エピソード17.5:閑話・密書に託された願い
同盟の調印を終えたアルテオが一人、読み返したアイリス王妃からの密書。
ナバールには明かされなかった、手紙の全貌が今明かされます。
会議が終わり、イーデルたちが退出した後の静かな執務室。
アルテオは、一度は机に置いたアイリス王妃からの密書を、吸い寄せられるように再び手に取った。
「……ふぅ。さて、もう一度ちゃんと読み返しておこうかな。おば様の、本当の『願い』を」
公式な場での「賢王」の仮面を一度脱ぎ、彼はアイリスの声を心で聴くように、再びその文字を追い始めた。
拝啓、親愛なるアルテオへ
おばさま(アイリス)よ。元気でやっているかしら? そちらの魔導の研究は順調かしら?
手紙を書く暇もないほど忙しいのは重々承知しているけれど、今回は本当にあなたに頼みたいことがあって、無理を承知で筆を執ったわ。
私たちの国は今、最愛のアラン王を失い、混乱の中にいる。詳しくはナバールから聞くことになるでしょう。
率直に言うと、ドラグーン王国は今、ちょっとした(というか、かなり大きな)ピンチに見舞われていて、おばさま、本当に困っているの。
あなたの愛する従弟、ナバールが、この国を継ぐことになったのよ。彼は、試練を乗り越えたばかりで、まだ若い王なの。アラン様は、最期まで彼の未来を見ていた。あなたにも、彼の王としての旅立ちを、支えてほしいの。
彼が最初に向かうのが、あなたのいるエタン魔導国。同盟国として正式な支援を要請するはずだけど、それとは別に、あなたの知恵と、あの広い人脈が必要なの。
これは、王妃としての言葉ではなく、あなたの愛するおばさまとしての、個人的な切なる願いだと思ってね。ナバールがエタン魔導国で最大限の協力を得られるように、水面下で手を貸してほしい。
あなたに会えるのを楽しみにしているわ。くれぐれも無理はしないように。
心より愛を込めて、
アイリス
最後まで読み終えると、アルテオの口元にふっと柔らかな笑みが浮かんだ。
「くすっ……『ちょっとしたピンチ』だなんて。あんな絶望的な状況を、こんなにチャーミングに表現できるのはおば様だけだ。……でも、それだけ必死なんだね。僕を頼ってくれるくらいに」
アルテオは手紙を丁寧に畳むと、大切に内ポケットへ仕舞い込んだ。
「水面下で」という言葉の裏にある、甥である自分を危険に晒したくないというアイリスの慈愛。そして、これから一人で過酷な運命に立ち向かおうとしているナバールの孤独。
それらを想うと、もう「王」としての理屈だけでは動けなかった。
「おば様。今回ばかりは、その言いつけは守れそうにないよ。無理もするし、表立って動かせてもらう。……だって僕は、あいつの兄貴分なんだから」
アルテオは立ち上がり、ナバールが待つ自室へと向かった。
扉を開ければ、そこにはかつてのように、王という重責を脱ぎ捨てた一人の従弟が待っている。
(今夜は、昔みたいに並んで寝よう。あいつの不安も、悲しみも、全部僕が聞いてやるから)
ポケットの中にある手紙の温もりを感じながら、アルテオはナバールのためにすべてを懸ける決意を、改めて胸に刻んだ。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
アイリス王妃の密書に込められていたのは、母としての切なる祈りと、甥への確かな信頼でした。
「水面下で」という言いつけを破り、あえて表舞台で泥を被る覚悟を決めたアルテオでした。




