エピソード27:王太后の愛
いつもご愛読ありがとうございます。
ドラグーン王国の復興も一段落し、物語はいよいよ新天地「獣王国」へと動き出します。
ナバールたちの新たな旅立ちを、ぜひ見届けてください。
ここ数日、アルテオが城に留まっている時間はほとんどなかった。
彼は朝日と共に王都の街中へと消え、日が暮れるまで戻らない。何をしているのかと探らせてみれば、アルテオは戦災で傷ついた街の人々を片っ端から見舞い、その卓越した聖属性魔法で病や怪我を癒して回っていた。
さらには、何日もかかると踏んでいた崩落した建物の修復や、ひび割れた街道の整備を一瞬の魔力放射で終わらせるなど、文字通り「奇跡」を振り撒いていたのだ。
「アルテオ陛下は、天から遣わされた救世主だ!」
「あのお方の笑顔を見ただけで、長年の腰痛が消えたぞ!」
子供から老人まで、街中が彼の噂で持ちきりだ。王都の士気はかつてないほど高まり、アルテオはあっという間に国民にとっての英雄、あるいは神に近い存在となっていた。
一方で、内政の混乱も収束の兆しを見せていた。
内務特命官となったエドルの献身的な働きぶりは、もはや執念と呼ぶべき次元に達している。
彼は母上であるアイリス王太后の事務的な負担を完璧に肩代わりするだけでなく、俺の仕事までをも先回りして整理し、大幅に軽減してくれた。
「あんなに生き生きとしたエドルを見たのは、アランが即位した頃以来だわ。本当に楽しそうだこと」
母上はそう言って微笑んでいたが、時折、その目が技術者としての好奇心で細められ、若返り続けるエドルの身体を解剖学的な視線でじっと観察しているのを見ると、流石に背筋が寒くなり、目を逸らさざるを得なかった。
さらに、母上の行動にも変化があった。
ちょくちょく執務室から姿を消したかと思えば、城の裏手にある軍馬訓練地で、あの爆音を響かせながら魔導ホバーを乗り回しているという報告が入るようになった。
流石はエタンの王族、最新鋭の魔導具を前にして、じっとしていられる性分ではないらしい。
エタンから到着したクリス率いる輸送団も無事に城内へ入り、ドラグーン王国の復興と防衛体制は、これで一気に加速するだろう。
そして、いよいよ次に進むのは獣王国ベンドアだ。
ドラグーン王国の東、エタンのさらに北東に位置する国で、当然、エタン魔導国を通っていくことになる。
俺は、母上やエドル、クリスなど城の主要な人間を集め、改めて出発を伝えた。
「また寂しくなるわね、ナバール。道中気をつけてね」
「オーウェン。ナバールのこと頼んだわよ」
母上の温かな言葉に見送られ、俺とオーウェンは城の門へと向かった。
「ナバール様、馬車はどこに用意させていますかな? 長旅に備え、最高級のクッションを用意させたはずですが」
「門の外に用意させているはずだけど……」
門を出た瞬間、俺たちの表情は凍り付いた。
そこにいたのは、最高級の馬車ではない。
ピカピカに磨き上げられた、あの魔導ホバーだ。そしてその横に、満面の笑みを浮かべたアルテオが立っていた。
「さあ、ナバール! オーウェン! 待たせたね!」
「……アルテオ、これはどういうことだ」
俺の問いに、アルテオは当然と言わんばかりに胸を張った。
「どういうことも何も、僕も同行するに決まってるだろ! それに、このホバーはエタンに置いていかなければならないからね。君たちに運んでもらうよ」
「は、運ぶ、だと……」
俺とオーウェンは、ゆっくりと顔を見合わせ、完全に遠い目になった。
地獄の二日間が、再び頭の中で鮮明に蘇る。
あの内臓を揺さぶる魔力振動。車酔いを遥かに超えた、あの拷問のような苦痛。
俺の脳は、あの鉄のソリを見ただけで拒絶反応を起こし始めていた。
オーウェンが、かすれた声で一言呟いた。
「ナバール様、わたくし、急に腹痛が……しばらくお暇をいただきます」
「オーウェン、逃げるな! 俺を一人であの地獄に放り込むつもりか!」
結局、俺たちはアルテオに半ば担ぎ込まれるようにホバーに乗り込み、死を覚悟して魔力炉を起動させた。
アルテオが操作レバーを前方に倒す。ホバーは地面を離れ、速度を上げていく。
時速五十キロ、百キロ……。
「……あれ?」
先に声を上げたのは、恐怖で窓にしがみついていたオーウェンだった。
「ナバール様……揺れませんぞ」
俺も驚き、座席に深く座り直した。そうだ、揺れがない。
以前であれば、この速度帯で激しい振動が発生し、頭痛と吐き気が襲ってきたはずだ。
今はただ滑らかに、風を切り裂いている感覚しかない。
座席のクッション性すら向上しているように感じる。
アルテオが、感動したような、悔しそうな、複雑な表情で呟いた。
「叔母さんは流石だな。何かいじっているとは思ったけど、まさかここまで根本的に解決するとは。エタンの技術者としての情熱と、母上の夢を継ぐ者としての実力に、僕は心底から感服したよ」
オーウェンは、感動に打ち震えながら、天を仰いだ。
「王太后様だ! ナバール様、これは間違いなく王太后様の御業にございます!」
母上が、俺たちの苦しみを見かねて、あの夜、城の奥の工房で奇声を上げながらホバーを改造してくれたのだ。
幽霊騒動まで引き起こしながら、彼女はただ、息子たちの旅が快適なものになるよう、その全技術を注ぎ込んでくれた。
絶望は、一瞬で安堵と感謝に変わった。
視界に広がるドラグーン王国の景色が、これまでになく穏やかに見える。
「……感謝するよ、母上」
「感謝いたします、アイリス王太后様!」
俺とオーウェンは感謝の涙が止まらない。
どうやら、今回の旅は最高の滑り出しになりそうだ。
俺たちの乗ったホバーは、王太后の愛を乗せて、獣王国への道を軽やかに駆け抜けていった。
お読みいただきありがとうございました。
あんなに恐れていた魔導ホバーが、アイリス王太后の手によって「極上の乗り物」に進化!
母親の愛(と技術者の執念)は偉大ですね。
次回、そんな快適なホバーの中で、ナバールは「天才」の洗礼を受けることになります。




