エピソード3:父の訓示と家族の光
ドラグーン王国の至宝、ナバールの成人の儀。
そこで父アラン王から語られたのは、王としての覚悟、そして隠された過去の真実でした。
家族の愛と家臣たちの笑いに包まれ、王子はいよいよ「竜の祠」へと足を踏み入れます。
王宮の中央に位置する「王の間」は、朝の光がステンドグラスを透過してきらめき、厳かながらも祝福の空気に包まれていた。
私の十六歳の成人の儀に際し、文官、武官、そして近隣の貴族まで、ドラグーン王国の主要な家臣たちが居並んでいる。
玉座に座る父――アラン王は、竜人族特有の圧倒的な威圧感を放ちながらも、その視線は私を見つめる父親の優しさに満ちていた。
隣には、優雅な人間族の母、アイリス王妃が、心配そうに私を見つめている。
私が深く一礼すると、父は静かに口を開いた。
「ナバール。今日、お前は十六歳を迎え、次期国王たる者として最初の正式な試練に臨む。この試練は、単なる通過儀礼ではない。平和と混沌の狭間にあるこの時代において、お前自身が王としての覚悟を持つための、大切な儀式だ」
父の視線は一瞬、遠い虚空を見つめるように鋭くなった。
「今、大陸には再び不和の影が差し込んでいる。魔族のガーラ帝国が、強引な道を選んだからだ。ナバール、お前には、この世界を平和へと導く『架け橋』になってほしい。それは、人間族の母と、竜人族の父を持つお前だからこそ、果たせる役割だ」
家臣たちが静かに息を呑む中、父は言葉を選びながら、誰にも聞かれぬような、だが確かな声で続けた。
「……お前の伯父、ヴェルガー。彼は今、ガーラ帝国の王として、世界に争いをもたらしている。私は彼を、弟として深く愛していた。しかし、先代が崩御された際、王位継承の力は私と彼とで、ほぼ均衡していたのだ」
父の目は、深い後悔と、それでも揺るがない確信を映していた。
「王国の安定を望む家臣団、そして、お前の母、アイリスとの婚約を通じたエタン魔導国からの後押し。それらが決定打となり、私は王位を継いだ」
「私がアイリスを選び、王位を継いだ選択が、結果としてヴェルガーを魔族の王へと追いやる遠因となったことは理解している。申し訳ない、という気持ちは今も消えない」
父は玉座から立ち上がり、私へ力強い眼差しを向けた。
「だが、ドラグーン王国の平和と、多種族との共存という道を選んだことが、間違っていたとは思わない。王とは、己の愛と、民の命を天秤にかける瞬間に、必ず立つ」
「だから、心に刻んでおきなさい、ナバール。真の王の力とは、竜人化の秘術でも、魔法の威力でもない。自らの弱さと、愛する者のために立つ勇気だ。試練で迷うことがあっても、この言葉を思い出せ。お前が正しいと思う道を選びなさい」
父のこの訓示は、私が終生迷い、悩んだ時に、必ず胸に甦る言葉となった。
訓示が終わり、王宮内が祝福の拍手に包まれると、私は母の元へと向かった。
「ナバール! 私の大切なナバール!」
母は私の手を握りしめ、瞳に涙を浮かべた。
「あの『竜の祠』は、本当に恐ろしい場所だと聞いているわ。もし怪我でもしたら、誰が私の愛しい王子を治してくれるの? 訓練用の木剣でさえ心配なのに、祠は幻影で心を試すのでしょう? 心が壊れたら、誰にも治せないわ!」
「オーウェン、絶対にナバールから目を離さないで! 幻影なら、私が作ったお守り用の護符が効くはずよ!」
母のあまりの心配ぶりに、居並ぶ家臣たちから堪えきれない笑い声が漏れる。
父もまた、苦笑いを浮かべながら、優しく母を抱き寄せた。
「アイリス、ナバールはもう立派な青年だ。そして、彼は我々の息子だ。何も心配することはない」
母は私の頬を両手で包み、真剣な眼差しで告げた。
「私のナバール。世間はあなたが竜人族と人間族の混血であることを話題にするかもしれない。でも、あなたはアランと私が愛し合って生まれた、唯一無二の、宝物よ。竜の強さと、人間の優しさ、その両方を持っている。誇りを持って行ってらっしゃい」
その言葉は、私が心の中で抱える混血への後ろめたさを、一瞬にして光で満たした。
その時、一歩前に進み出たのは、王宮の最長老格である老家臣のエドルだった。
白髪を綺麗に整えた、茶目っ気のある爺さんだ。
「ナバール様、ご成長お慶び申し上げます。しかし、王妃様のおっしゃる通り、竜の祠は手強いですよ」
エドル爺さんはにやりと笑い、父を振り返った。
「アラン様が試練を受けられた折には、あまりの幻影の恐怖に、思わず『母上ーっ!』と叫んでしまったという記録が残っております。あれは、先代陛下にこっぴどく叱られましてな」
「エドル! それはもう昔の話だろう!」
父が王の威厳をかなぐり捨てたかのように顔を赤くし、家臣たちから再び大きな笑いが起こった。私も思わず吹き出す。緊張が、一気に和らいだ。
「ですが、ご心配なく。試練の守護竜セト様は、力だけでなく、その者の『心』を試されます。いかに力を制御し、民を思いやれるか。ナバール様が挑戦されている姿は、我ら家臣団の誇りです。あなたは、必ず大きな成長を遂げて戻ってこられるでしょう」
エドル爺さんは、私の肩をぽんと叩いた。
「さあ、ナバール様。お時間です。勇気を持って、行ってらっしゃいませ」
私は、父の訓示、母の溺愛、そして家臣たちの温かい笑いに見送られ、深く頷いた。
「行ってきます、父上、母上、皆。必ず、王位継承の証を持ち帰ります」
オーウェンは私に一礼し、静かにその隣を歩いた。
「では、ナバール様。竜の祠のある、霊峰スインウィッシュの岩山へ向かいましょう」
私は、混血であることを気に病む必要などなかったのだと、心の底から理解した。
この家族と家臣団の愛、そして父が選んだ道こそが、私の誇りだ。私は、ドラグーン王国の未来そのものなんだ。
私のコンプレックスは、いつか世界を繋ぐ最強の個性になる。
家族の光と、未来への重責を胸に、竜の王子は最初の試練の場へと歩を進める。
エピソード3をお読みいただきありがとうございます。
父から託された「架け橋」という宿命。
そして母から贈られた「唯一無二の宝物」という言葉。
最強の父にも意外な過去があった(?)ようで、緊張感の中にも温かさがある出発となりました。
次回、いよいよ「竜の祠」の試練が始まります。
ナバールの前に現れるものとは……。




