士たちに、どうやってこの「手柄」を自慢してやろうか。
そんなことを考えながら、俺は夕暮れ近い王都への道を、少し誇らしげな気持ちで進んでいった。
ご清読ありがとうございます。
今回は、オーウェンたちの「二日酔い」という平和な日常と、ナバールの「武の極み」への到達を対比させて描きました。
オーラを鎧う――。この新たな力を得たことで、ナバールの戦闘力は一段上のステージへと引き上げられました。
ライオス老将軍が語った、魔物の強化という不穏な予兆。
滞在を終えた一行を待ち受けるのは、果たしてどんな冒険なのか。
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