エピソード33:悲劇はオーウェンに
いよいよ舞台はベンドア獣王国へ。
道中で遭遇する魔物に対し、ついにアルテオとクロードがその実戦能力を披露します。
理論を極めた天才と、補助を極めた専門家。
しかし、終わりのない「オーラ修行」の弊害は、思わぬ形で仲間に牙を剥くのでした。
真面目すぎる武人・オーウェンを襲う、最大の受難とは。
魔導装甲車グラン・タウロスは、ついに目的地であるベンドア獣王国との国境付近へと差し掛かっていた。
車窓から見える景色は、これまでのエタンの穏やかな平原とは一変し、切り立った断崖や原生林が織りなす険しい地形へと姿を変えていく。空気を満たす魔力の濃度も、心なしか濃くなっているように感じられた。
操縦席にはアルテオが座り、俺は助手席で、いつどこから敵が飛び出してきてもおかしくない前方の森を睨みつけていた。後部座席では、昨夜の「地獄のシチュー」から辛うじて生還したオーウェンとクロードが、まだ少し顔色を悪くしながらも、戦士の眼差しを取り戻していた。
「……ナバール、ここから先はもう獣王国の勢力圏だ。タウロスのセンサーが、生体反応と魔素の乱れを検知し始めているよ。そろそろ、魔物が出るだろうね」
アルテオが、まるで行楽地のガイドでもするかのような、緊張感のない声で告げた。
「ああ、油断するなよ。獣王国の魔物は、エタンの平原にいる連中とは凶暴さが違う。アルテオ、お前が実戦に参加するのはこれが初めてなんだろう?」
俺が問いかけると、アルテオはどこか楽しげに、それでいてあっさりと答えた。
「ああ、そうだね。今までずっと研究室に籠もって開発と実験ばかりしていたからね。実戦経験という意味では、僕は完全な初心者だよ。……ナバール、そんなに不安そうな顔をしないでくれ。知識とシミュレーションに関しては、誰よりも完璧なんだから」
アルテオは自信満々に言うと、中央のホログラムモニターに、流れるような操作でデータを呼び出した。そこには、これから遭遇するであろう獣型の魔物の詳細な生体データが、恐ろしいほどの密度で羅列されていた。
「この周辺に生息する個体群は、主に土属性を核とした風の混合属性だ。身体構造の弱点は首筋と右後肢の付け根。魔力の循環経路は三系統あり、そこを遮断すれば瞬時に無力化できる。……すべて、僕の頭の中に叩き込まれているよ」
知識だけでなく、タウロスの全方位センサーと同期することで、彼は戦場を鳥の目で見下ろすような視座で挑むつもりらしい。
一方で、クロードは剣術の心得もあるが、本職は補助系の魔導士である。
「クロード、お前はどうだ。戦闘経験は?」
俺が尋ねると、クロードは少し困ったように、けれど爽やかに笑って答えた。
「私も、兵団に所属していた頃に小規模な紛争を経験した程度で、本格的な魔物狩りは久しぶりです。ただ、補助系の術式には自信があります。結界の構築、敵の目眩まし、重力操作による機動力の鈍化……そういう裏方の仕事なら、お任せください」
なるほど。つまり今のパーティー構成は、俺とオーウェンという「経験豊富な近接戦闘のプロ」に対し、アルテオという「理論の化け物」と、クロードという「専門家」が加わった、極めて尖った構成というわけだ。
その時、タウロスの落ち着いた女性音声が、車内に響き渡った。
『警告。前方四八〇メートル、密集した森の中に複数の熱源と魔力反応を検知。中級魔物、ロックジャバー。個体数、七。全個体、強固な土属性の魔力障壁を形成中』
「よし、ちょうどいい。アルテオ、実戦の感覚を掴むぞ。オーウェン、準備はいいか」
「……承知いたしました。遅れは取りません」
タウロスが静かに停車し、重厚な扉が開く。
俺たち四人は、湿った森の空気の中に飛び出した。
木々の奥から、岩石のような皮膚と鋭い牙を持つ巨大な四足獣、ロックジャバーが現れる。その皮膚は通常の剣では歯が立たないほど硬く、土属性の魔力を帯びて赤茶色に輝いていた。
「クロード、三番目と五番目の個体を即座に無力化しろ。それからリーダー格の四肢に『加重術式』を重ねて。属性は風で打ち消すんだ」
アルテオが、まるで研究発表のように淡々と指示を飛ばした。
「了解! スリープ・ブリーズ!」
クロードが即座に杖を振るい、魔力を解放した。
ロックジャバーの群れの中を、淡い緑色の風が渦を巻くように吹き抜ける。直撃を受けた二体は、抵抗する間もなくその場に崩れ落ち、巨大な地響きを立てて眠りに落ちた。同時に、一回り大きなリーダー格の動きが、まるで見えない鎖に繋がれたかのように鈍くなる。
「さすがだね。あとは僕の仕事だ」
アルテオが静かに掌を前方に向けた。
彼が魔力を練り上げる動作には、無駄な溜めも、誇張された予備動作も一切ない。ただ、冷徹な機械が稼働するように、最適解へと魔力が収束していく。
「……術式展開。水属性『ハイドロ・ニードル』。指向性集中」
アルテオの掌から、五本の青白い光の針が放たれた。
ロックジャバーの岩の皮膚を貫くには、鈍い打撃ではなく、水属性を極限まで鋭利に圧縮した「一点突破」の術式こそが最適だと、彼の計算が弾き出したのだろう。
