エピソード42:職人街の宴
ベンドア獣王国の王都滞在も二日目。
ナバールとオーウェンが温泉街で過ごす裏で、エタンの魔導王アルテオは「技術の宝庫」である職人街へと繰り出します。
監視役として随行するカインの目に映るのは、自由奔放すぎるアルテオの意外な「王の器」。
しかし、技術への飽くなき情熱が別の方向へと向けられた時、カインは再び「あの悪夢」を予感することになります。
心温まる交流と、背筋も凍る美食の予感。その一部始終をどうぞ。
「……あの、アルテオ様! そっちは工房じゃなくて、ただの甘味処ですって! 戻ってきてください!」
俺――カインは、人混みを縫うように軽やかに進む背中を追いかけ、喉が枯れるほどの声を張り上げた。
ナバール様から「アルテオのお守り」という特命(という名の監視役)を受けてついてきたわけだが、この人の自由さは想像を絶していた。
さっきまで色鮮やかな「番傘」に目を輝かせて職人に構造を問い詰めていたかと思えば、次は「草履」の編み方を熱心に覗き込む。さらには、露店で見つけた女性用の「かんざし」を手に取って、
「カイン、見てくれ! これ、タウロスの排気弁の固定ピンに応用できないか? 先端をこう曲げれば、魔力循環の効率が上がるぞ!」
などと、周囲の女性客が引くほどの真剣な顔で検討し始める始末だ。
一応、俺は数々の不祥事(という名の早とちり)により、形の上では遊撃隊長を解任され、ナバール様たちの預かりという身分になっている。
だが、俺の誇りはベンドア獣王国の軍人にある。
いつの日かこの国を背負う立派な将校に戻るためにも、今は彼らの行動を学び、その真価を見極める義務があるのだ。……あるはずなのだが。
(よくもまあ、こんなちゃらんぽらんな奴が一国を治めていられるもんだ。本当に、この三国の同盟で俺の故郷は救われるのか……?)
正直、これまでのアルテオ様は「得体の知れない、時々ヤバい飯を食わせる変な王様」でしかなかった。
だが、ようやく辿り着いた職人街の深部で、俺はその考えを根本から改めることになる。
「おおお……! この建物の梁、釘を一本も使っていないのか!? 先生、この『組み木』の構造、詳しく教えてくれないか!」
アルテオ様は、顔に皺を刻んだ年老いた宮大工を「先生」と呼び、躊躇なく地面に膝をついて、職人と同じ目線で語りかけていた。
相手が他国の王だと知って恐縮し、平伏しようとする我が国の職人たちに対しても、彼は一切偉ぶることがない。それどころか、少年のように目を輝かせて質問を連発している。
「恐れながら王様、これは我が国に古くから伝わる知恵でして……」
「知恵か、素晴らしい! なら、エタンの魔導工学と組み合わせてみないか? この接合部分にこの術式を組み込めば、木材同士の結合が魔力的に強化されて、強度が三倍……いや、五倍にはなるぞ! さあ、図面を貸してくれ、計算してやる!」
彼は自分の持つ高度な知識を惜しげもなく披露し、木片を手に取って魔法の回路を即興で刻んでみせた。
その姿は、高貴な王というよりは、一つの道を究めようとする若き修行僧のようでもあった。
(……この人、本当にすげぇな)
民を上から見下ろして命令するんじゃない。こうやって、同じ土の匂いを嗅ぎながら対話する。
技術を独り占めして権威を振るうのではなく、敬意を持って交換し、共に高みを目指そうとする。
気づけば、周囲に集まっていた職人たちの目には、最初の戸惑いや警戒心ではなく、深い親しみと職人同士の連帯感が宿っていた。
「おい、そこの虎の兄ちゃん! 俺の作った『ふすま』も見てくれよ、凄いぞ!」
「俺のところの柱は、この国一番の立派な檜を使ってるんだ。王様に紹介してくれ!」
アルテオ様の熱にあてられたのか、職人たちが次々と自分の自信作を抱えて集まってきた。
俺も最初は一歩引いて警戒していたが、彼らの屈託のない情熱と、それに応えるアルテオ様の楽しげな笑い声に、いつの間にか心の壁が溶けていくのを感じた。
