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王子の誠意

作者: 夏斗

「お前との婚約を破棄するッ!そして私はこのリリィを新たな婚約者として迎えるッ!」



パーティーの最中、突如として行われた婚約破棄と新たな婚約の宣言。



困惑する周囲と私に集まる好奇の視線。



なぜなら私が婚約破棄された当人であるからだ。



――目を瞑り、息を整える。



「――殿下。私に婚約破棄される落ち度はなかったと思うのですが。」



「お前はこのリリィをいじめたというではないかッ!その他にも様々な悪事を行っていたという報告が上がってきている!」



王子は語気を荒げながら捲し立てる。



「――悪事、ですか。いじめたというのは、そこの彼女に王子に近づくな、とか、他の令息に粉をかけるな、とか、それでも聞かない彼女に身を以て恐怖を体験させた事を仰っていらっしゃいますか?」



「そ、そうだ!そなたは自身の悪事を認めるというのだな!」



私が言ったことが予想外だったのか、王子は少し驚いた顔をする。



「――少し、違いますわ。


私の行った悪事というのはそこの彼女にとっては悪事だったかもしれません。ですが、粉をかけられていた令息の婚約者だった方には善行でしょう。


王子、私は貴方のことを愛しています。だから、私にとって彼女が王子に近づかないことは善行です。


善悪というのは、人によって変わるものですよ。」



「――そんな事言いだしたらきりがないではないかッ!」



「そうです。きりがないのですよ。だからこそ、勝てば官軍、負ければ賊軍というように、勝つことこそ全て。結果が全てなのです。」



「それならお前は私に婚約破棄されたのだから負けということになるなッ!つまり私が正しいということではないかッ!」



勝ち誇った顔で王子は言う。

そしてその内容は正しい。恋愛というものに勝ち負けをつけるなら、私は負けた。婚約者を失った。取られたのだ。王子の腕に未だにしがみついている、そこの女に。



「私個人としては負けた事を認めましょう。貴方を上手く愛すことが、愛情を伝えることの出来なかった、私の落ち度です。」



――涙が頬を伝う。



幼少期から、婚約者として過ごして来たのだ。



恋人らしくは過ごせなかったのかもしれない。



家族みたいなものだったのかもしれない。



親友のようなものだったのかもしれない。



私自身、王子を本当の意味で愛していたのかは分からない。



ただ、


ただ、



大切な存在であったことは、間違いないのだ。



人前で、涙を流すなど淑女としてあってはならないことだ。



だが、止まらなかった。



そして私の涙を見てギョッとして、慌て始める王子。



「――わ、分かった!お前のことは第二夫人として迎えようじゃないか!それでどうだ!な?」



慌てふためく王子を見て、少し心が軽くなる。 



私もたいがい、意地の悪い女だ。



「王子。私個人としては負けを認めました。ですが、周りがどう思うのかというのは、とても大事なことなのです。



――信用、というのは、取り戻せないものなのですよ。



個人と組織では勝ち負けもまた、違う結果になることもあるのです。」



はっとした顔で周りを見渡す王子。



そんな王子を険しい目で見る群衆。



これ以上は王子にとっても、私にとってもよろしくない。



「負けた私はこの場を去ることにします。皆様はどうかこのパーティーを楽しんでください。


――それでは、ごきげんようッ…。」



淑女としてのプライドと、一人の女としてのプライド、それだけは奪われないよう、今出来る最高のカーテシーをして、私は会場を後にした。



これからどうしたらよいか、両親になんと説明しようか考えて、我が家の馬車に乗り込もうとした、その時。



「――ィーテッ…!」



遠くから声が聞こえた気がして振り返る。



「――ディーテッ!」



振り返るとそこには、先程、話していたはずの王子がいた。

髪と服は乱れ、息を切らし、必死にここまで来たというのが分かる。



今更、王子に向ける気持ちなんてないはずなのに、どこか嬉しいような複雑な気持ち。

どんな顔をしたらよいか分からなかった。



「――ディーテ、……すまな、かった。」



驚いた。 


王子に謝られたのなんて何年ぶりだろう。



「――俺は、取り返しのつかないことをしてしまった。」



そうだ。本当に取り返しはつかないのだ。

皆の、私からの信用も全て失ったのだ。



「今ここで許してくれなんて言えない。


――だけど、ただ、ディーテの信用を回復させようとする努力をすることを許してほしい。」



今更、今更だ。

今更何をしたって私の信用は戻らない。



ここ最近は特に酷かった。

私はずっと蔑ろにされていた。



王子のことなんて、



イストのことなんて、



もう、



なんとも思ってないはずなのに。



どうして、



――涙が出るんだろう。



「――好きに、したら。」



それが、精一杯だった。



私は馬車に乗り込んだ。



「ディーテ…!ありがとうッ…。」



――そこから先は流れるように時は進んだ。



帰ってから両親に事情を説明。



騎士団長でもある父は王のところに殴り込みに行ったと聞いた。



私は、人間不信に陥り自室に引きこもった。

王子は、イストは、やはり私の中で大きな存在だったらしい。



母は自宅で療養中ということなっている私に社交界の事を細かに教えてくれた。



どうやらあの令嬢は修道院送りになり、家もお取り潰しとなったらしい事。


 

