エピソード30:機械が魂を持つ日
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移動要塞「グラン・タウロス」での旅が始まりました。
操作に慣れようと奮闘するナバールですが、この車には彼の想像を超える「頭脳」が搭載されていました。
魔導装甲車グラン・タウロスは、快適そのものの旅路を続けていた。
エタン魔導国の広大な平原を、六つの巨大なゴムタイヤが力強く蹴り上げる。かつてホバーで味わった、あの魂を削るような振動はどこにもない。
俺は今、アルテオから直々に手ほどきを受けながら、この巨大な鉄の塊の操縦席を握っていた。
六輪走行というのは、ホバーのように浮遊するのとは違い、路面の凸凹や石の感触がダイレクトに伝わってくる。だが、幸いなことに、このグラン・タウロスには最新の魔導制御補助が組み込まれていた。
路面からの衝撃が車体に伝わる前に、魔力サスペンションが瞬時に硬度を変えて衝撃を吸収してくれるのだ。
ステアリングとアクセル、ブレーキ。基本的な操作さえ覚えてしまえば、あとは馬を操るよりも直感的で、俺のような武人でもすぐに慣れることができた。
「いい感じだよ、ナバール! グラン・タウロスは魔導制御の支援システムが極めて優秀だからね。君は進みたい方向と、速度の微調整だけに集中すればいい。それ以外の魔力結界の維持とか、エネルギーの最適化配分は、中の『アイツ』が全部やってくれるから」
アルテオが助手席でリラックスした様子で声をかけてくる。
「アイツ、か。本当に便利だな。これなら夜通しの走行も苦ではない」
「そうだろう? 操縦者の負担を極限まで減らすこと。それが僕の設計思想の一つなんだ」
操縦席の空間は驚くほど広く、視界も良好だ。俺の隣にはアルテオ、そして後部座席には、まるで彫像のように静かに座るオーウェンと、どこか好奇心に満ちた目で車内を見渡す新顔のクロードが控えている。
アルテオは車内の中央に埋め込まれた巨大な魔導モニターに目をやり、満足そうに頷いた。
「よし、タウロス。現在のシステム状況を詳細に報告して」
アルテオが虚空に向かって呼びかけると、モニターのスピーカーから、落ち着いた女性の合成音声が響いた。
それは感情の一切を排除した、静かで聞き取りやすい、冬の湖面のような透き通った声だった。
『了解しました。メインシステム、正常稼働中。魔力炉出力、安定。第一から第四主結界、すべてグリーン。魔石残量、現在九〇パーセント。進行方向三キロ以内に障害物および魔力反応、なし。すべて正常です』
「……アルテオ陛下。この車両には、自律型の人工知能が搭載されているのですか」
後部座席から、それまで静かにしていたクロードが、弾かれたように身を乗り出した。技術士団出身の彼にとって、それは見過ごせない単語だったのだろう。
「そうだよ、クロード。これがグラン・タウロスの頭脳、AIユニットの『タウロス』だ。エタンの最新理論と、僕の独自の魔導演算を組み合わせて作った、まだ生まれたての意識のようなものだけどね。彼女が僕らの旅を、二十四時間体制でサポートしてくれるんだ」
その時、俺の目の前に大きな左カーブが現れた。
慣れてきたという慢心があったのかもしれない。俺は少しばかり強引にハンドルを左へ切り、アクセルを踏み込んだ。
装甲車の巨体が、慣性に従ってわずかに外側へ膨らもうとする。もちろん、すぐに立て直せる範囲だったが、車内に一瞬だけ緊張が走った。
次の瞬間、タウロスの音声が、氷のように静かに響き渡った。
『警告。左前輪の死角、地下一・二メートルに未検出の空洞状の岩塊を感知。現在の速度に対し、操舵角が過大です。車体傾斜率が安全基準を超過する危険があります。即座に減速し、操舵角を三度右へ戻してください』
俺は反射的にブレーキを踏み、ハンドルを緩めた。
「くっ……! いちいち細かいな。わかってるよ、そんなこと!」
思わず、スピーカーに向かって声を荒らげてしまった。
