予想外の来訪者
美人さん、のんびりと再登場。
●8月◆日 早朝
カッパさんこときゅうさん(私命名)と初対面を果たした次の日、我が家には予想外のお客様を迎えていた。
朝の日課である家庭菜園の手入れのため外へ出ると、最近繁茂しているオクラと並んで見覚えのある着流し姿の人影を見つける。
オクラをガン見している姿も相変わらずの美しさな美人さんだ。
「おはようございます、オクラってちょっと不思議な生り方しますよね」
驚かさないようにわざと物音を立ててから話しかけると、美人さんの視線がオクラから私へ移る。
それでも体の向きはオクラへ向いたままだから、美人さんは相当オクラが気になるらしい。
「…………おはよう」
ワンテンポ遅れたようなのんびりとした挨拶を返してくれた美人さんは、またオクラへと視線を戻す。
生ってるオクラを見た事がなければ、オクラの形状的にナスとかキュウリみたいにぶら下がってる姿を想像すると思う。
しかし実際のところ、オクラはお尻というか尻尾というか、細い先っぽをを天へ向けて生るのだ。
今現在、その先っぽを美人さんが恐る恐るといった風にツンツンしている。
あくまでも表情を変えずに。
どんな感情かわからないが、なんとなく楽しんでるような気配は伝わってくる。
「……弾けない?」
しばらくして不思議そうに首を傾げた美人さんが私を振り返って、そう呟いた。
惜しい。たぶんだが、それはホウセンカの種だろう。
ほんの少しオクラと雰囲気が似てなくもないのはわかるが、これはオクラなので弾ける事はない。
それを説明すると、美人さんは何処か残念そうに「……そう」とだけ口にする。
無表情ながら、いかにもしゅんとしてますな状態の美人さんに、私は慌ててオクラの良い所アピールをする。
ネバネバして美味しい。切り口の形が可愛い。冷奴に乗せて食べるのもあり。あと、冷やした蕎麦に乗せて温玉と……。
「…………おんたま」
無言で私のオクラいいとこアピールを聞いていた美人さんが、ピクリと反応して私の言葉を反芻する。
「温玉……えぇと、この場合の温玉は半熟でとろとろさせた卵料理の事ですね」
温玉がわからなかったかと説明すると、美人さんの目が見張られ、オクラへと向いていた体も私の方へ向けられる。
「…………おいしい?」
「ん? えぇと、この流れだと、温玉の事ですよね。半熟だから、好みは別れると思いますが、私は好きですよ……あ、そうだ。なんちゃってで良ければ、レンジで作れるので」
ちらりと家の方を見て、食べてみます? と続けようとした言葉は、いつの間にか距離を詰めてきてほぼゼロ距離にいた美人さんに驚いて何処かへ飛んでいってしまった。
「…………食べたい」
「あ、はい。では、少々お待ちくださいね」
もしかしてカッパくんが最近やたらと卵欲しがってたのって、と何かを察せてしまうぐらいの圧を受けながら、私は勝手口から台所へと戻る。
「すぐ出来ますので、その辺に……」
冷蔵庫から卵を取り出しながら、ついて来ているであろう美人さんを振り返った私は、思いがけず距離がある相手にシパシパと瞬きを繰り返す。
「…………」
入って来ないのかなと見ていると、美人さんは無表情のまま無言で見つめ返してくるのだが、何処かその表情が寂しげに見えてしまった私は、台所に置いてあるテーブルセットの椅子を引く。
使い慣れてないせいか、ガタンッという大きな音に自分で少し驚いてしまったが、えへんと咳払いで誤魔化して美人さんを振り返る。
「どうぞ、こちらへ座ってお待ちください」
使っていないのに無駄に大きくて場所を取るテーブルセットだが、やっと日の目を見る時が来たのかもしれない。
普段一人で食べる時やカッパくんと食べる時は、茶の間のローテーブルで並んで食べているからね。
さすがにあの人間離れしたというか、たぶんあやかしな美人さんを茶の間へ通す勇気はない。
怖いからではなく、なんか恐れ多いので。
あと、見た目的にうちの生活感溢れる茶の間に美人さんが浮く。
私がそんなどうでも良い事を考えている間に、うっすら微笑んだ美人さんが家の中へ入ってくる。
そのまま上がって来ようとする美人さんだったが、ふと何かに気付いたように動きを止めると、一瞬で履物が草履からスリッパへ変わる。
しかも、うちに置いてあるお客様用スリッパと同じ物だ。
うーん、地味だけどファンタジー。
ちなみにだが、カッパくんは何も言ってないのに置いておいた濡れタオルで足をふきふきして上がって来てくれたお利口さんである。
「…………お邪魔する」
カッパくんのお利口さんエピソードを思い出していると、スリッパへ履き替えた美人さんが改めてそんな挨拶と共に上がって来る。
一瞬、よくある関西のノリの「邪魔するなら帰ってな〜」という返しをやったらどうなる? という悪戯心が湧きかけたが、絶対今じゃないと必死で飲み込んでおく。
冷蔵庫から卵を取り出す間も、卵を割って作業をしている間も、美人さんの視線がじっと追ってきている気がする。
「あの、今日は何のご用で……」
レンジをかける数秒、無言の時間に耐えかねた私が振り返りつつ問いかけると、思いの外バッチリ目が合ってしまい言葉が行方不明になる。
美人さんの熱視線は心臓に悪い。
「…………名前」
「名前……?」
ここで『いやぁ、私の名前ですね!』と自己紹介を始められるほど、私は自己肯定感強くはない。
そして、たぶんそれが出来る人が、物語の主人公というものなのだろう。
きっと私は、そんなモノに成れそうもない。
やっぱりというか、美人さんは自己紹介なんて求めていなかったようで、私の問い返しには無言で首を傾げている。
美人さんはどんな仕草をしても美人さんだが、あどけなく小首を傾げる姿というのは……可愛い。
ま、ダントツ一番可愛いのは、カッパくんの首を傾げる姿ですけども!