社交界では私に同情的な目が多く、今回の騒動を私の醜聞と考えている人はいないらしい事。



イストはまるで人が変わったように勉学や政治に励んでいる事。



あの日から毎日、手紙が届く。



やれ体調はどうだ、やれ今日はこんな事があった等、内容は多岐に渡る。




最初は受け取りすらしていなかった。



何もしなければいつか飽きると、すぐ止めるだろうと思っていた。



だが、雨だろうが、雪だろうが、時期的に忙しいときであろうが、どんなときであろうと必ず届いたのだ。



返事を書かなくては。



――そう、思った。



まだ、分からない。気持ちの整理はついていない。



それでも、誠意には誠意で返すのが人だ。



手紙が来る。

返事を返す。


手紙が来る。

返事を返す。



何度やりとりをしただろう。



いつしか手紙のやりとりをする事が私の楽しみになっていた。



何度か季節が変わり、過ごしやすい気温になった今日、私はイストに会おうと決めた。


どんな顔をしたらいいのか、今でも分からない。



それでも、向き合わなくてはと、思ったのだ。 



ノックが響く。



「失礼する。」



あの頃とあまり変わらないイストの声。

開く扉。



今私はどんな顔をしているだろう。


自分では分からないけれど、イストを見て最初感じた感情が、



――嬉しいで、良かった。




――――――――――――――――――――




このドアの向こうにディーテがいる。



俺が傷つけた。

許されないことをした。

一生恨まれようとも仕方のない事をした。



むしろ、恨んでほしいとすら、許さないでほしいとすら、思っている。



ディーテに婚約破棄を宣言したパーティー。

ディーテが出ていったあと、周囲からは呆れられ、軽蔑され、詰られた。



ディーテに言われた、信用は戻らないという言葉。



目の覚める思いだった。



ディーテと、子供の頃から育んできた筈の絆。

苦楽を共にして得た感情。

そして、信頼。



今この瞬間に、全て失ったのだと理解した。

理解したが故に、取り戻したいと思ってしまった。



それは今まで築き上げたものが勿体なく感じたからとかではなく、今失った、失おうとしているものが、

何よりかけがえのないものだと気づけたからだ。



気づけば身体は走り出していた。



ディーテを呼び止めていた。



ディーテは泣いていた。

一度たりとも人前で涙を見せることをしなかったディーテが泣いていたのだ。



髪も服も乱れ、何の格好もついていない状態だったが、ディーテは俺に言葉をかけてくれたのだ。



あんな事をした俺に、だ。



そこから先は流れるように時は進んだ。



ディーテの父には私から望み殴られた。

そして騎士団に入れてくれと頼み込んだ。

どんな雑用でもするからと。



騎士団ではかなり扱かれた。

ディーテは子供の頃からたまに騎士団に来ていたらしい。

騎士団の全員の娘だと言っていた。

そんなディーテをぞんざいに扱っていた俺に対する不満は全員抱えていたらしい。



ほかの勉強等もある為、全ての時間、騎士団にいるわけではなかったが、どうみても他の新兵の倍程度のメニューはやらされていた。



だが文句等言えるはずもなかった。

怖いからというわけではない。

ディーテの受けた悲しみ、苦しみはこんなものじゃないと思ったからだ。



文句を言わずメニューをこなす俺を次第に騎士団の皆は認めてくれていったように思う。



そしてディーテにはあの日以来、毎日手紙を書いた。

それがどんなに急がしい時期であろうと。



内容は大した事ない。

だが、すこしでもディーテの為に何かしたかったのだ。



初めて返事が来た時は、嬉しい思いと同時に恐怖も感じた。



――これ以上関わらないでほしい。



そう書かれていたら、立ち直れないと思ったからだ。



だが、返事の内容としては、そうですか、とか、すごいですね、とか、そんな内容だった。



嬉しかった。

ディーテはもしかしたら義務で返信しているだけなのかもしれないが、ディーテの文字の、言葉の一つ一つが愛しかった。



手紙を書く。

返事が来る。

手紙を書く。

返事が来る。



今までのディーテとの関係で、今が一番お互いを思いやっているのではないかと思えた時間だった。



そして気づいた。

今、俺はディーテを真の意味で愛しているのだと。



今更だ。

今更すぎる。



分かっている。

あんな事をした俺に愛しているだなんて思われたくないかもしれない。

気持ち悪いと思われるかもしれない。



だが、それでも、愛しているのだ。



――意を決してノックをする。



震える声を、身体を、必死に抑えつけ声を掛ける。

 


「失礼する。」



ドアを開け、目の前に立つディーテを見る。



久々に見たディーテ。

最後に見た時よりも、すこし痩せたかもしれない。




目が、合う。





――嗚呼、





その瞳に映った感情が拒絶ではなくて、





良かった。

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