エピソード16:賢王との再会
エタン魔導国の深部。
ナバールを待ち受けていたのは、かつて共に遊んだ従兄弟、アルテオでした。
衛兵に案内された私とオーウェンは、エタン魔導国の王城内を進んでいた。
城内はドラグーン王国の古風で重厚な荘厳さとは全く異なり、流れるような金属製の通路と、青白い魔力光を発する導管が張り巡らされている。まるで巨大な生体機械の血管のようだ。
(アルテオは王になってから、さまざまな研究で世の中を便利にして『賢王』なんて呼ばれているらしいな)
私は物思いに沈んだ。
最後に従兄弟のアルテオに会ったのは、四年前。アルテオの両親の葬儀の時だ。
あの時、泣き腫らした顔で王位を継いだ少年が、今や一国の主として私を迎えてくれる。
「昔はよく城の中でかくれんぼしたり、こっそり開発中の通信魔導具で遊んだりして、ボアさんによく怒られてたよな」
私はオーウェンに話しかけた。
「いい思い出だ。彼も王となり、そして私も王となった今、そういった無邪気なことをすることは、もうないのだろうな」
オーウェンは静かに頷いた。
「しかし、ナバール様。その変わらぬご友人の存在が、今、何よりも心の支えとなるでしょう。貴国とエタンの同盟こそが、今の王国の最大の希望です」
その瞬間。
遠い通路の突き当たりから、甲高い、よく通る声が響き渡った。
「ナバ……ーール!」
私が目を凝らす間もなく、白衣のような研究服を着た男が、まるで弾丸のように滑走してきた。足元からは微かな魔力の残留音が聞こえる。
「ナバーーール!!」
激しい勢いで抱きつかれ、私は王家の剣を背負ったままよろめいた。
その突撃を受け止めたのが、魔導国エタンの賢王アルテオその人だった。
「ねえどうしたの突然!? 次期国王って何? カッコつけてみたの? ハハッ! 久しぶりだね! 背、大きくなったね!」
一方的な質問と、場違いなハイテンション。私は困惑しながらも、旧友との再会を噛みしめる。
「な、アルテオ……」
アルテオは私の肩をガッチリと掴んだまま、顔を近づけた。
「研究が煮詰まっててね、ちょうど面白い実験がしたかったんだ! 君が来てくれて最高のタイミングだよ!」
その時、奥から恐ろしい速さで三つの影が接近してきた。
大魔導士のイーデルとボネット、そして近侍のクリスだ。彼らもまた、ホバーシューズらしきもので滑ってきていた。
イーデルは恐ろしい形相でアルテオに近づくと、バシッ! と乾いた音を響かせ、アルテオの頭を軽く叩いた。
「アルテオ陛下! 他国の王太子殿下に対する対応として、あまりに無礼です! すぐに立場をわきまえなさい!」
「痛いよ、イーデル!」と子供のように頭を抱えるアルテオ。
ボネットはオーウェンに向かって深々と頭を下げた。その謝罪は丁寧だがどこか事務的で、すでに手慣れている様子だ。
「騎士団長殿。主の失態、重ねてお詫び申し上げます。誠に恐縮ながら、この方は、極度の興奮状態に陥ると王族としての規律を忘れるという持病でして」
「持病じゃないよ、ボネット! 喜びの表現だよ!」
「実験に巻き込むのはご自身の護衛騎士だけにしてください! 他国の国王を巻き込まないでください!」
イーデルが早口で叱責する。
その一連の流れを、クリスは額に手を当てて深くため息をつきながら見ていた。彼は淡々と、私とオーウェンに向かって頭を下げた。
「……はぁ。ナバール殿下、オーウェン騎士団長殿。申し訳ありません。この光景が、我が国の日常です。陛下は王様というより、お子様ですね。イーデル殿もボネット殿も、もう少し反射的にツッコミを入れない訓練をしていただきたい。陛下、さっさと用件に移りましょう。彼らは遠路はるばる、命懸けでいらしたのですから」
私はこの一連のコントに心底面食らったが、同時に笑いが込み上げてきた。
深刻な事態を抱えて訪れたこの国で、この騒動こそが、王位継承の重さも、父の死の悲しみも、すべてを吹き飛ばしてくれる「変わらぬ友」の姿だった。
場所を移し、六人だけで密室の会談が始まった。
私がドラグーン王国の危機的状況を克明に報告し、父の遺言、そして魔族の侵攻の事実を伝えると、室内の空気は一瞬で重く冷え込み、アルテオの顔からコミカルな笑顔が完全に消えた。
私は、母アイリス王妃からの密書をアルテオに手渡した。
アルテオはそれを開き、静かに、そして鋭い視線で読み進める。
読み終えた彼は、密書を閉じると、クスッと笑みをこぼした。
「ハハッ、さすが叔母さんだ」
椅子に深く沈み込むアルテオ。
彼の瞳は、鋭い知性と決断力に満ちた「賢王」のものに切り替わっていた。
「イーデル、ボネット、クリス」
アルテオの声が、低く響き渡る。
「イーデル。ドラグーン王国の復興に必要な資材支援、特に治癒魔導具の即時手配を。最優先で動け」
「ボネット。派遣できる優秀な治癒魔導士と技術者をすぐにリストアップしろ」
「クリス。お前には急遽、技術者と精鋭を招集してもらい、後日ドラグーン王国へ向かってもらう。我が国の最先端の魔法結界技術をもって、城と王都の防備を担当するのだ」
その迅速かつ的確な指示は、まさに賢王と呼ぶにふさわしく、私はただ呆気にとられた。
最後までお読みいただきありがとうございます。
エタンの賢王アルテオ、そして彼を支える(?)個性的な面々。
深刻な悲劇を抱えていたナバールにとって、この騒がしさは何よりの救いだったのかもしれません。
ですが、仕事モードに切り替わったアルテオの瞳には、一切の妥協はありません。




