エピソード12:王妃の思い
新王としての初仕事を終え、次なる一歩を踏み出すナバール。
向かうは母の故郷、エタン魔導国。
翌朝。
亡き王への悲しみと激しい戦いの余波で、心身ともに疲弊しきっているはずのアイリス王妃は、昨日とは打って変わって、いつもの明るい調子を取り戻していた。
「全く、私のナバールは、本当に忙しいんだから」
「王位を継いだと思ったら、もう同盟国へご挨拶だなんて」
ナバールは父の剣を背に、旅装を整えながら母に向き直った。
「お母様。復興の国政は、お母様にご協力をお願いします」
「治癒魔導士団を率いて、国民の心を癒やしてあげてください」
「任せときなさい。可愛い息子の国政を、母親が放っておくわけがないでしょう?」
「私だって、エタン魔導国から来た王妃として、ただの心配性な母親ではないのよ」
アイリスはくすりと笑い、ナバールへ一枚の羊皮紙で包まれた密書を手渡した。
「これは、私が直筆で書いた、エタン魔導国の賢王アルテオへ宛てた密書よ」
「アルテオは、私の可愛い甥っ子。あなたが王になった以上、彼は必ず力を貸してくれるはずだけど……」
アイリスは、ナバールの頬を軽く叩いた。
「くれぐれも、あの子に『おば様の愛息子のナバール』だと、優しく伝えて頂戴ね」
「あの子は優秀だけど、私の姉の子だから陽気で愉快な性格なの。ナバールがあの子の冗談に困らないか、そっちのほうが心配だわ。ちゃんと頼むわよ?」
「はい、お母様。甥っ子によろしく伝えます」
ナバールは、母の愛と父の剣という二つの思いを胸に、深く一礼した。
「では、行ってきます。オーウェン、出発だ」
「かしこまりました、新王ナバール様」
騎士団長オーウェンと共に、王家の剣を携えた竜の王子は、同盟国エタン魔導国へ向け、混沌の時代を迎える世界を繋ぐための第一歩を踏み出した。
ナバールとオーウェンの背中が王城の門から完全に消えた、その瞬間。
アイリス王妃の顔から、すべての表情が消え去った。
彼女の身体がぐらりと傾ぎ、両膝が地面に着こうとした。
しかし、王妃は崩れることを許さなかった。
彼女は両手を強く握りしめ、爪が手のひらに食い込むほどの力で、その場に留まった。
「……王妃様!」
傍らに控えていた侍女が慌てて駆け寄ろうとするが、アイリス王妃は片手でそれを制した。
「大丈夫よ。この国は今、感情的なリーダーを必要としていないわ」
彼女は一瞬で王妃の顔に戻り、瞳の奥に宿る悲しみを無理やり押し殺した。
「治癒魔導士団と、国政評議会の主要メンバーを招集しなさい」
「新王ナバールが帰還するまで、このドラグーン王国は、私が守り抜く」
その声は、一人の母親のものではなく、国を守る鋼の意志を持った王妃そのものだった。
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母として笑い、王妃として耐えるアイリス。
彼女もまた、アラン王の遺志を継ぎ、戦場とは別の場所で孤独な戦いを始めていました。




