エピソード45:静かなる覇気、鎧うが如く
ベンドア獣王国の滞在もいよいよ最終盤。
昨夜の「筋肉の饗宴」がもたらした代償は、若き騎士とベテラン将軍の頭を容赦なく叩き割っていました。
二日酔いで使い物にならない仲間たちを尻目に、ナバールは一人、獣王国の「伝説」と対峙します。
王として、そして一人の剣士として。
新たな力『オーラを鎧う』という極意を掴むため、ナバールの真剣勝負が始まります。
眩しい朝の光が、障子の隙間から差し込み、二日酔いの頭に容赦なく突き刺さる。
ベンドアの朝は静謐で、鳥のさえずりが心地よく響いている……はずなのだが、一部の者にとっては地獄の底から響く葬送曲のような始まりだった。
「……ううっ、頭が……頭の中に、ドラグーンの重歩兵連隊が駐屯している気がする……」
「……陛下。情けない姿を……お見せして……。申し訳ありませんが、床を踏み鳴らさないでいただけますか……脳みそが、兜の中で跳ねております……っ」
昨夜、月下の露天風呂で筋肉と酒の限界に挑みすぎたカインとオーウェンは、今や見る影もなく畳の上で悶絶していた。あの王国最強の騎士と、若きエリート遊撃隊長が、揃って青い顔をして芋虫のように転がっているのだから、昨夜の惨状が知れるというものだ。
そんな二人の枕元に、世話役のルルーナさんが呆れ顔で冷たい水と、獣王国特製の「酔い覚ましの妙薬」を運んでくる。
「もう、二人ともいい大人なんだから、飲みすぎニャ。特にオーウェン様、あれだけの大言壮語を吐いておきながら、朝になったらこれだなんて、格好がつかないですニャ」
「……すまない、ルルーナ殿。恩に着る……。この御恩は、一生忘れない……」
甲斐甲斐しく面倒を見るルルーナさんに、オーウェンは真っ青な顔をしながらも、申し訳なさそうに、けれどその瞳の奥には隠しきれない歓喜を浮かべていた。
一方、カインはといえば。
「姉貴、水……。あとその薬、めちゃくちゃ苦いんだよ。もっと優しく飲ませてくれよ……」
軍人としての威厳はどこへやら、実の姉に甘えるように情けない声を上げていた。
そんな二人をルルーナさんに任せ、俺は一人、精神を整えるために道着へと着替え、静まり返った中庭へと向かった。
昨夜、露天風呂でボナヴィスタ国王たちが語った魔族の不気味な動き。
王として、そして一人の剣士として、俺にはまだ足りないものがある。それを埋めるための手がかりを、俺はこの滞在中にどうしても掴んでおきたかった。
「ボナヴィスタ国王に紹介いただいたのは、貴殿か」
中庭に待っていたのは、山のように巨大な牛の獣人だった。
白髪混じりの髭を蓄え、使い古された、あちこちが欠けた木刀を杖代わりに立っている。その巨体から放たれる圧倒的な存在感は、ただ立っているだけで大気を重く沈ませていた。
「……ほほう。あんたがドラグーンの若き王、ナバールか。わしはライオス。今は隠居してこうして庭いじりをしておるが、元は将軍として戦場を駆け回っておった身だ」
ライオス老将軍の体からは、静かだが底知れない、深淵のような威圧感が漏れ出している。
彼は俺の腰にある双剣を一瞥すると、傍らにあった予備の木刀二本を、無造作に放り投げてきた。
「手合わせを願いたい、ライオス殿。俺には、まだ見えていない壁がある」
「よかろう。言葉より先に剣で語るか。来い、若造。あんたの王としての覚悟、その剣で示してみせろ」
互いにオーラを纏う。
俺は二振りの木刀を正眼に構え、全身に覇気を巡らせた。瞬間、爆発的な踏み込みと共に一気に距離を詰める。
――ガツンッ!!
