ベルフィオーレ家の家族たち
ベルフィオーレ公爵家には、今日も穏やかな静けさが漂っていた。
だがその奥には、幾度となく交わされた涙と笑顔の記憶が、温かな層となって積み重なっている。
ーーーそれは、コーデリアが五歳の頃のこと。
前世の記憶を思い出してからというもの、彼女のわがままは影をひそめ、幼子とは思えぬ落ち着きと深い言葉を携えるようになった。
最初にそれを見抜いたのは、長年仕えてきた古参の執事だった。
「……これは、ただの成長や知恵ではないようですね。…おそらく神の啓示をお受けになったか…あるいはそれに近い特別な秘密がおありになるはず」
彼の一言がきっかけとなり、使用人たちは自らアルベルト公爵へと願い出た。
王家に準ずる結界魔法を施し、「この子を守るために、知る者は沈黙を誓うべきだ」と。
誰に命じられたわけでもない。皆が、あの小さなお嬢様の言葉に救われてきたのだ。
ーーーある日。
メイドのリリーは、恋人とのすれ違いに涙をこぼしていた。
「何を言っても伝わらないんです……手紙もどこかよそよそしくて。返事も減って……もう、嫌われたのかも……」
彼女の手をそっと握ったコーデリアは、まだ幼いにもかかわらず、不思議な強さをその手に宿していた。
「ねえリリー、“伝わってない”って思うなら……ちゃんと、本当の気持ちを話した? “わかってるはず”って黙ったままじゃ、相手は何も分からないよ」
その一言が、リリーの背中を押した。
数日後、彼女は顔を真っ赤に染めながら報告に来た。
「ちゃんと話せました! 彼、謝ってくれたんです!」
ーーーまた別の日。
メイドのマリアは、物音に怯えながら、暴力的な恋人と支配的な親の板挟みに苦しんでいた。
「でも……私が我慢すれば済むことだから……」
そんな彼女に、コーデリアは小さく首を振って言った。
「それ、誰が決めたの? 本当に幸せを願う人なら、マリアの涙を“仕方ない”なんて思わないよ」
「逃げてもいいんですか……?」
「うん。逃げるって、負けることじゃないよ。人の機嫌を伺うより、自分の機嫌を気にしてあげて」
ーーー庭先では、庭師のトマスが息子との距離をどう縮めるべきか、思い悩んでいた。
「トマスさん、可愛いって思ってもね、からかわれた子が嬉しいとは限らないよ。笑ってごまかすより、“えらいね”“ありがとう”“好きだよ”って、ちゃんと言葉で伝えてみて」
言葉にすることが、どれほど人の心を安らがせるか。
それは、コーデリアが前世で知っていた…人生を変える、小さな魔法だった。
ーーーー
護衛のハロルドも、ある出来事を忘れられずにいた。
とあるカフェで、若いお嬢さん特有の可愛らしさが台無しになるほどツンとすねた態度をとる女性と、戸惑う恋人。
それをそっと見守っていたコーデリアが、帰り際、静かに語った。
「褒められた時に“そんなことないです”って否定するのって……“あなたの言葉は間違ってる”って返してるのと、同じかもしれないわ。褒めてくれた人を信じて、“ありがとう”って言ってみるところから始めようよ」
その一言に、ハロルドは胸を打たれた。
護衛としてだけでなく、人としての在り方を見直すきっかけとなったのだった。
ーーーー
そんなある日、リリー、マリア、ローザ、リタ、ハロルド、そしてトマスは、こっそりと集まっていた。
「コーデリア様にいただいた言葉……あれを、形に残せないかな」
「忘れたくないんです。あの優しさ、あの導き……きっと、誰かの支えになる」
「子どもたちにも、大人たちにも、“こんな考え方もある”って伝えたいな」
そうして、彼らは少しずつお金を出し合い、町の印刷所に話をつけ始めた。
本のタイトル案はーーー
『お嬢様に教わった、ほんとうのやさしさ』
〜小さな魔法の言葉たち〜
その本はやがて、「夜の梟」にもひっそりと置かれ、手に取った人々の心に、そっと小さな灯をともしていく。
そして、コーデリアがその本の存在を知ったとき
「…もう……みんな、勝手なんだから……っ!」
顔を真っ赤にし瞳を潤ませながら笑った。




