エピソード24:クリスの忠義
エタン魔導国の精鋭を率いてやってきた、陛下の忠実なる右腕――クリス。
ドラグーン王国の再建を支えるため、彼は休む間もなく王都の防備と後進の育成に奔走します。
すべては、敬愛する陛下の志を支えるため。
しかし、そんな彼の耳に届いたのは、美談をすべて台無しにする「ある一言」でした。
技術者クリスの、長くて切ない一日の記録をご覧ください。
エタン魔導国から精鋭の技術者と護衛を率いて、私、クリスはドラグーン王国の王都に到着した。
ナバール王子からの連絡を受け、急ぎ招集された技術者たちとともに、魔法結界技術を用いて城と王都の修復、および防備の強化にあたる。それが私に与えられた任務だ。
しかし、城に入った途端、まず違和感を覚えた。
国王であるアルテオ陛下の姿が見当たらないのだ。
「陛下はどちらに?」と王太后様に尋ねると、柔らかな笑顔でこう返された。
「アルテオなら、今朝から城下を散歩しているわ。珍しいものを見つけたようよ」
散歩?
ほう……。この一大事の最中に、部下に指示だけは山のようにしておいて? 自分は、散歩?
カバンから常備している小型のメモ帳を取り出す。
【アルテオ陛下本日行動記録:9日早朝、部下(私)に引き継ぎなしのまま城下へ無許可で散歩。職務放棄の疑い。メモ】
早速、王太后様から、新たな任務が下された。
「クリスさん。こちらのサリバンとビオラという若者たちですが、魔導士団強化のため、あなたの指導をお願いしたいの」
「はい、初めまして。サリバンくん、ビオラさん。私が先生、ということになりますか」
「育成指導。ほうほう、そうでしたか。いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」
優秀な人材を育てるのは技術者としての喜びだ。しかし、指導内容についてのアルテオ陛下からの引き継ぎは、当然ながら一切ない。
【アルテオ陛下行動記録追記:魔導士団育成指導の件、詳細な指示・計画立案は私に丸投げ。責任放棄。メモ】
私は、城壁の結界強化の指示出しと、サリバンくんたちへの基礎魔力制御の指導を並行して行った。
仕事の合間に、休憩中の職人たちに声をかけられた。
「いやあ、アルテオ陛下はすごいね!魔力で壁を直してくれてさ!」
「治癒魔法も上手で、子供たちがみんな笑顔になったよ!」
王族嫌いで有名な、生粋の魔導オタクである陛下に、そのような優しい一面があったとは。
彼の人間味あふれる行動を聞くうちに、朝から溜まっていた苛立ちが、少しずつ霧散していくのを感じた。
夕暮れ時。私は城壁の最終チェックのため、門の近くに立っていた。
すると、遠くの修理現場から、子供たちに手を振る別れ際のアルテオ陛下が見えた。
本当に楽しそうだ。国民は心から彼に感謝し、彼もまた国民を大切にしている。
彼の穏やかな横顔を見つめながら、私はフッと微笑んだ。
幼い頃、両親を早くに亡くされた陛下にとって、国民と分け隔てなく交流できる、今日のこのような生き方は、満たされた「休日」だったのかもしれない。
王として、常に技術と向き合い、孤独であった陛下が、誰にも縛られずに心から笑っている。
(この方の補佐ができるのなら、多少の苦労は厭わない。私は、この人につかえてよかったのだ)
心が、温かくなるのを感じた。
私はメモ帳を取り出した。今朝書いた「職務放棄の疑い」の項を、横線で消そうとする。
私の手が、鉛筆を走らせようとした、その時だった。
風に乗って、聞き慣れた、妙に明るい声が、私の耳に飛び込んできた。
「あ!クリスに育成指導の件、伝えてなかった、
まあ、いっか。クリスに丸投げしーとこ!」
私の手は、ぴたりと止まった。
温かかったはずの心が、一瞬で凍りつく。
私は、ゆっくりと、感情をなくした無表情になる。
そして、私はメモ帳のページを破りそうなくらいの力で、アルテオ陛下の「罪」をゴリゴリと追記し始めた。
【アルテオ陛下行動記録最終追記:丸投げの件、確信犯。反省の色なし。極刑を要求。メモ】
クリスの長い一日が、こうして終わった。
エピソード24をお読みいただき、ありがとうございました!
一度は「この人に仕えてよかった」と感動の涙を誘っておきながら、最後の数行で全てをメモ帳の「極刑要求」へと叩き落とす……。まさにアルテオとクリスの関係性を象徴するような一幕でした。
自由奔放な天才・アルテオと、彼を支え(監視し)続ける秀才・クリス。
この二人の掛け合いがあるからこそ、重厚な戦記物の中に心地よいリズムが生まれますね。
クリスのメモ帳が真っ黒に埋まらないことを祈るばかりです(笑)。
王都の修復が進み、次なる舞台への準備が整いつつある彼らの「行進曲」を、ぜひ最後まで見守っていただければ幸いです。