重厚な衝撃が腕を伝わる。
二撃、三撃と、二刀流の利点を活かして左右から畳み掛けるが、ライオスは片手で持った木刀一本で、俺の連撃をことごとく弾き飛ばした。
何度打ち込んでも、まるで巨大な金剛石の壁を叩いているかのような手応えだ。こちらの攻撃が吸い込まれ、霧散していく感覚。
「……惜しいな。あんたのオーラは、勢いこそあるが『裸』だ。それに二本も得物を持っていながら、意識が左右に分散しておる」
ライオスがピタリと動きを止め、射抜くような鋭い眼光で俺を見据えた。
「オーラを体だけに纏っていては、ただの身体強化に過ぎん。それでは肉体を壊さぬためのクッションだ。真の極意は、オーラを『鎧う』ことにある。身につけている服の一枚一枚に、そしてその手にしている二本の木刀の隅々にまで、お前の意志そのものを染み込ませろ」
ライオスが傍らに落ちていた古い木の枝を拾い上げ、それにオーラを纏わせた。
すると、ただの枯れ枝が白銀の輝きを放ち、まるで伝説の名剣のような鋭さと硬度を持ち始めたではないか。
「これに纏わせれば、ただの布が最強の鎧に変わり、脆い木刀が名剣をも断つ神刃となる。特にお前のように二振りの得物を振るうなら、武器そのものがお前の体の一部、いや、魂の延長線にならねばならんのだ」
俺はライオスの教えに従い、一旦目を閉じて意識を極限まで集中させた。
体の中を流れる魔力と覇気を、左右の指先を通してそれぞれの木刀の先へ。さらには、今身に纏っている道着の繊維の一本一本へ。
何度も、何度も繰り返す。
一本の剣に集中するだけでも難しい制御を、性質の違う二本の木刀に同時に行うのは、脳が焼け付くほどの至難の業だ。
やがて、左右の木刀が共鳴するように重厚な青白い光を放ち始め、手に吸い付くような感覚へと変わっていった。俺と、木刀と、大気が一体化していく。
「……今だ。これだッ!」
俺は全霊を込め、中庭の端にある、歴代の将軍たちが修行に使ったという巨大な「試練岩」に向かって踏み込んだ。
「――二刀流・奥義……ドラゴンスラッシュ!!」
交差する二つの閃光が、巨大な岩に触れた。
直後、鼓膜を震わせる爆音が響き渡り、突風が巻き起こる。
斬るというより、圧倒的な密度で圧縮されたオーラが岩を内側から破裂させたのだ。
かつては傷一つつかなかった巨大な岩が、跡形もなく粉砕され、細かな礫となって地面に降り注いだ。
「……お見事。木刀二本で、岩を塵にするか。そこまでやれるようになれば本物だ」
ライオスが満足げに頷いた。だが、その表情はすぐに少しだけ曇り、遠く北の空を見上げた。
「ナバール殿。最近、魔物は確実に強力になっておる。変異種も増え、若い兵たちの犠牲も後を絶たんのだ。……老い先短い者の頼みだ。この先、この世界にどんな闇が訪れようとも、どうか……この地を、民を頼む」
かつての英雄である将軍が、一国の王である俺に深く頭を下げた。
その言葉に含まれた重みが、俺の背負うべき運命、そしてこの同盟の真の意味を再確認させる。
「ああ。……任せておけ、ライオス殿。この剣は、そのためにある」
俺はボロボロにささくれ、役目を終えた二本の木刀を見つめ、握りしめた拳の感触を確かめた。
いつか、あの部屋で二日酔いに苦しんでいる「兄貴分」の背中を守り、彼らが笑って暮らせる世界を作るために。
俺の心には、昨日までとは違う、硬く鋭い「鎧」が備わっていた。
ご清読ありがとうございます。
今回は、オーウェンたちの「二日酔い」という平和な(?)日常と、ナバールの「武の極み」への到達を対比させて描きました。
オーラを鎧う――。この新たな力を得たことで、ナバールの戦闘力は一段上のステージへと引き上げられました。
ライオス老将軍が語った、魔物の強化という不穏な予兆。
面白いと感じていただけましたら、評価や感想、ブックマークをいただけますと執筆の大きな励みになります!