暑さのせいか、美人さんと二人きりという緊張感のせいか、内心妙なテンションになりつつ、終了音を響かせたレンジから卵の入った容器を取り出す。
これは某百円ショップで買った、レンジで温玉が出来る! という便利グッズだ。
さすがにそのまま出すのは見栄えが良くないので、小鉢へ出来上がった温玉を取り出す。
なかなかいい感じにとろとろで半熟っぽく出来たと思う。
私はこれにしょう油をかけて、ご飯に乗せて食べるのが好きだ。
そんなどうでもいい事を考えながら、私は温玉を盛りつけた小鉢を美人さんの前へ置いて、
「出来上がりましたが、味付けは……」
どうします? と質問しようとした。
こればっかりは好みなので、本人に決めてもらおうと思ったのだ。
しかし、それは無意味な問いとなってしまった。
「…………いただく」
私の手が小鉢から離れた瞬間、伸びてきた美人さんの手が小鉢を持ち上げ、そのまま中身を一気に飲み干したのだ。
それこそ、昔のボクシング映画か何かで見た、ジョッキに入れた生卵を飲み干していたみたいに。
「…………おいし、かった」
「……それは、よかったです」
ペロリと唇を舐める美人さんの仕草が艶めかしくて、私は視線を外しながら空になった小鉢を回収してシンクへ放り込む。
洗い物をしていると、背中に視線が刺さってくる。
振り返るまでもなく視線の主は美人さんだとわかる。
それと、何を伝えたいかも。
「ええと、お代わりいります?」
そう言った瞬間、背後で何かがビタビタと床を叩く音がして驚いて振り返るが、そこにはこちらを見て微かな笑みを浮かべた美人さんの姿しかない。
「…………もらえると、嬉しい」
「すぐ出来ますので、少々お待ちください」
表情はほとんど変わらないが、おやつをねだる幼児のような雰囲気に、私は先ほどの謎の音の事など忘れて先ほどと同じ作業を繰り返していく。
そして、出来上がりを美人さんの前へ置いた瞬間、またペロリと飲み干される。
どうやら卵だけの味で十分らしい。
そもそも出来立てだから熱くないのかという当たり前の心配事がやっと思い浮かんだのは、五度目のお代わりを美人さんが飲み干した後だった。
●8月◆日 午前
「ごめんなさい、もう卵無くなっちゃいました」
八度目のお代わりの後、じっと見つめてきた美人さんに申し訳なさを覚えながら、私は空になった卵パックを見せて頭を下げる。
「…………すまない、食べ過ぎた」
無表情ながら、やっちまったという雰囲気を漂わせる美人さんに、私は笑いながらパタパタと手を振る。
「良いですよ、卵ならまた買いに行けばいいですし。美味しそうに食べてもらえて嬉しかったです」
料理と言うにはおこがましいが、自分が作った物を喜んでもらえるのは嬉しい。
そんな気持ちが伝わったのか、美人さんのやっちまった顔が少し安堵へと変わったようだ。
「……ごちそうさま。美味しかった、ありがとう」
椅子に座ったまま、そんな言葉と共に微かに頭を下げてくれる美人さんに、逆に恐縮してさらにパタパタと手を振ってしまう。
たぶん、美人さんは頭を下げさせちゃいけないぐらいの立場の人──じゃなかった、あやかしだと思うし。
「…………なにか、お礼を」
「美味しかったって言ってもらえただけで十分ですよ」
意外と律儀らしい美人さんに、私は笑顔で返してやんわりとお礼を拒否しておく。
古今東西、こういう類いの相手からのお礼の品が穏やかな事は少ないから、受け取らないのが無難だろう。
「…………味玉も、もらった」
少しムッとした気配の出て来た相手に、これ以上断るのはマズいかと私が内心でオロオロしていると、立ち上がった美人さんが私へ向けて手を伸ばしてくる。
害意は無さそうなのでじっとしていると、美人さんのひんやりとした手が頬に触れる。
美人さんは間近で見ても美人さんだなぁと呑気に見つめていると、その美しい顔がゆっくりと近づいて来て、額に柔らかな感触が落とされ、すぐに離れていく。
「へ?」
「………………これで、私より弱い相手は、逃げていく」
固まっている私を気にせず、そんな謎な台詞を告げて満足そうな美人さん。
無表情なのに、ドヤッとしてるのがわかって微笑ましくあるのだが……。
「え?」
私の口からはしばらくこんな感じの声しか出なくなってしまう。
「………………うるみ」
そんな私を気にせず放置して、美人さんは謎の一言を残して勝手口から帰っていった。
美人さんが帰ってしまってから数分後、やっと復活した私が台所の窓から外を窺うと、そこには美人さん──ではなく、野菜を採ってくれているカッパくんときゅうさんの姿があった。
私に気付いたカッパくんは、パァッと満面の笑顔でブンブンと手を振ってくれ、きゅうさんは少しはにかんだような笑顔で控えめに手を振ってくれている。
二人(?)共、文句無しに可愛らしい。
おかげで美人さんから受けた諸々の衝撃は吹っ飛び、彼が結局何をしに来たのかという疑問も、最後の謎の一言も忘れてしまった私だった。
いつもありがとうございますm(_ _)m
前回はシリーズに追加するの忘れてて申し訳ありません(*ノω・*)テヘ
今回は忘れずに追加する……予定です。