エピソード29:グラン・タウロス始動!
いつもご愛読ありがとうございます。
母上の改造によって快適になったホバーをエタンへ返却したナバールたち。
ようやく二人での静かな旅が始まるかと思いきや、あの「天才甥っ子」が黙っているはずもありませんでした。
エタン魔導国の国境を越え、俺たちはまず、王城の深層にある巨大な魔導庫へと向かった。
そこにはエタンが誇る最新鋭の魔導具が所狭しと並んでいたが、今はその主役の座を、俺たちが乗ってきた魔導ホバーが奪い去っていた。
ホバーの乗り心地が、往路の地獄が嘘だったかのように劇的に改善されていた理由――。
その真相が「アイリス母上の手による徹夜の改造」であったことを知ったアルテオは、魔導庫に到着するなり、技術局のトップであるイーデルとボネットを呼び出した。
彼は、まるで自分が褒められたかのように興奮気味に事情を説明し始めた。
「見てくれよ、二人とも! すごいだろう!? アイリス伯母さんが、たった一晩でこのホバーの欠陥を完璧に直してしまったんだ! 僕の設計は理論上完璧だと思っていたけど、実用域の安定性という点では、まだ伯母さんの足元にも及ばなかったよ!」
主の言葉を聞いたイーデルとボネットは、言葉を失ってホバーの底面を凝視した。
「な、なんと……! 王太后様が、伝説の技術者アイリス様が、直々に……!」
「浮上装置の魔力共振を、ゲル素材の緩衝材で整えたというのですか!? それも、この複雑な回路の隙間に、ミリ単位の精度で……!」
二人はもはや感激のあまり涙を流し、すぐさま作業用の白衣に着替えると、ホバーのボディの下に潜り込んでいった。
アイリス母上がどこをどう削り、どの魔力ラインを繋ぎ変えたのか。その「神の業」を少しでも盗もうと、彼らの目は血走っている。
(……助かった。母上のおかげで、ドラグーン王国の次期国王が旅の途中で吐き死ぬという、歴史に残る不名誉な悲劇を免れた。俺は、改めて母上の偉大さに心の中で深く感謝した)
ホバーも無事に故郷へ戻り、これでようやく、嵐のようなアルテオともお別れだ。
ここからは気心の知れたオーウェンと二人、粛々と獣王国ベンドアへ向かう、本来の「使節の旅」に戻れる。……はずだった。
「さて、オーウェン。荷物をまとめて、ベンドアまでの馬の手配を頼む。ここからはエタンの平原を越える長い道中になるからな」
「かしこまりました、ナバール様。すぐに頑強な軍馬を用意させます」
俺たちが城の裏門から出ようとした、その時だった。
遠くから、重厚で、それでいて不気味なほど静かな駆動音が近づいてくるのが聞こえた。
馬のいななきではない。それは、確実に巨大な「機械」が地を這う音だった。
そして、その駆動音の主が角を曲がって姿を現した瞬間、俺の淡い期待は木っ端微塵に打ち砕かれた。
運転席の窓から身を乗り出し、満面の笑みで大きく手を振る人物。それは、見間違えようはずもないアルテオだった。
「ナバール! オーウェン! こっち、こっちだよ!」
「……アルテオ、お前、どういうことだ。ホバーを預けて、自分の仕事に戻るんじゃなかったのか?」
俺は天を仰ぎ、その場に立ち尽くした。
「どういうことも何も、僕も同行するに決まってるだろ! エタンの技術局はイーデルとボネットがいれば、僕が戻るまでビクともしないよ。それに、君たちと最後まで旅をするって、最初から約束したじゃないか!」
「約束、ね……」
俺は引きつった顔で、隣に立つオーウェンを見た。オーウェンの目にも、「またですか」という諦めの色が浮かんでいる。
(このパターン、もうお約束になってないか?!)
