番外編リュカ
風がやわらかく吹く午後、学びの小屋の裏庭には、薬草棚のそばでしゃがむリュカの姿があった。今日も草花と会話するように手入れをしている。
「……リュカさん、ちょっと、お話いいですか……?」
遠慮がちに声をかけてきたのは、村の若い鍛冶職人の青年だった。顔には悩みの色が浮かび、帽子を握る手が落ち着かない。
「どうぞ。話したいと思った時が、話すべき時です」
穏やかに笑って立ち上がると、リュカは井戸のそばのベンチを指差した。青年は頷きながら腰を下ろし、少し沈黙した後、口を開いた。
「……俺、婚約してるんです。でも、最近、相手のことを“好き”ってどういうことなのか、よくわからなくなってきて……。周りはみんな、“一緒にいたい”“触れたい”って言うけど、俺は……ただ、静かに隣にいてくれたら、それで満足で……逆に、期待されると息苦しくなるんです」
リュカは小さく頷く。
「周りと感覚が違うと悩んでいるのですね…大丈夫。なにもおかしいことはないですよ。人は皆違う…それは当たり前ですし、違うことは自然なことです。人は皆、違うから“愛し方”にも、“愛され方”にも、形は一つではありません」
青年の目に、驚きと安堵が浮かぶ。
「……でも、変だって言われました。冷たいって。相手が望むことをしてやれないなら、不誠実だって」
「あなたが嘘をついて笑っていれば、誠実なのでしょうか? 相手が求めるものと、あなたが差し出せるものは違うかもしれません。でも……誠実さとは、まず自分を偽らないことです」
リュカの声は静かだったが、どこか芯があった。
「あなたは優しい人ですね。相手を思いやる気持ちがあるからこそ、悩んでいる。その気持ちこそが、尊いものだと思いますよ」
青年は、しばらく黙ったまま、風を感じていた。そして、ようやく口元を緩めた。
「……ありがとうございます。なんか……救われた気がします」
リュカは笑って、ハーブティーのカップを手渡した。
「自分の心の形を知ることは、旅のようなものです。焦らず、迷いながら、進めばいいのです。自分の心に正直に向き合って、そしてお相手にもその心の葛藤も含めて伝えてみてはどうですか」
「物事には答えがあるものばかりとは限りません。そして答えがない事、見つからないことは、決して悪いことではありません。」
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青年が去った後、小屋の軒先から見ていた年配の女性が小さく呟いた。
「あの人、本当に……変わってるけど…良い人よねえ」
「ええ、“変わり者の聖人”って、誰が言い出したのかしら。でも、ぴったりよ」
学びの小屋の片隅には、リュカのような“答えを与える人”ではなく、“問いを抱えるままでそばにいてくれる人”の存在を、心から必要とする声が今日も訪れていた。