「……へぇ、その組み木の模様。俺の大剣の鞘の装飾にも使えそうだな。滑り止めにもなるか?」
「だろ? 兄ちゃん、目が高いな! よし、特別にコツを教えてやるよ。虎族の怪力でも壊れない組み方をな!」
いつの間にか、俺も一人の職人と意気投合していた。
獣人族の荒々しくも繊細な手仕事と、人間の柔軟な知性が混ざり合っていく。それは、この同盟がただの政治的な紙切れではないことを証明しているようだった。
そして、昼の飯時になる頃には、職人街はとんでもないことになっていた。
「さあさあ、宴会だ! エタンの王様、これ、俺の家で三代にわたって漬け込んでいる秘蔵の酒だ、飲んでくれ!」
「こっちは今朝、裏山で獲れたばかりの新鮮な山菜と川魚だ!」
工房の広場に即席の丸太テーブルがずらりと並び、職人総出の盛大な宴が始まってしまった。
中心に座るアルテオ様は、誰よりも大きな声で笑い、誰よりも美味そうに獣王国の素朴な飯を食っている。
「……本当に、すごい人なんだ」
俺は、差し出された酒を煽りながら、その光景を眩しく見つめていた。
権力や武力で従わせるんじゃない。こうやって、心と技術、そして飾らない笑顔で人を引きつけていく。
いずれ軍に戻り、部下を率いる立場を目指す俺にとって、この「王の背中」は何物にも代えがたい生きた教科書だった。
そう。俺は確かに、彼の中に「真の王」の資質を見た。
この人たちとなら、魔族という強大な敵にも立ち向かえると確信した。
……はずだったのだが。
「カイン! 見てくれ、職人街の奥で見つけた、この獣王国特有の『毒消し草』の変異種! これをあの、エタンで捕獲しておいた魔物のキモと一緒に煮込んで、地熱蒸気で一気に圧力をかければ……きっと誰も味わったことのない、爆発的な創作料理が生まれるぞ……! なあ、楽しみだよな、カイン!?」
職人たちが厚意で持ってくる「普通なら食べないような珍味」や「薬草の類」を見るたびに、アルテオ様の目が、不吉なほどギラギラとした輝きを帯び始めた。
爛々と瞳を燃やし、俺の肩をガシッと掴んで、至近距離で「ね!」と同意を求めてくる。
その周囲には、なぜか紫色の禍々しいオーラすら立ち上っている気がした。
(……やばい。この人、創作意欲という名の『禁忌の扉』を開けちまった……!)
さっきまでの、魂を揺さぶるような尊敬の念が、急速に冷たい汗へと変わっていく。
周囲の職人たちは「王様が喜んでるぞ!」と無邪気に喜んで追加の変な食材を持ってくるが、彼らはまだ知らない。
この天才の創造性が、時として「生命を脅かすカテゴリー」へと踏み込むことを。
「カイン、まずは君に試作第一号を……」
「あ、いや、俺、今ちょっと……お腹がいっぱいでして! ほら、職人の皆さんと交流を深めなきゃならないので!」
俺は必死で後ずさりし、無邪気な職人たちの輪の中へと逃げ込んだ。
空は青く、酒は旨い。職人たちの情熱は素晴らしく、同盟の未来は明るい。
だが、俺は軍への復帰を願う気持ちと同じくらい強く、いや、それ以上に切実に神に祈らずにはいられなかった。
(頼む……今夜の宿の飯が、クロード殿が作ってくれる『普通の、極めて常識的なもの』でありますように……!)
そんな俺の願いを他所に、アルテオ様は懐から魔法の調合瓶を取り出し、嬉々として「新作」の構想をノートに書きなぐり始めていた。
ご清読ありがとうございます。
アルテオの王としての器と、料理研究家としての狂気が同居した職人街のエピソードでした。
職人たちと心を通わせる姿はまさに名君そのものですが、その情熱が食材へと向けられた時の絶望感……。カインがアルテオの「真の恐ろしさ」を再認識した瞬間でもあります。
ナバールたちの温泉街、クロードの書庫・厨房制覇、そしてアルテオの職人街交流。
三者三様の滞在記を経て、一行はいよいよ旅を再開することになります。
面白いと感じていただけましたら、評価や感想、ブックマークをいただけますと執筆の大きな励みになります!