だが、アルテオが今回持ち出してきた代物は、これまでのホバーとは一線を画していた。
それは、六輪の巨大なゴムタイヤを装備した、無骨で角ばった魔導装甲車だった。
一般的な馬車よりも二回り、いや三回りは大きく、車体側面には物理攻撃と魔法攻撃の両方を弾き返しそうな、分厚い魔導鉄板が張り巡らされている。
それは移動する家であり、同時に移動する要塞――いわば『鉄壁のキャンピングカー』とでも呼ぶべき異形だった。
「これだよ、これ! 今回はこの『グラン・タウロス』で行こう! さあ、中を見てごらんよ!」
アルテオに促されるまま、俺たちは車内に足を踏み入れた。
外見の無骨さからは想像もつかないほど、内部は贅を尽くした空間が広がっていた。
中央には大人数がゆったりと座れるコの字型の高級ソファと、折りたたみ式の大きなテーブル。壁面には、外の景色や車両の状態を映し出す魔導モニターが埋め込まれている。
「ホバーの速度は魅力だけど、これから向かう獣王国ベンドアの道中には、鬱蒼とした森林地帯や、未開の悪路が続いているからね。それに魔物が出る場所では、ホバーの薄い装甲じゃ心許ない。このグラン・タウロスなら、魔物の突進も魔法攻撃も完璧に無効化できるし、低速走行時の安定性も抜群だよ」
アルテオは自慢げに、装甲車の分厚いボディを力強く叩いた。
「燃料となる魔石は予備を含めて大量に積み込んでいるし、車体全体には僕が開発した最新の多重結界を張ってある。簡易的な調理場や、魔力を用いた浄水器も完備しているから、何日も町がない野営地を通っても、毎日温かい食事が摂れるし、清潔な水で身体を拭うこともできるよ」
そして、アルテオが最も誇らしげに語ったのは、その居住性だった。
「夜になったら、このソファの上から格納式の寝台が自動で展開するんだ。最大で八人までが快適に眠れるように設計してある。これからさらに旅の仲間が増えても、寝床に困ることはないよ!」
彼の言葉には、誰にも否定できない圧倒的な説得力があった。
王族としての尊厳を守りつつ、護衛と共に過酷な遠征を成功させるためには、これ以上ないほど理に適った移動手段だったのだ。
「……わかった。認めよう。悪路と魔物を相手にするなら、確かに馬より、この『鉄の家』の方が遥かに心強い」
俺は敗北を認め、諦めのため息をついた。
静かで穏やかな二人旅という夢は完全に潰えたが、引き換えに得られる生存率と実利は、比較にならないほど跳ね上がったのだから。
その時、城の門の方からイーデルとボネットが、一人の落ち着いた雰囲気の青年を連れて駆け寄ってきた。
「アルテオ陛下! ナバール様! お待ちください!」
「ああ、イーデルにボネット。改造箇所の調査はもう終わったのかい?」
「いえ、あのような深淵、数日では到底……。それはさておき、ナバール様。アルテオ陛下には、エタンから正式な護衛を一人お付けさせてください」
イーデルは一息つくと、横に控える冷静な瞳の青年を俺たちに紹介した。
「彼が、技術知識と武勇をもって皆様の旅路を支える、エタン技術士団の逸材、クロードでございます。このグラン・タウロスの整備から戦闘補助まで、あらゆる面で皆様をサポートすることをお約束します」
クロードと呼ばれた青年は一歩前に出ると、流れるような動作で洗練された会釈をした。
「クロードと申します。ナバール様、オーウェン様。道中、皆様の足跡を乱さぬよう、誠心誠意務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」
その立ち居振る舞いからは、相当な訓練を積んだ手練れであることが察せられた。
「よし! これでメンバーは揃ったね! じゃあナバール、オーウェン。さっそく運転の仕方を教えるよ。獣王国までは長い旅だ。四人で交代しながら運転すれば、僕も移動中に魔導の研究が進むし、君たちも長旅に飽きなくて済むだろう?」
「……運転を、俺たちがやるのか?」
「当然だよ! 技術は共有してこそ価値があるんだから!」
こうして、俺たちは新しい「鉄の馬車」――魔導装甲車グラン・タウロスに、山のような物資と、それぞれの希望と不安を積み込んだ。
アルテオの熱血指導を受けながら、俺たちは慣れない操縦桿を握り、エタンの堅牢な城門を背にする。
かつてないほど賑やかで、そして予測不能な旅路は、未知の隣国、獣王国ベンドアに向けて再び力強く出発した。
お読みいただきありがとうございました。
ホバーの次は、移動要塞「グラン・タウロス」の登場です!
さらにエタンの技術者クロードも加わり、一行はますます賑やかな顔ぶれに。
次回、この最新鋭の装甲車に積み込まれた「ある機能」が、ナバールを再び驚かせることになります。
ナバールの苦労が報われる日は、果たして来るのでしょうか……。




