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悪役令嬢、前世は優しいおばあちゃんでした!ー連載版  作者: ちょこだいふく


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78/90

娘婿の思い出

夜の梟。

いつもの隠し部屋には、穏やかな笑い声と湯気の立つハーブティーの香りが満ちていた。


「今日の“学びの小屋”、本当に大盛況だったね」

アンドリューが嬉しそうに頬杖をつき、机の上に置かれた“台所の安全手帖”を撫でるように見つめる。


「子どもたちも大人たちも、お貴族様までみんな真剣に聞いてくれてた。想像以上だったな」

アレッサンドロが言いながらティーカップに口をつけ、ほっと息をつく。


ふと、コーデリアがユリウスの方を見て、くすっと笑った。


「そういえば……前世で、娘婿が“手作り本格カレー”を振る舞ってくれたことがあったじゃない?スパイスから全部用意して、もう何日も前から仕込んでて」


「懐かしいな」

ユリウスも笑みを浮かべる。

「“この辛さがクセになるんです”って、得意げに言ってたよね。自分で焙煎したクミンだのコリアンダーだの……」


「そうそう、やたらこだわってて、でもちゃんとおいしかったのよ。辛すぎたけど」


「クミン? コリアンダー?」

リュカが不思議そうに目を瞬かせたあと、手を打った。


「……ありますよ、それ。どちらも薬草として輸入品扱いだけど、知ってるところに在庫があります。まさか、その組み合わせを知っているとは」


「ふふ、前世の知識って言っても、庶民の台所で見かけるようなものだったのよ。特別、特殊っていうより、日常の一部だったから」

コーデリアはそう言って笑った。


「でも、料理としての使い方を知ってる人はほとんどいません。薬として分類されてますから……香りを生かすとか、相乗効果とか、そういう発想自体が珍しいんです」


「となると、これはまた“学び”になるな」

ユリウスが顎に手を当てて考える。

「カレー……は難しくても、“香辛料を使った保存食”として、何か新しい伝え方ができるかもしれない」


「いいわね。食べて覚えるって、一番説得力があるもの」


「だったら、再現してみましょうか」

リュカが静かに立ち上がる。

「記憶の味、ですね」


「うん。娘婿の味は、なかなかのものだったから」

コーデリアが優しく笑い、湯呑を手に取った。


外では虫の音が鳴き始めている。

グランツの夜が、静かに、そしてゆっくりと夏へと向かっていた。


ーーーー


数日後。

《夜の梟》の隠し部屋には、再びおなじみの面々が集まっていた。今夜の目的は――“懐かしいカレー”の再現。


リュカが持ち込んだ木箱には、香ばしい香りを放つ香辛料の小袋がいくつも並んでいる。


「これがクミン、こっちがコリアンダー。そしてこれはターメリック……」

丁寧に並べられたそれらは、まるで宝石のように見えた。


「懐かしい……この匂い」

コーデリアが目を細めて呟くと、ユリウスもそっと一つの小袋を手に取った。


「確か、最初に炒めて、香りを引き出してたよね」


「そうそう。玉ねぎとニンニクと一緒に炒めて……って、玉ねぎってこっちでもあるわよね?」


「ありますとも。甘くて保存も効く優秀な作物ですよ」

リュカがうなずきながら、手際よく小鍋に材料を放り込んでいく。


やがて部屋中に、スパイスと炒め玉ねぎの芳ばしい香りが広がった。


「……これは、食欲をそそるね」

リオンが感嘆の声を漏らす。


「でも、この香辛料って、かなり高価なんでしょう?」

アンドリューが少し首をかしげて言うと、リュカが頷いた。


「輸入品なので、一般の市場ではほとんど見かけません。けれど、量を工夫すれば少しの量でも香りが立つ。だから――」


「だからこそ、もっと庶民にも広めたいのよね」

コーデリアがリュカの言葉を引き取るように言った。

「たとえば、“ひとさじの魔法”みたいな感じで、一回の食事にほんの少しだけ使うレシピ。味も保ちも変わって、なにより食べることが楽しくなる」


「保存食や乾物と合わせれば、物資が少ない時期でも応用が利く」

ユリウスも真剣な表情で続ける。

「実際に作って試すべきだな。庶民の台所でできるレシピとして」


「例えば、乾燥豆と干し野菜の煮込みに、炒めたクミンを加えるだけでも、ぐっと風味が出ますよ」

リュカが、早速手元のメモに「貧民街レシピ」と書き込みながら話す。


「じゃあ名前は……“まかないカレー風煮込み”なんてどう?」

リオンが冗談めかして言うと、コーデリアが笑った。


「素敵ね。気負わず、でもちょっと特別な響きがある」


鍋の中で、スパイスの香りと具材がなじみ、あたたかな金色の煮込みが完成する。


「では、さっそく試食を」


皆が一口含んだ瞬間、思わずため息が漏れた。


「……おいしい」

「懐かしい……!」

「これ、辛さを抑えたら子どもたちも喜ぶ味だよ」


「じゃあ、このレシピを“台所の安全帖・特別付録”として追加しようか」

アンドリューが楽しげに言うと、皆が頷いた。


「この香りを、“安全”と“希望”と一緒に届けたいの」

コーデリアは、湯気の向こうにかすかにほほ笑んだ娘婿の顔を思い出しながら、静かに呟いた。


彼女の“懐かしい”は、誰かの“はじめて”になる。


そしてまた、新しい物語が、グランツ王国のどこかで始まろうとしていた。

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