エピソード35:最悪の回復薬
捕らえた獣人の戦士たちを前に、ナバールたちは尋問を開始します。
しかし、そこで「善意の協力」として差し出されたのは、あまりにも代償の大きすぎる一皿でした。
味覚と嗅覚が鋭い獣人族にとって、アルテオの料理はもはや未知の兵器。
極限状態の中で明かされる、ベンドア獣王国の内情と、噂の真相。
そして、地獄のような味の先に待っていた、信じがたい「結末」とは……。
魔導装甲車グラン・タウロスのすぐ傍ら。
即席の調理台と、縄で縛られ一列に並べられた五人の獣人族を前に、俺たちはあまりにもカオスな状況に直面していた。
俺たちがこれからの尋問の進め方を相談していると、アルテオが深緑色のシチューを片手に、春の陽だまりのような笑顔でやってきた。
「尋問の前に、まずは栄養補給だよ。彼らは激しい戦闘と眠り魔法で疲れているはずだ。この特製リカバリー料理を振る舞って、まずは元気になってもらおう」
「待て、アルテオ! それを今、彼らに飲ませるのか!?」
俺とオーウェンは反射的に叫んで止めようとしたが、時すでに遅かった。
アルテオは「遠慮はいらないよ」と、縄で自由を奪われた五人の戦士たちの口へ、次々とシチューを流し込んでいった。
一口。たった一口、その液体が喉を通った瞬間。
五人の獣人族は、眼球がこぼれ落ちそうなほど見開き、全身を硬直させた。
「ぐっ……な、なんだこの味は!? ど、毒か! 暗殺か!」
「う、うああああ……! 意識が、世界が溶ける……!」
味覚と嗅覚の両方から襲いかかる、暴力的なまでの刺激。
特に嗅覚が人間族の数倍鋭い獣人族にとって、その異臭はもはや致死量に近い衝撃だった。
四人の獣人族は、泡を吹きそうな顔で白目を剥き、そのままガクンと項垂れて意識を失ってしまった。
しかし、ただ一人。
黒、黄、白の虎模様が混ざった髪に、立派なモフモフの尻尾を持つ虎の戦士だけは、激しい苦痛に身を震わせながらも、必死に意識の糸を繋ぎ止めていた。
「くそっ……! た、耐えてみせる……! 王子の……御名にかけて……こんな、得体の知れない泥水に……屈するものか……!」
彼は口の端から滴るシチューを吐き出しながら、涙目で俺たちを睨みつける。
「おや、素晴らしい根性だね。そちらの虎の戦士さん」
アルテオは感心したように無邪気に笑うと、スプーンに残ったシチューをさらに彼の鼻先へ近づけた。
「二口目はいかが? 今度は少し、成分を濃くしてみたんだ」
「や、やめろおおお! 来るな! それだけは勘弁してくれ!」
誇り高き戦士が、泣き叫びながら必死に顔を背ける。その様子は、戦士の意地というより、根源的な死への恐怖そのものだった。
そんな絶望的な空気の中、クロードが静かに口を開いた。
彼の声は穏やかだが、その言葉には逃げ場を塞ぐような狡猾さが宿っていた。
「さて。我々はあなた方の目的を知りたいだけなのです。あなた方は、自分の名前すら明かせない卑怯者として、ここでその『特製料理』を完食する道を選びますか?」
クロードは一呼吸置き、さらに畳みかける。
「それとも、噂の真偽を確かめるという大義を背負った戦士として、対等に話をしますか? どうせ国の命で動いているのでしょうが、この極秘任務は一体誰の差し金で、何を調べに来たのですか? 私たちドラグーン王族の秘密を探りに来た、ベンドア獣王国の勇敢な戦士としての誇りはないのですか? それとも、魔族の情報だけに踊らされた、ただの愚かな獣人族なのでしょうか」
クロードの言葉は、複数の情報を巧みに混ぜ、彼らのプライドを激しくくすぐった。
虎の戦士は、シチューの恐怖に煽られ、さらには戦士としての誇りを挑発され、ついに堪えきれずに叫んだ。
「ふざけるな! そんなこと誰が答えるか! 誰が卑怯者だ! 俺は遊撃隊隊長のカインだ! ベンドア獣王国の王子直属だぞ!」
「ほう、遊撃隊の隊長さんですか」
「お前たちドラグーン王族が王を殺し、エタンと組んで我が国を狙っていると聞いて……ぐぅ、調査に出ていたんだ! 本当は偵察と監視のみのはずだったが、途中の村人の悲痛な訴えを聞いて、つい、攻撃に出てしまったんだ!」
カインは、答えるつもりはないという態度を崩さないまま、誘導されるがままに名前、階級、所属、目的、そして独断で襲撃した理由まで、そのすべてを吐き出してしまった。
「……遊撃隊隊長のカイン、か。噂の出どころは、やはり魔族なんだろうな」
俺は静かにそう呟くと、オーウェンとクロードが止めるのも聞かず、カインの縄を解いた。