水の針は、寸分の狂いもなく、残りの五体の眉間と心臓を貫いた。
余計な魔力の拡散も、派手な爆発もない。ただ、生命活動のスイッチを切るような、あまりにも効率的で冷酷な一撃。
五体の魔物は、悲鳴を上げることすら許されず、次々と沈黙していった。
俺は、その光景を呆然と見つめるしかなかった。
「……なんだ、その精度は。おい、本当に実戦経験がないのか? 狙撃の専門職でもあそこまではできんぞ」
「知識通りに実行すれば、こうなるのは必然だよ。無駄な魔力を使わずに済むから、これが一番効率的なんだ」
アルテオは涼しい顔で、手のひらに残った熱を逃がした。
彼が培ってきた膨大な知識と理論は、俺たちが戦場で泥を啜りながら身につけた「勘」や「経験」を、一足飛びに追い越してしまったようだった。まさに、天才。
「すごいです、アルテオ様! 私の補助術も完璧に噛み合って――」
クロードが興奮気味に駆け寄ろうとした、その時だった。
彼の顔から一気に血の気が引いた。昨日から続く「常時オーラ展開」の修行で、常にギリギリの魔力調整を強いられていた弊害が、この瞬間に最悪の形で噴出したのだ。
「あ、い、いけない! 制御が……魔力が出過ぎたっ!」
クロードが放っていた「眠り」と「鈍化」の術式に、制御不能となった大量の魔力が上乗せされてしまった。それは指向性を失い、敵も味方も関係なく、その場にいる全員を呑み込む爆風となった。
森の中に、突如として**「暴力的なまでに心地よい、究極の催眠性魔力」**が拡散した。
その直撃を真正面から浴びたのは、戦闘を終えて警戒を解こうとしていたオーウェンだった。
ドラグーン王国随一の武人である彼の表情が、ふわりと、幼児のような穏やかなものになったかと思うと、その場で糸の切れた人形のように倒れ込み、**「スゥ……スゥ……」と深すぎる眠りについてしまった。**
「なっ! おい、オーウェン!?」
俺は必死に歯を食いしばり、自分の舌を噛んで睡魔を振り払おうとしたが、視界がぐにゃりと歪む。アルテオは瞬時に自分と俺を覆うように結界を張り、物理的な魔力の侵食を遮断した。
「クロード! 君の魔力暴走が、補助魔法に『強制シャットダウン』の効果を与えてしまったぞ!」
「ひぃ、すみません! 申し訳ありません! 修行のせいで、オーラの制御を戻しきれず、つい全力で放出してしまい……!」
俺は必死に頬を平手打ちし、涙目になりながら睡魔に抗った。
「これは……きつい! なんだこの眠気は、魔王の呪いか何かか……!」
ようやく夕方になり、グラン・タウロスの車内でオーウェンが目を覚ました。
夕食のテーブルを囲む中、オーウェンはいつになくげっそりとした顔で、自らの顔を両手で覆い、深く、深く沈み込んでいた。
「……申し訳ございません、ナバール様。護衛として、実戦の直後に、これほど無防備な眠りに落ちるなど……武人にあるまじき不覚。あれがもし敵の増援であれば、私は今頃、主を守れぬまま死地を彷徨っていたでしょう」
オーウェンの声は、自責の念で震えていた。
その彼の前に、クロードが床に頭を擦り付けんばかりの勢いでひざまずいていた。
「オーウェン殿! すべては私の不手際、私の未熟さゆえです! 貴殿のような高潔な武人に、これほどの不覚を取らせてしまった責任は私にあります! どうか、私を斬ってください!」
オーウェンは重い頭を上げ、必死で謝罪するクロードを見つめた。
そして、小さく溜息をつくと、優しくその肩を叩いた。
「……クロード殿。顔を上げてください。貴殿の術は確かに驚くほど強力で、意識を保とうとした私の『気』すら容易く貫いてみせた。……これは、私の鍛錬がまだ足りなかったということでしょう。幸い、実害はなかった。……共に修行に励む身として、貴殿がオーラの制御に苦しんでいるのは知っています。……次は、私がその眠りに抗ってみせましょう。ですから、共に精進しましょう」
その寛大な言葉に、クロードは感動のあまり涙を浮かべていた。
「オーウェン殿……! はい! 誓います、もう二度と、修行の暴走であなたを眠らせるような真似はいたしません!」
俺は温かいシチューを啜りながら、その光景を眺めて、必死で噴き出しそうになるのを堪えていた。
(クロードの修行失敗を見て安堵し、アルテオの料理で死にかけ、挙句の果てに味方の魔法で爆睡させられる……。結局、この旅で一番損な役割を引いて苦労しているのは、真面目すぎるオーウェンなのかもしれないな……)
ドラグーン王国の王と武人、エタンの天才国王、そこで働く補助魔導士。
この歪な四人の珍道中は、目的地である獣王国を目前に、ますます混迷と「眠気」を深めていくのだった。
ご清読ありがとうございます。
アルテオのあまりにも効率的すぎる初陣と、クロードの「最大出力のスリープ」の対比をお楽しみいただけたでしょうか。
努力が裏目に出続けるクロードと、それをすべて受け止めるオーウェンの友情(?)も、今後の見どころの一つです。
次回、いよいよ獣王国の国境を越え、新たな物語が動き出します。
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