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悪役令嬢、前世は優しいおばあちゃんでした!ー連載版  作者: ちょこだいふく


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民のかまど

それは、ひときわ静かな夜だった。

王宮から数人の護衛を従えて、一人の男が歩を進めていく。


グランツ王国国王、エドアルド・フォン・グランツ。

王自らが下町を訪れるなど、王国史に残るほど珍しい…実に稀なことだった。


彼の足が向かうのは「夜の梟」。


扉が開かれた瞬間、店内の空気がぴたりと止まる。

だがその沈黙は、王の穏やかな眼差しと、少年のような好奇心を帯びた微笑みによって、すぐに和らいだ。


「……ようやく来られましたよ。噂の“梟の隠れ家”に」


「ようこそ、おいでくださいました」

コーデリアが丁寧に礼を取りながら、柔らかく微笑む。


王は静かに腰を下ろすと、店内を見渡した。

棚には手作りの絵本や注意札、料理の手順カード。

壁には子どもたちが描いた野菜や台所の風景が飾られている。


「……この空間には、人々の願いが詰まっている気がしますね」


「ええ。“こうだったらいいのに”という想いを、ひとつひとつ形にした結果です」

ユリウスが頷きながら応える。


目の前にそっと置かれた素朴な香辛料スープを、王がひと口啜る。

しばらく味わい、ふっと息をついた。


「……これは、贅沢な味だ」


「スパイスは、王族の特権ではありませんからね」

リュカが小さく笑う。


「けれど、こういった料理を皆で囲むようになって……“豊かさ”の意味も、少しずつ変わってきているように思います」


その言葉に、コーデリアが静かに頷いた。


「豊かさ、ですか……」

彼女は、懐かしむように呟いた。


「前世に、“民のかまど”という言葉がありました。

戦や災害のあとでも、人々のかまどから煙が上がっている限り、その国は生きていると」


「“民のかまど”……それは、心に残る言葉ですね」


「もともとは、民家から煙が上がってこないことに気づいた帝が、三年もの間、税を徴収しなかったという逸話が由来です。

民の暮らしが立ち直るまで、自らを削ってでも支え続けた――まるで父のような存在です。

三年後、再びかまどから煙が上がるのを見た帝は、それを“豊かだ”と言ったとか」


一呼吸おいて、コーデリアは続けた。


「どんなに見かけの経済が発展しても、日々の暮らしが壊れていたら、豊かとは言えません。

お腹が空いて、病気になって、読み書きもできないままで……“国の威信”を語っても、それは誰のための威信なのかと」


その言葉に、王は静かに目を閉じ、深く頷いた。


「あなた方は……我が王国の“真の礎”を見ておられるのですね。

ならば私は、その礎の上に何を築くべきか。ようやく、問いが定まりました」




ーーーーーー



そして、問いかけの場へ ……… 王の決断


数日後。王宮の大広間には、ひそかに民の活動を揶揄し、改革に懐疑的な一部の保守的貴族たちが集められていた。


彼らの表情には、緊張と困惑の色が浮かんでいる。


やがて、王が一人壇上に姿を現した。


「今日は処分の場ではありません」

開口一番、王は落ち着いた声で言い放った。


「皆、さまざまに思うところがあるでしょう。どうか、それを聞かせてほしい。

正直に、率直に。ここでは罰則はありません。王である私も、今は“耳を傾ける者”です」


しばし沈黙が流れ、やがて恐る恐る、誰かが口を開いた。


「……民の中から知恵や意見が出ること自体は、否定しません。

ですが、王家がそれを支援するとなると……正直、格が下がるように感じてしまいます」


「民が王家に直接頼るようになれば、我々中級貴族の立場が揺らぎます。

調整役としての役目が、形骸化しかねません」


「民は愚かとは言いませんが、教育も不十分です。そんな者たちが主導権を握れば、国が混乱するのではと……」


王は一切の言葉を遮らず、ただじっと耳を傾けていた。


全ての声が出そろったのを見届けると、静かに口を開いた。


「その不安、憂い。すべて、理解できます」


「ですが私は、見ました。

民が自ら動き、互いに支え合い、かまどの火を絶やさぬように暮らしている姿を」


「“豊かさ”とは、金や地位だけを意味するものではない。

目の前の子どもが、明日を信じて笑えること。隣人とあたたかい食卓を囲めること。

その土壌を育むことに、王家が背を向けてはならない――私はそう思います」


場内が、水を打ったように静まり返る。


「貴族という立場は、民を導くためのものではありません。

むしろ、“共に支える者”であるべきです。

これからの時代、それを果たせぬ者こそが、真に役割を失うことになるでしょう」


一部の者が顔を伏せ、また一部の者は、驚きと感嘆の入り混じった眼差しで王を見つめていた。


王は最後に、まっすぐに言い切った。


「民のかまどに火が灯り続けている限り、国は生きています。

ならば我らの務めは、風に消されぬよう火を囲い、共に守り続けること」


「この道を進めば、きっと痛みも伴うでしょう。

それでも私は、進みます。――この国の“未来”を、心から信じているからです」


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