「ナバール様!」
「いいんだ、オーウェン。俺たちは誤解を解きに来たんだから」
縄を解かれたカインは、驚きで耳と髪を逆立てながら、地面に手をついて荒い息を吐いた。
俺はカインの目を見つめ、姿勢を正して告げた。
「改めて自己紹介をしよう。私はドラグーン王国の国王、ナバールだ。……だが、君たちが聞いている噂にあるような事実は、何一つとして存在しない」
俺は淡々と、しかし真摯に語り始めた。
ドラグーン王国の現状。魔族の襲撃。尊敬していた父、アラン王の最期。
そして、悪意ある噂が広まる中、真実を獣王国の王に伝えるために、この装甲車を走らせてきたこと。
俺の言葉を聞き終えたカインは、しばらく沈黙していた。
シチューの拷問は酷かったが、仲間は一人も殺されず、こうして自分も縄を解かれた。その事実が、俺の言葉に重みを与えたようだった。
「……信じる。貴殿の……いや、ナバール王、あなたの言葉を信じよう。この世のものとは思えない『地獄の汁』を他人に食わせるような人間が、わざわざこんな回りくどい嘘をつくとは思えんからな」
「……あはは、ありがとう。カインに信じてもらえたなら、第一歩だ」
「俺を信じてくれたのなら、頼みがある。どうか、我が王子に会ってほしい。この噂が国全体を飲み込む前に、直接真実を伝えてくれ。案内は俺がする」
俺は力強く頷いた。それが俺たちの、この旅の目的そのものだ。
その時だった。
周囲の地面に転がり、泡を吹いて倒れていた四人の獣人族たちが、突如として大きく息を吸い込み、跳ね起きた。
「はっ……! 生きて……俺は、まだ生きてるのか!?」
「な、なんだ? 体が……驚くほど軽いぞ!?」
俺たち全員が、その光景に目を丸くした。
彼らはつい数分前まで、アルテオの料理による「ショック死」寸前のような状態だったはずだ。
「アルテオ……彼らの様子がおかしいが、何をしたんだ?」
オーウェンが引き気味に尋ねると、アルテオは鍋の底をさらいながら、至極真面目な顔で答えた。
「ああ。言っただろう? 僕の料理は、理論上、完璧な栄養バランスなんだ。味覚、嗅覚、視覚に訴えかける刺激は確かに『少し』強いけれど、それらは体内で爆発的な魔力に変換され、失われた体力と魔力をフル回復させているはずだよ」
「な……ッ!?」
カインを含む五人の獣人族は、信じられないという顔で自分の腕や脚を叩き、顔を見合わせた。
「ああ、なんてことだ。……傷跡まで消えかかっている」
「力が……みなぎってやがる。これが……あの地獄のような味の対価だというのか!?」
五人の獣人族は、口々に驚愕の声を上げた。
その中で、カインだけが震える声でアルテオに詰め寄った。
「あ、アルテオ殿……。貴殿の料理が、我々を救ったのは事実だ。認めよう。……だが、頼む。もう二度と……二度と我々に、そのシチューを振る舞わないと誓ってくれ!」
アルテオは不思議そうに首を傾げた。
「なぜだい? 疲労回復にはこれ以上ない最適な処方のはずだが」
「いいや! あれは食事じゃない、拷問だ! 我ら獣人族にとっては、毒を盛られるのと変わらん屈辱なんだ! 頼む、二度と見せないでくれ!」
カインは、再び差し出されようとしたスプーンを拒絶するように、全力で後ずさった。
俺とオーウェン、そしてクロードの三人は顔を見合わせ、静かに悟った。
(アルテオの料理は、食べる人間にとっては地獄の苦しみだが……獣人族にとっては、瞬時に体力を引き上げる『最悪の劇薬』なんだな……)
俺たちは、この尋問道具――いや、あまりにも強力すぎる「回復手段」を、今後の旅でどう活用すべきかについて、無言の合意を交わした。
こうして、一触即発だった獣人の遊撃隊は、胃袋(と精神)を徹底的に破壊されることで、俺たちの強力な協力者へと変わったのだった。
ご清読ありがとうございます。
アルテオの料理が、まさかの「最強の回復薬」としての真価を発揮(?)しました。
味覚を犠牲に体力を取るか、それとも誇りを守って倒れるか……獣人たちにとっては、究極の選択を迫られる旅の始まりかもしれません。
カインという案内役を得たナバールたちですが、広まる悪評と魔族の影が、そう簡単に道を通してくれるはずもなく……。
王子の元へ辿り着く前に、さらなるトラブルが一行を待ち受けます。
物語が加速する次回も、ぜひお楽しみに!
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