「ナバール様。タウロスに八つ当たりなさらないでください。彼女は極めて的確な警告を発したまでです。人間の目では捉えきれない地中の空洞までセンサーで感知し、事前に危険を報せてくれる。これほどの守護が他にあるでしょうか」
オーウェンが、いつもの冷静な口調で、しかし少しだけ呆れたように指摘してきた。
俺は羞恥心で耳まで赤くなるのを感じた。
かつて修行中、オーラの制御に失敗してスプーンを折った時と、今の情けなさはよく似ている。自分自身の未熟さを機械に突きつけられたような、そんな気分だ。
アルテオはモニターの波形を見ながら、愉快そうに笑った。
「ははは! 怒らないでよナバール。タウロスは僕が設計した操縦支援AIだ。ただのナビゲーションじゃない。車体周辺の重力バランスや、路面の摩擦係数をリアルタイムで何万回も計算して、最適解を導き出しているんだ。おかげで、僕たちが操縦に集中できる。……つまり、彼女は君を守ろうとしているんだよ」
「……わかっている。だが、こうも完璧に指摘されると、俺の立場がないだろう」
「ナバール様、それこそが技術の恩恵です」
クロードが感心したように、目を細めてモニターを見つめている。
「まるで、感情を持たない、けれど最高に賢い助手席のナビゲーターがついているようなものです。これはエタンの技術局でもまだ理論段階の代物ですよ。アルテオ陛下、これを一人で完成させたのですか?」
アルテオは少しだけ、誇らしげでありながら、真剣な表情を浮かべた。
「タウロスはまだ、僕が教えた基本知識とプログラムの範囲でしか動けない。言わば、今はまだ高度な計算機に過ぎないんだ。けれど、この旅は彼女にとっても重要な学習期間になる。僕らの行動、この世界の未知の地形、そして襲い来る魔物の行動パターン。あらゆる生きた情報を学習し、経験を積み、最適な判断を下せるように進化していく」
アルテオは愛おしそうにモニターの縁を指先でなぞった。
「今はただのシステムかもしれない。けれどいつか、タウロスが自分の意志に近い判断を下して、僕たちを絶体絶命のピンチから救ってくれる……。そんな、本当に魂を分かち合える『頼れる相棒』になってくれることを、僕は期待しているんだよ」
「相棒、か……」
俺はハンドルを握る手に少しだけ力を込め、改めてこのグラン・タウロスの車内を見渡した。
鉄壁の装甲、広々とした居住空間、そして俺たちの命を守る冷徹で慈悲深いAIの声。
かつて、泥にまみれ、己の力だけを頼りに野山を駆け巡った修行の日々を思い出す。
あんなに苦労して身につけた技術や、磨き上げた直感さえも、この「技術」という光の前では、どこか古びたものに見えてしまうような、言いようのない寂しさを感じた。
俺の、あの血の滲むような苦労は、一体どこへ行ってしまうのだろうか。
――だが、まあいい。
隣を見れば、無邪気に夢を語る天才の甥がいる。後ろを見れば、揺るぎない忠誠を誓う武人と、冷静な技術士がいる。
そして目の前には、俺のミスを即座に補填してくれる、顔の見えない相棒がいる。
頼れる相棒というのは、いくら増えても困るものではないのだから。
俺は、悔しさ半分、安堵半分。そんな複雑な感情を吐き出すように、小さく溜息をついてから再び前を向いた。
「……タウロス。次は右カーブだ。路面状況を分析しろ。推奨速度を教えてくれ」
『了解しました。右前方、路面に水分を含んだ粘土質の層を確認。スリップの恐れがあります。推奨進入速度、五五キロメートル毎時。安全な走行を継続してサポートします』
落ち着いたタウロスの声に導かれ、俺は迷いなくハンドルを切った。
鉄の猛牛は、一分の狂いもなく、夕闇の迫る獣王国への道を順調に、そして力強く突き進んでいった。
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操作に慣れようと奮闘するナバールですが、この車には彼の想像を超える「頭脳」が搭載されていました。




